「明日の15時ですね。分かりました。それでは約束の時間に伺わせていただきます!」

 そう告げて、営業担当者は携帯電話をポケットにしまった。商談の合間をぬって、見込み客に電話をかけて、明日のアポイントメントの取り付けに成功したようだ。

 見込み客のリストから彼がアポイントにつなげる確率は実に13%超。100社に電話すれば13社が訪問を承諾する計算だ。確かに優れた営業力に違いないが、強さの秘密は彼個人の能力というよりは、それを支える組織力にある。

 彼が受け取る見込み客リストは、「営業が怠惰になってしまうのが心配」(同社)というほど魅惑的で、“麻薬”のようなリストである。どうやって、このリストを作ったのか─。

「過去の見込み客リスト」こそ宝

 BtoB(企業向け)ビジネスを展開する企業の中には限られた人数の営業担当者が効率良く成約を獲得できる仕組み作りに腐心する企業も多いだろう。

 地図データなどを企業向けに販売するゼンリンデータコム(東京都港区)もその1社。自社サイトのアクセス解析の結果を基に精緻な分析を重ねて、自社商品への関心が高い見込み客を割り出し、リスト化して営業サイドに渡す。これにより、高い確率で訪問へとつながる効率的なマーケティングを実現しつつある。

 企画・制作本部サービス企画部の飯島陽平氏によれば、「もともと当社は、BtoBのマーケティングにデジタルをほとんど活用してこなかった」。地図データといえばゼンリン。これまでもそのブランド力で顧客を獲得してきたし、その力は今も衰えてはいない。

 ただ、「売り上げ目標に届きそうにない時は、人海戦術でテレアポを敢行して顧客を獲得していた」という社内の様子を見るにつけ、飯島氏はとても非効率と感じていた。そんな彼の目に留まったのが、自社に眠る1万社超の見込み客リストだった。問い合わせをもらったが成約に結びつかなかった、過去の見込み客リストである。

 このリストの重要性に気付いたのは、自社サイトのアクセス解析をする過程でのことだった。過去に商品への問い合わせがあったが成約に結びつかなかった企業が、しばらくして再び同社のサイトを訪問することがある。ゼンリンのサービスが、引き続き気になっている様子がうかがえる。

 こうした企業に再び営業をかければ、今度は成約に結びつく可能性は高そうだ。少なくとも、全くニーズの見えない企業にゲリラ的にテレアポをかけるより、よっぽど可能性は高いはず。そう飯島氏は考えた。

 アクセスしてきたIPアドレスと企業名の照合は容易だ。アクセス解析ソフト「Googleアナリティクス」と、サイトを訪問したことのある企業名とIPアドレスをひも付けるサイバーエリアリサーチ(静岡県三島市)のツール「どこどこJP」を連携させている。

 この解析ツールを使って割り出した最近のサイト訪問企業の中で、それ以前に問い合わせまでたどり着いた企業を割り出していけば、「麻薬のようなリスト」の一部が出来上がる。

「27ポイント」という分水嶺

 残りの麻薬リストを作るのは少し複雑だ。飯島氏には、自社サイトへの過去の訪問頻度などのアクセスの仕方と、実際に成約となった企業の間には、強い連関があることが分かってきた。確度の高い見込み客となるかどうかを見極める分水嶺は「27ポイント」という数字だった。

 同社の場合、平均3回のサイトへの訪問で、実際に問い合わせをしてくれるケースが多いことが分かっていた。一方で、10回以上サイトに訪れても問い合わせにつながらない企業もある。

 違いを調べるため飯島氏は独自のロジックを作り、問い合わせにつながる企業とそうでない企業に点数を付与し比べてみた。例えば、検索連動型広告からのサイト訪問なら2ポイント、自然検索なら3ポイント、2回目の訪問の検索キーワードが、具体的なサービス名なら5ポイントといった具合だ。

 減点もする。同じキーワードで幾度も検索して訪れた企業に対しては、ゼンリンのサービスに深い関心がないとみてマイナスポイントとした。

サイトへの訪問回数や滞在時間などを点数化。合計で27ポイントになった企業名をリスト化して営業サイドに手渡す

 過去のデータを分析した結果、見えてきたのは「27ポイントを超えると問い合わせをくれる」という法則だ。これを現在に当てはめれば、27ポイントを超えたのに、まだ問い合わせをしてこない企業は、同社にとって極めて確度の高い見込み客ということになる。

 そうした企業名をリスト化して営業担当者に渡せば商談につながる確率がグッと上がる。問い合わせ実績のある企業なら担当者名まで分かるので、訪問につながる可能性はなお高まる。

 こうして作った153社リストと、通常の3000社のアタックリスト。その両方で実際にテレアポをして、成果を比べると驚くべき結果が出た。3000社リストで「訪問」となったのは1%未満、「成約」はわずか0.3%だった。153社リストでは13.7%が訪問につながり、9.8%が成約となった。

 現在は飯島氏がリストを作り、毎週月曜日に営業担当者に渡している。「営業担当者1人当たりの1日の商談数は1.7倍になった」(飯島氏)という。同社からアタックリストによるテレアポ文化は消えた。

問い合わせない企業を狙い撃ち

 一方、27ポイントに達しない企業は営業サイドには渡さないが、飯島氏が所属するサービス企画部サイドで対応することもある。加点ポイントは十分なのに、減点ポイントが足かせになって27ポイントに達しない企業がこれに該当する。こうした企業に対しても、大きな成果を生み出している。

 ある大手精密機械メーカーは、ゼンリンデータコムが販売を手掛ける、グーグルの地図サービスの高機能版「Google Maps API Premier」のページを16回も訪れていた。にもかかわらず問い合わせはない。同一キーワードでの複数回のアクセスなどで減点が多く27ポイントには達しないが、加点部分が大きく相当な大手でもあり、成約すれば受注金額も大きくなりそう。

 飯島氏が考えたのは、検索からの一般的なランディングページと見せかけながら、実はその大手精密機械メーカーだけを狙い撃ちしたページを作ることだった。

 「価格やサービス名などあらゆるキーワードで訪問し様々なページを閲覧することは分かっていた。足りないのは“信頼”との仮説を立てた」(飯島氏)。

 図らずも、同社は2011年7月にグーグルが優れた販売パートナーを表彰する「Google Enterprise Partner Awards」を受賞していた。このことを前面に打ち出したランディングページを作って、そこに誘導する検索連動型広告を出稿してみた。

 飯島氏の考えは的中した。わずか2ページビュー(PV)で実際の問い合わせにつながり、その後、2週間で成約まで至ったという。まずはベーシックなメニューの150万円分を受注し、今後、金額の上乗せに期待を寄せる。

 営業担当者の足腰が弱くなることを懸念するほど的中率の高い麻薬の企業リスト。一度、この種の作成を試みてはいかがだろうか。

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