「朝採れ野菜を持ってきました。見ていってくださーい!」

 昨年10月のある週末、埼玉県にある出光興産のサービスステーション(SS)の敷地内の特設店舗で、SSの店長はガソリン…ではなく、地元の野菜や日本各地の名産品の販売に汗を流した。

ECサイトと連携し、サービスステーションで野菜や各地の名産品を販売

 実はこれ、出光興産グループのEC(電子商取引)事業開始に向けた試験的な取り組みだった。同社はこの1月、日本各地の名産品を扱うモール型のECサイト「日本きらり」を開設した。実際の運営は出光クレジットが担当し、当初は30社150種類の食品・飲料などをそろえた。

 今後は早期に1000アイテムまで拡充することを目指している。特設店舗「きらりマルシェ」で販売したのは、日本きらり出店予定者などから仕入れた商品だったのだ。

 石油元売り大手の出光興産が、なぜEC事業に参入するのか。その疑問を解くカギが、この特設店舗にある。

石油元売り大手がEC参入する訳

 石油業界の事業環境は厳しい。若者の車離れが叫ばれて久しく、ガソリン販売は2005年をピークに下降を続けている。自動車の燃費性能の向上やハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)の普及で、今後ガソリン販売が増加する要因を探すのは難しい。EVの充電需要も考えられるが、事業モデルは未確立だ。

 石油元売りは、どこに活路を見いだすべきか。新たな事業展開を考えると2つの資産が浮かび上がった。

 出光興産の販売部販売一課の小久保欣正課長がまず挙げたのは、全国に4000カ所以上あるSSだ。10年前は6000カ所近くあったがこれが漸減している。燃料油需要も同様で、「2020年は2010年と比べて3割は減るだろう」と小久保氏はみる。減少傾向が続くとはいえ、月平均で約1万人が来店するSSは貴重な資産だ。特に「いくつもの代理店を間にはさむ他社と違い、SSと直接つながっているのが出光の特長」(小久保氏)であり、販促企画なども全国一律でスムーズに進めやすい。

 もう1つが、出光のクレジットカード、プリペイドカードを保有する1000万人の会員だ。ガソリンの値引きもあるため、約300万人のクレジットカード会員のうち70%は実際に利用するアクティブユーザーだ。

 今後の成長のため、この2つの資産を生かして新たな事業を生み出す。同時にその資産の価値を高めるにはどうしたらよいのかを考えた結果、浮かび上がったのがEC事業だった。

 日本きらりの出店者は、全国各地のSSを通じて開拓していく。SSを運営する企業はその地方の名士と呼ばれるオーナーで、様々な事業を手掛けていることも多い。販売店の社長が集まる今年2月のミーティングでは日本きらりの開始を説明して、地元の隠れた名産品の開拓を呼びかける。

 一方、クレジットカード会員に請求明細を送る郵送物や、メールアドレスを登録している約90万人のネット会員へのメールを通じて、日本きらりを告知する。これにより、追加コストをかけずに数百万人に販促ができる。

出光興産グループが運営する「日本きらり」のサイト

 こうして減らした運営コストを、ECへの出店料の引き下げ原資に充てている。出店のための初期費用、月額基本費は不要で、売り上げに応じた手数料だけがかかるようにした。カード決済手数料と販売手数料を合わせて商品販売額の10%前後となっている。

 商品紹介は出光グループで取材して原稿を書き、写真を撮り、ページを作成する。月額基本費がかかる楽天市場などには出店しにくいが、おいしいお米、おいしいお菓子などを作るような生産者、店舗を開拓して、差異化していく方針だ。そのために、品質が基準に達しないと判断した商品は掲載を断ることもあるという。

SS集客につながる特設店舗

 日本きらりの売り上げ目標は1年目が1億円、3年以内に年間5億円。連結売上高が3兆円を優に超える同社にとっては微々たる額だが、「ECだけでの事業性は求めない。お客様への価値提案、SSの活性化が狙い」(小久保氏)と捉えれば、効果は大きい。

 SS活性化の切り札として期待するのが、きらりマルシェだ。2011年は実験的に3回開催し、今年は20カ所、2013年は50カ所で開催する。新聞の折り込みチラシなどで告知して、SSのマネージャーなどが自ら店頭にたち接客し、日本きらりでも売る各地の名産品などを販売する。昨年は、きらりマルシェ効果で来店客が2倍になったSSもあるという。店舗では日本きらりを紹介して、ECの新たな顧客獲得も狙う。

 事業モデルや出店者の規模から、「楽天と勝負するわけではない」(小久保氏)とは言うが、消費者にとっては同じECサイトだ。どうしても商品の質や価格で比べられてしまう。そこで最大の課題になりそうなのが物流だ。配送作業は日本きらりの各出店者に任せられるため、配送料の安さは納品までの期間ではサポート体制が整備された楽天市場などにかなわない。

 他には売っていない優れた商品を掘り起こし、消費者の購買意欲を高められるようにサイト上でしっかり表現することが、日本きらりの最初の課題になるだろう。これを乗り越えたその先に、元売り大手の新しい姿が像を結ぶのかもしれない。

■修正履歴
記事掲載当初、「2020年は2010年と比べて3割は減るだろう」という発言がSSの数となっていましたが、燃料油需要の誤りでした。また、クレジットカード、プリペイドカードの保有人数は1300万人とありましたが1000万人でした。お詫びして訂正します。なお本文、タイトルは修正済みです。[2012/02/21 14:30]
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