広告宣伝一切なし、マーケティング部門もない。何より、目の前にいる顧客の声を聞いて製品開発することを重視する。音楽や旅、人々の出会いを通じて得られたインスピレーションをそのまま商品で表現する--。

 こんな独特の経営戦略を取るのが、化粧品の製造小売り(SPA)である英ラッシュだ。49の国と地域に拠点を持つグローバル企業に成長した今でも、創業者兼開発チーム代表のマーク・コンスタンティン氏が掲げる強い信念が、企業文化を形作っていることに変化はない。そんな同社だからこそ、ソーシャルメディアを絶好の接客の場ととらえ、積極的に活用を進めている。

ラッシュジャパンの店頭。商品名はどれもユニークだ

 フレッシュな果物や野菜などを原材料に、石けん、「バスボム」と呼ぶいわゆる入浴剤、化粧品など、ラッシュはすべての製品を手作りする。化粧品としては原材料費が高く、しかも手作りにこだわるのであれば、おのずと製造コストは高くなる。

 それでもできるだけ安価に商品を提供するには、広告宣伝費などかけられない。それが基本的な考えだ。ネット通販でさえ、広告出稿はしないという徹底ぶりだ。

 ではどうやって商品を広めていくのか。基本は店舗や商品を起点としたクチコミやPR活動だ。ラッシュジャパンは国内に150以上の店舗があり、店頭では、ユニークな商品の良さがうまく伝わるような接客を強く意識している。1998年に日本で第1号店ができたときは、テレビで取り上げられたことで一気に話題が広がったという。

 確かに、ラッシュジャパンにマーケティング部門はない。取材に対応してくれた中村淳子氏の名刺には、マーケティングプロデューサーとあるが、「マーケティングという言葉が付く肩書きを持つのは、世界でもほぼ私1人」とのこと。そしてこう続けた。「ラッシュのスタッフは、全員が接客をするコンシェルジュであり、セールスパーソンなんです」。

アンケートで衝撃の実態明らかに

 このところの、クチコミの量とスピードを加速するソーシャルメディアの普及は、ラッシュにとっては追い風だ。国内最大級のSNS「mixi」ではファンが作成したコミュニティに12万人以上が参加して、ラッシュの商品の使用感などを語り合う。

 化粧品クチコミサイト「@cosme」では、原材料にハチミツを取り入れて甘い香りが特徴の石けん「みつばちマーチ」などが、ユーザーの支持で決まる「@cosme大賞」で部門賞を3回獲得して「殿堂入り」するなど評価も高い。

 しかし、それはラッシュに対する評価の一面でしかなかった。昨年5月、ラッシュジャパンが消費者に向けたアンケートを実施したところ、衝撃的な実態が明らかになった。

 繰り返しになるが、同社は「ラッシュの信念」を掲げ、原材料、製造方法などに強いこだわりを持っている。化粧品の原料となる野菜や果物を仕入れるため、小さな農家と個別に交渉してでも良いものを探し回る。

 ところが消費者にとっては、単なる「若者向けのカラフルで、においの強い石けん」という程度にしか伝わっていなかったことがアンケートから明らかになった。

 中村氏は「誰もそこまでひどいとは思っていなかった」と肩を落とす。店頭や「キッチン」と呼ぶ工場の見学ツアーといったイベント、そしてサイトを通じた“接客”で、ラッシュの信念は十分伝わっているはず。そう考えていた。が、それは誤解だった。

 ただ、思い当たる節もある。店舗集客のために無料プレゼントや割引などの販促策を長い期間実施したことがある。しかし、「顧客を増やそうと、目の前のことにとらわれてしまうと、それ(割引)がブランドの価値となってしまうことがアンケート結果から分かった」と中村氏は言う。

 昨年半ば、ブランドが持つ価値をしっかり伝えるため、割引やプレゼントの施策は中止した。それと相前後する5月に、ソーシャルメディア活用を本格的に始めた。サイト刷新に合わせて、公式Facebookページを開設して、公式Twitterアカウントの告知を強化したのだ。

店頭接客を再現する“Twitterコンシェルジュ”

 活用の目的は「ブランドを正しく伝えて、興味を持ってもらい、購買に結びつけること」と、WEBディレクターの馬込円氏は説明する。「スタッフ自身が(ラッシュの)ファンでもあるので、自分のラッシュライフの経験を通して伝える」(中村氏)形でコミュニケーションしている。これは店舗の接客でも同じであり、接客の場がソーシャルメディア上にも広がったと考えれば分かりやすい。

 例えば、「ラッシュジャパン通信販売」(@lushjp_mo)のアカウントでは、週3回「Twitterコンシェルジュ」という企画を実施して、フォロワーからの質問に答える。

 「スキンケアのお悩みやご質問を受け付けております」というテーマを投げかけ、「手の乾燥に良いアイテムはありますか?」と質問が寄せられれば、適した商品をTwitterで返信する。朝のむくみを取る方法という質問には、「耳を引っ張ってクルクルしたり、ほほ骨の下部分を耳側に向かって軽くプッシュしたり…」と自社商品に関係なくマッサージの方法まで伝える。

 こうした返信が質問者以外のフォロワーにも届けられるのは、ソーシャルメディアならではの効果だ。リアルタイム性を生かした店舗でのイベント報告も実施し、家にいながら店舗の雰囲気を感じられるようにする。

ラッシュジャパンのFacebookページ

 一方、利用時間も長く表現力が高いとされるFacebookページは、ブランディングの役割も持たせている。ラッシュのイメージ映像や、原材料を製造する農園や、工場での製造方法を紹介した取材映像を配信している。

 Twitterのフォロワー数は昨年5月時点の2倍強の1万8000人超となった。Facebookのファン数は開始から約8カ月で6000人を超えている。店頭で配布する通販カタログ誌「ラッシュタイムズ」、店頭POP、店員による接客を通じた告知が中心である。ちなみにソーシャルメディアにおいても広告は使っていない。

 店舗からソーシャルメディアへ、ソーシャルメディアから店舗へと相互に誘導して何度も行き来してもらうことで、ブランドへの理解を深め、ロイヤルティを高めたい考えだ。

 店舗からの要望もあり、昨年10月末からは店舗別Twitterを全店で始めている。同社では2008年から、全店舗がブログを開設しており、ネットは重要な接客ツールであるという認識が現場にも広まっていた。全スタッフ一丸となって、ソーシャルメディアを接客の場に活用する体制が整いつつある。

 いったん取りやめた割引クーポンだが、新たに始めたソーシャルメディアとの相性は一般的には悪くない。クーポンから店舗へ、という流れが期待できるからだ。しかし、ラッシュのように独自性が高い商品があれば、何もクーポンに頼らずとも、ブランドや商品への深い理解を促してして購買意欲を喚起できれば、顧客の足は自然と店舗へ向かうはずだ。

 そして問題の春がやって来る。今年も、昨年同様の消費者向けアンケートを実施することになっている。果たしてソーシャルメディアは、どれほどブランドイメージ変革に好影響を与えているだろうか。