クリスピー・クリーム・ドーナツといえば、開店前の行列が世間の耳目を集めた。ただそれも、むかしの話。業績は堅調なのに、「勢いがなくなった会社」とのイメージで語られることが少なくない。クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンは、1つの「iPhone」アプリで事態打開を図り始めた。昨年12月16日から提供開始した「ドーナツ・ディスカバラー」がそれだ。

 世にある丸いモノを iPhoneのカメラで撮影すると、それがドーナツの商品写真に置き換わって、画面上で合成される。その合成写真をアプリ上とドーナツ・ディスカバラーのパソコンサイトに投稿して、ユーザー同士で楽しんでもらう。ドーナツをより身近なものと感じてもらうことで、かつての輝きを取り戻す。
 
 滑り出しは順調だ。アプリ提供開始から、わずか3週間で9000枚を超える“ドーナツ写真”が投稿されている。

ドーナツ・ディスカバラーには9000枚を超える“ドーナツ写真”が投稿されている

 同社がデジタルマーケティングに力を入れ始めたのは、昨年のこと。日本初上陸から5年がたち、ブランドは定着した。半面、以前のように店舗に行列ができることも少なくなってきたことが背景にある。

 「これまでは店舗を増やすことがマーケティングだったんです」

 クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンの商品・マーケティング本部の原智彦ディレクターはそう振り返る。

 同社が新しい店舗を開設すれば、そこに行列ができる。その光景をマスコミが報じることで話題を呼ぶ。ドーナツを購入しようと、待っている間には「できたてのドーナツです。よろしかったらお1ついかがですか」と、1番人気の商品「オリジナル・グレーズド」が無料で振舞われる。

 そうした思わず友人や親族に伝えたくなるような体験を提供することで、クチコミの投稿を促す。同社はこうしたPR戦略とクチコミ促進策で快進撃を続けてきた。しかし、流行とは永遠に続くものではない。

店舗から行列が消える日

 潮目が変わったのは2010年8月のことだった。

 ブランドの定着に加えて、日本での販売総数が5000万個に達したことを機に、サンプルの無料配布キャンペーンを終えたことなどが影響して、開店から日がたった都心の店舗では行列が見られなくなってきたという。

 クリスピー・クリーム・ドーナツの人気はなくなってしまったのだろうか。商品・マーケティング本部の大和良枝PRシニアマネージャーは「本年度の売上高は、むしろ昨年度を上回る見込み」と、決して不調なわけではないと説明する。

 しかし、売り上げは好調でも、「ネット上のクチコミは、もう並んでいない、に変わってきている。そうした声が広がると、どうしても『元気がなくなってしまった』ように見られてしまう」と原氏は危機感を募らせる。

 課題はもう1つある。それは、日本人にとってドーナツに接する機会が多くなく、日常的な食べ物になっていないことだ。本社のある米国では、手軽な朝食としてドーナツを食べる習慣があるという。ところが日本では、顧客の来店頻度は2~3カ月に1回程度。仕事前の朝食という習慣がないほか、「友人といる時に、ドーナツでも食べに行かない? とはあまりならない」と原氏。

 ただ、ドーナツが嫌いという国民性でもないため、ドーナツと消費者の関与度合を高める施策を講じれば、食べてもらう機会が増え、ブランドの再活性化にもつながるはず。そう考えた。 

「アプリから店舗集客」という導線を描く

 では、どうすれば消費者とドーナツの関与を高められるのか――。悩みながら街をうろうろと歩くうち、原氏の目に飛び込んできたのは「丸いモノ」だった。「自動車のタイヤや、ペットボトルのキャップなど、世の中には丸いモノがたくさんある」ということに気付く。

 「丸いモノを見た時にドーナツを想起してもらう。そんな意識変化を起こすことはできないだろうか」。こうした考えを具体的な形にしたのが、iPhoneアプリのドーナツ・ディスカバラーである。

 このアプリは先述した通り、iPhoneのカメラで丸いモノを撮影すると、それが自動的にクリスピー・クリーム・ドーナツの商品写真にすり替わって画面上で合成される、というものだ。写真の中に複数の丸いモノが写っていれば、それぞれランダムに同社のドーナツ商品の写真に合成される。

 アプリの利用率が高まれば、街でふと丸いモノを見かけた時に思わずドーナツを想起する。そんなことが期待できる。写真投稿を促すために、投稿枚数に応じてクーポンがもらえるといった仕掛けも用意した。

アプリのダウンロード数とクーポンの使用率で店舗集客への効果を図る

 また、写真を撮影した後に「投稿する」ボタンをタップすれば、アプリ上とドーナツ・ディスカバラーのパソコンサイトに写真を投稿できる。ほかのユーザーが投稿した写真を見て、評価することもできる。もちろん「Facebook」や「Twitter」といったソーシャルメディアと連携して、投稿することも可能だ。ソーシャルメディアとの連携は、クチコミの波及を狙っている。

 楽しんでもらうだけではなく、店舗への集客につなげることにもこだわる。

 合成された写真のドーナツ部分を指でタップすれば、詳細な商品情報を見たり、同社の店舗で働く店員が商品の魅力を紹介する音声を聞いたりできる。興味がわいて店舗に行きたくなった時には、「店を探す」メニューをタップすれば、位置情報機能を使って、現在地から最も近い店舗までの道順が地図上に表示される。

 来店動機を高めるため、クーポンも用意した。アプリのクーポンを画面に表示して店舗の店員に見せて、確認ボタンを押してもらうと商品がもらえる。今後、アプリのダウンロード数とクーポンの使用率を基に、アプリが来店につながっているかどうかを効果測定していく。

 この施策は、米国本社からも注目されているようで、効果的であることが実証されれば、全世界に向けたアプリ施策として展開される可能性があるという。

 もっとも、この手のアプリは何度か写真を投稿しただけで利用されなくなる恐れもある。「世の中の丸いモノをドーナツとして見てもらう」(原氏)べく意識を変化させるには、飽きさせない仕組み作りという課題が立ちはだかっている。