Facebook利用者ならその多くが知っているFacebookページ「お江戸、いいね!~ I Like! EDO」。しかし、ページ開設から5カ月がたってもファン数わずか229人だったことを知る人は少ないだろう。
小学館の子会社でネット辞書・事典サービスなどを提供するネットアドバンス(東京都千代田区)が運営方法にちょっと手を加えたところ、その翌日にファン数が3000人となり、2日目には3万人を超え、そして1週間後には30万人に達した。ファン数急伸のきっかけとなったのは、2011年11月7日に提供開始した診断アプリ「TOKUGAWA15判定」なのだが、そこには成功への3つの理由があった。
この診断は、「スポーツが得意だ」「なんだかんだで、親父は偉大だと思う」「福耳だ」など、簡単な2択の質問4つに答えるだけで、自分が徳川家の将軍15人の中で誰に似たタイプかを判定してくれる。徳川家康と判定されれば、「○○さんは攻守を兼ね備えた『家康タイプ』。トラウマをバネに不屈の闘志で……」との性格診断の結果を、漫画風の家康のイラスト画像とともに自分のウォールに投稿できる。これがその友人の目にとまり、診断アプリを使う人が続出し、お江戸、いいね!のファンは急増していった。

ネットアドバンスにとって、これだけの大ヒットは想定外だった。初日の午後に社員20人が使い、そこを起点としたクチコミや告知で同日夜10時に利用者が約500人に達しただけで、思わぬ盛況ぶりに喜んでいたほどだ。
その後も利用者数は急増を続け、アプリ提供から2~3日後に予定していたFacebook広告の出稿は中止。それでも勢いは止まらず、5日目には1日に20万人が利用した。その間はアプリを配信するサーバーの増強、クラウド環境への移行や利用者サポートに朝から晩まで追われた。
なぜここまで盛り上がったのだろうか。正確な要因は同社でも分析できていないが、本誌は3つのポイントに注目したい。
「動物占い」の再来?
まずは、コンテンツが優れていたこと。「当たっているかも?」と思わせる微妙な診断結果に利用者が共感する様子について同社役員は、「動物占いの再来ではないか」とみる。
自分の生年月日から12種類の動物の中でどのタイプになるかを診断する動物占いは、2000年前後に小学館の青年漫画誌の連載からブームとなり、関連書籍も多数出版された。それぞれの動物には性格が定められており、相性占いにも使われた。
TOKUGAWA15と動物占いに共通するのは、「その将軍、もしくは動物を知ってはいるけど詳しくは知らない。言われれば、イメージが似ているような気がしてくる」(プロダクトセンターの長堀康一プロデューサー)という曖昧さだ。TOKUGAWA15でも将軍のイラストと性格を表現したキャッチコピーが喜ばれたとみている。
このアプリはそもそも、お江戸、いいね!のFacebookページのナビゲーター役で、江戸文化歴史検定1級を持つ女優の堀口茉純さんが執筆した書籍『TOKUGAWA15』(草思社)のプロモーションを目的としたものだった。プロモーションと言っても、同書の発行元は小学館グループではないので、純粋な“応援”だった。
診断アプリは既にネットアドバンス社内で開発済みだった。そこで、著者の堀口氏とアプリの診断ロジックを組み立てて、イラストやキャッチコピーを書籍から転用、リライトした。生類憐れみの令で知られる5代将軍徳川綱吉であれば、「純粋な性格で何事にも全力で取り組んだ綱吉。人に対する好き嫌いも激しかったけど、もしかしてあなたもそうですか」と、診断した人に「なんとなく綱吉と似ているかも」と思わせるコピーライティングが功を奏した。
イラスト背景が黄色の理由


そのコンテンツをFacebook上でどう見せるかについても一工夫を凝らした。まず、診断結果の画面に表示する将軍のイラストと、クチコミ効果を狙うためにユーザーに投稿してもらうイラストのテイストは全く異なるものにした。診断結果はリアリティを追求したイラストなのに対して、ウォールへの投稿はコミカルなものになっている。
そして、イラストの背景色は緑から黄色に変えている。
「青が基調の画面デザインであるFacebookで、目立つのは黄色や赤。ユーザーのニュースフィードの中で画像が目に付き、面白そうと思ってもらうことを狙った」
アプリの技術面を担当した同社プロダクトセンターの佐藤宗昭プロデューサーはこう説明する。いくら優れたものでも、Facebookの大量の情報の中では埋没してしまいがちだ。どうやって目をひくか、細部へのこだわりが大きな差を生んだ。
そして3つ目が、運営側の対応だった。アプリを出した当初、Facebookページの新規ファンからコメントが寄せられ始めたが、まだあまりファンも多くなかったので1つひとつに返信をしていた。
ところがファンが急増するとサーバーが混雑していき、ユーザーの中にはアプリが利用できないことに辛辣なコメントを残す人が出てきた。また、Facebookやアプリというものを初めて利用するため、「なぜ勝手におたくの診断結果が私の画面に表示されるのか」といった質問を書く人も現れた。
運営体制は長堀氏、佐藤氏に加えて書き込み担当者の計3人。1日数百件のコメントへの返信が朝から晩まで続いた。「労務管理的な問題も出てくるのではないかと心配したほどだった」と、旗振り役となった長堀氏は振り返る。
ただ、最初に対応した以上、途中でやめるわけにもいかない。そう考え、当初3日間は全コメントに返信を続けた。そのうち、アプリを利用できないことに文句を言う人から、「頑張れ、1週間後にもう一度試すよ」という投稿も寄せられるようになっていった。不平不満をすべて放置したとすれば、また違った結果になっていたかもしれない。
アプリ大ヒットの要諦はつまり、コンテンツの強さがクチコミを呼び、デザインの工夫で注目度をさらに高め、きめ細かな利用者サポートが急増するファンの心をつかんだと解釈できる。
ただ、ファンの生かし方がまだ分からない…
唯一にして最大の課題は、37万人という資産を、うまく収益に結びつけることができていない点だ。長堀氏もそれは分かっている。
「事業としての展開をやらないといけないので、それ(37万人のファン獲得)を喜んでいてはいけない」
そもそもFacebookページを開設したのは、ネットアドバンスの主力事業である百科事典や辞書などを一括検索、閲覧できる有料サービス「ジャパンナレッジ」の検索対象に、江戸後期の名所案内ともいえる「江戸名所図会」のコンテンツが加わったことが契機だった。だからページの名称が、お江戸、いいね!となっている。
つまり、Facebookページの目標は、月額1575円以上という料金を支払ってくれるジャパンナレッジの会員獲得だ。しかし、アプリを楽しんだからといって、すぐに会員登録する人も少なかろう。そもそも、お江戸、いいね!のFacebookページのファンになった人の中で、ジャパンナレッジを認知している人がどれだけいるだろうか。昨年12月には、アプリと連動した15代将軍のケータイクリーナー(各315円)をEC(電子商取引)で販売したが、まだ売れ行きはさほど芳しくない。今後は「江戸文化歴史検定」のような小学館グループ内の事業との連携など、新たな活用法も探る。
爆発的なクチコミが起こっても、それを販促などの成果に結びつけていくのは容易ではない。そんな事例の代表格となってしまうのか。それとも、大ヒットから販促への導線をきれいに描いた代表例として、後に語られるようになっていくのか。どちらに「判定」されるか、という時期が少しずつ近づいている。