延長戦を含む120分の熱戦の末、浦和レッズを下して、鹿島アントラーズが優勝を飾ったヤマザキナビスコカップ決勝。鹿島は、スマートフォンを舞台にした“もう1つの闘い”にも勝利したことはあまり知られていない。

応援用アプリ「FullYell」

 体感型の応援アプリ「FullYell(フルエール)」を使った闘いで、総応援ポイントで鹿島の8万2414ポイントに対し、浦和は6万8121ポイントにとどまった。

 決勝戦当日、全国のテレビの前では数百人がスマートフォンを片手にこれを15万回以上も振って、ひいきのチームを応援した。FullYellを使った応援は、スマホ時代の新たなテレビ視聴スタイルの可能性を示している。

 FullYellは、利用者が無料の同アプリをダウンロードして、自分のTwitterアカウントと応援するチームを登録すれば準備は完了。あとは、試合中にアプリを入れたスマートフォンを「振る」だけ。

 その振動をFullYellが読み取って、応援ポイントが自分が登録したチームに加算されていく仕組みだ。両チームの総応援ポイントが表示されることで、さらなる応援を誘う。スマートフォンを手に取る応援回数が2万3000回、1回の応援で平均6回以上振られて、ポイント数合計が15万を超えるという結果となった。

 Twitterでフォローする友達がFullYellを使っていれば、友達がスマートフォンを振る応援が、歓声や振動となって伝わってくる。また、ゴールやPK、コーナーキックなどの場面では、アプリの画面や音声が、リアルタイムに切り替わる。こうしてテレビを見ながら、あたかも友達と一緒に応援するような雰囲気を作り上げた。

テレビの生視聴を増やす

 「テレビのリアルタイム視聴の促進と広告ビジネスの活性化、そしてJリーグに新たなファンを取り込むことが目的の試みでした」

 アプリを企画した博報堂DYメディアパートナーズのテレビタイムビジネス局テレビビジネス推進室テレビ戦略部メディアプロデューススーパーバイザーの笠置淳行氏は、FullYell投入の狙いをこう語る。

 録画視聴によってリアルタイムでテレビを見ずにCMを飛ばす、あるいはそもそも視聴時間が減少すれば、テレビ広告の価値が下がってしまう。ドラマ「家政婦のミタ」、女子のバレーワールドカップなど、個々に見れば高視聴率の番組はあるものの、テレビの総世帯視聴率は年々低下する傾向にある。

 同社はこれまでもテレビと従来型の携帯電話を連携させて、テレビ視聴を活性化させる取り組みをしてきた。しかしスマートフォンが普及する昨今、新たな取り組みができないか検討を進めてきた。そこで生まれたのが、動きを検知する加速度センサーを活用した、スマートフォンならではの体感型アプリ、FullYellだった。リアルタイム性が高くてテレビとの相性が良く、情報の拡散力があるTwitterと連携させた。

 Twitterを使い、スポーツイベントやテレビ視聴を楽しむアプリは、他社からも提供されている。しかし、同社では、そうした取り組みの参加者は多くはなく、盛り上がりが今ひとつだと感じていた。

 そこでFullYell開発の際に重視したのが「身が震えれば心も震える」(メディア・コンテンツプロデュースチームメディアプロデューススタッフの須之内元也氏)というコンセプトだ。それが、振って応援するというシンプルで分かりやすい機能につながった。ちなみに、FullYellの語源は「震える」と「部屋が声援(YELL)で満たされる」の2つの意味が込められているという。

 体感型アプリというコンセプトは利用者も評価した。利用者アンケートでは、75%が「面白い」と感じ、90%以上が「斬新である」と答えたという。また、Jリーグ側の「ライトなファン、新たなファンを取り込みたい」という要望には、利用者の2割がTwitterなどのソーシャルメディアで友人に勧め、2割以上が友人や家族と主にリアルな場で話題にしたというアンケート結果などから、博報堂DYメディアパートナーズでは一定の成果を得られたと考えている。

様々なスポーツにも応用可能

 同社は、スポーツやテレビ視聴と連携したスマートフォンのアプリ開発をかねてから検討してきたが、実際に10月29日のナビスコ杯に向けたアプリの提供が決定し、開発に着手したのは9月30日だった。一般的なアプリ開発の半分以下の開発期間となり、Android版のみのリリースとなった。また、告知はナビスコ杯のサイトなどと限定的で、テレビ放送との連携までは実現できなかった。

 スケジュールの都合で、アプリの配信開始は試合3日前の10月26日となり、アプリダウンロード件数は約600件にとどまった。ただ、笠置氏は「アンケート結果から合計4割以上の利用者が友達に勧めた。その結果、試合中にもアプリのダウンロードが増えた」と言い、FullYellが熱心なテレビ視聴者を増やす可能性を検証できたと評価する。

 今後は「Jリーグを含めた他のスポーツ放送を楽しむためのアプリとしての可能性を探る」(テレビタイムビジネス局テレビビジネス推進室テレビ戦略部メディアプロデューサーの奥晋太朗氏)。様々なスポーツに適した応援スタイルの開発、本格稼働に向けたシステム負荷の検証、多様な端末での動作検証などが今後の課題になる。今回はトライアル的な側面もあったが、実際に視聴率やネット上のクチコミ量などに確かな影響が表れるかどうか、次回作でその真価が問われる。

FullYellでリアルタイム性を体感する仕組み

この記事をいいね!する