ソーシャルメディアに拠点を築き、消費者と直接対話をして、ブランドや製品のファンを増やす――。ソーシャルメディアの“正しい”活用法の1つに違いないが、その先にはどんなメリットが待っているのか。そうした問いに、確信を持って回答するのは意外と難しいのではなかろうか。
自社なりの答えを出した企業が愛知県岡崎市にある。みそ・豆乳メーカーのマルサンアイだ。ソーシャルメディアを通じたファンとの交流をきっかけに、ある流通大手での商品取り扱い店舗を増やすことに成功し、販路拡大につながった。売れ行きも好調だという。
豆乳のファン作りにソーシャル
マルサンアイがソーシャルメディアの活用を始めたきっかけは、豆乳の拡販が目的だった。同社は1952年の創業以来、みそメーカーとして地元を中心に地歩を固めた。同社のみそのシェアは全国では6%で4位にとどまるが、中京地区では25.3%で1位、圧倒的な強さを誇る。
シェアは高い同社の悩みは、みそ市場そのものの縮小だった。中食・外食の利用が増えるという生活スタイルの変化が背景にある。総務省の家計調査によれば、2人以上の世帯における1人当たりのみその購入数量は、2010年までの10年間で約13%減少した。2011年9月期、マルサンアイのみそ事業の売上高は前年同期比で1.9%減の57億6300万円となった。
みそ事業が落ち込む一方で、会社全体の売上高は同0.8%増の202億8600万円を維持している。けん引したのが、同1.6%増の豆乳飲料事業だ。2012年9月期には同5%増の141億8200万円を見込む。

マルサンアイにとって豆乳飲料事業は、今後の経営の屋台骨を担う重要な柱の1つ。だからこそ、商品開発やプロモーションにも力が入る。
2010年3月には、みそ事業で培った発酵技術を生かした、ヨーグルト製品「豆乳グルト」を発売。これまでに発売してきた飲料に加えて、「『食べる豆乳』という新しいジャンルを新たに確立していきたい」(開発統括部の橋本健司ブランド推進課長)考えだ。
豆乳製品の拡販を目指す上で、「マス広告では届かない人もいる。その穴埋めをデジタルマーケティングでやっていくべき」(橋本氏)という戦略から、2011年からはこれまで遅れをとっていた、デジタルマーケティングにも取り組み始めた。草の根的にファンを増やせるツールとして目に留まったのが、ブロガー向けにモニターキャンペーンを展開できるサービス「モニプラ」だった。提供するのはアライドアーキテクツ(東京都渋谷区)だ。
このサービスでは、登録するブロガーは気に入った企業のページにファン登録をしてモニターキャンペーンに参加できる。マルサンアイでは、2011年9月に利用を開始して、モニターキャンペーンを定期的に実施。現在は2500人超のファンが集まっている。その数は、あるマス広告より格段に少ないが、消費者と直接対話をすることで、ファンの顔が見えるメリットがある。
それはブロガーにとっても、同じことだった。企業の担当者の顔が見えるからこそ、意見を直接伝えられるはず。そんな思いを持った、あるモニプラユーザーから担当者である営業統括部・営業推進室商品戦略課の深津博美主任の元に1通のメールが届いた。
深夜に届いた1通のメール
10月のある日、午後11時に帰宅した深津氏は、モニプラを通じて書かれたブログ記事などを確認しようと「iPad」でモニプラの管理画面にログインしていた。そこで、モニプラユーザーの主婦から1通のメールが届いていることに気付く。
「豆乳グルトを愛用していましたが、引っ越しをしたところ、一番近い取り扱い店でも車で30分以上かかるようになってしまいました。子供が小さく、毎回遠くまで購入しにいくのは大変です。最寄りのスーパーで取り扱ってもらえるように依頼していただけませんか」
そんな内容だった。しかし、流通が棚の大きな入れ替えをするのは原則、春と秋のみ。その時期以外にメーカー側から取り扱いの要望を出しても、すぐに対応して取り扱ってくれる可能性は極めて低い。そのためメーカーとしても、消費者からお客様相談室にこの種の要望が寄せられた場合には、「取り扱い店に足を運んでいただけませんか」と回答することが多かった。
お客様相談室経由では要望は伝わらないだろうが、モニプラで豆乳製品のプロモーションを担当している人にメールを送ればきっと分かってもらえるはず。モニプラユーザーであるこの主婦の真剣な思いを深津氏は感じ取り、例外的な行動に出る。
取り扱いの依頼を出してほしいと要望されたスーパーの別店舗において、消費者の声をきっかけに豆乳グルトの取り扱いが始まった事例が過去にあった。深津氏はそのことをメールの返信で、この主婦に伝えた上で、「希望の店舗宛てに、取り扱いの要望を出してみてほしい」と付け加えたのだ。

それから約1カ月後。この主婦が住む地域にある、流通大手の岐阜店で豆乳グルトの取り扱いが始まった。「その店舗では毎日3~4個が売れている。店舗サイドでも、けっこう売れていると認識してくれている」と深津氏は声を弾ませる。要望をくれた主婦も、自身のブログに喜びの声を書きつづった。
マルサンアイでは2012年9月期までに、豆乳グルトの取り扱い店舗を現在の227店から1000店へと一気に広げることを目指している。それには、この流通大手は是が非でも攻略したい販路だった。春の棚替えに向けて、マルサンアイはその流通大手との交渉に入る予定だ。その時、岐阜店での売れ行きが、交渉の好材料になることは疑いない。
ソーシャルメディアでファンとの信頼を築くこと。それは、時に販路を広げ、ひいては売り上げ拡大につながる可能性があることを、マルサンアイの事例は示している。