「サンダーバードの一員となって、抗体医薬で人類を救え!」
青と黄色のユニフォームに身を包んだ人形が、グリーンの機体などのスーパーメカを駆使して、人々を救う特撮テレビ番組「サンダーバード」。この番組の登場キャラクターなどを通じて、「抗体医薬」を訴求するという一風変わったキャンペーンを5月に始めたのが、製薬会社の協和発酵キリンだ。自社サイトを軸に様々なソーシャルメディアに拠点を設けて情報を発信した。

テレビは医薬品の訴求に不向き
これまで同社は、テレビ番組を中心としたブランディング活動を続けてきたが、2011年はデジタルマーケティングに広告宣伝の全予算を注いだ。来年以降に事業の柱となる可能性を持つ抗体医薬の特性をより詳しく知ってもらうには、数十秒のテレビCMよりもデジタルが向いている。当初のそんな仮説を裏付ける数字も整いつつあるという。ちなみに抗体医薬とは、体内で作られた抗体が、細胞にある抗原だけを認識できる仕組みを使った薬品で、がん治療などに利用されている。
協和発酵キリンはキリンホールディングス傘下で医薬品・バイオメーカーの協和発酵工業と、キリンビールの医薬品事業を承継して設立されたキリンファーマが合併して、2008年10月に設立された製薬会社である。キリンホールディングスが事業の3本柱とする酒類・飲料・医薬のうちの1つを担う。
設立当初の課題は、飲料メーカーとしてのイメージが定着している“キリン”ブランドを冠しているため、製薬会社としての認知が広がらないことだった。そのため、より多くの人の目に届くテレビを使ったブランディング活動を2年間続けた。
しかし、「当社の企業広告の予算では、週に1回のテレビCMを放送できる程度」と、コーポレートコミュニケーション部広報担当の長谷川一英マネジャーは言う。会社設立から1年間テレビCMを放送した後に、ブランド認知調査を実施したが、「ほとんど認知が上がらなかった」(長谷川氏)。
そこで、2010年にはテレビCMではなく、1社提供という形で各界の著名人をゲストに呼ぶ番組「情熱の系譜」を半年間放送した。番組の人気も相まって、「関東地区では社名の認知が上がるなど一定の成果は見られた」(長谷川氏)が、番組自体は医薬とは直接関係のない内容だったため、抗体医薬、あるいは自社の業態をうまく伝えたとは言い切れなかった。
であれば、広く見せるのではなく、デジタルを活用して、興味を持った人に深い情報を与える方が効果的ではないか。そう考えたことから、今年はマーケティングの軸にデジタルを据えることを決めたのである。
深く伝えることにしたのが抗体医薬だった。「がん治療では現在、抗癌剤による治療が優先されるが、今後、間違いなく伸びるのは抗体医薬」と同社は見みる。この抗体医薬の多くは輸入品で、国産品は中外製薬のみ。協和発酵キリンでも既に販売に向けて厚生労働省などに申請をしている段階だと長谷川氏は説明する。今後、市場の拡大が期待される一方で、まだ一般に知られていない抗体医薬は、より深く知ってもらうというデジタルマーケティング戦略にうってつけだった。
より深く伝えると言っても、抗体医薬の仕組みを説明する図式を表示して専門用語を並べたサイトを作ったとしても、よほど興味が高い人でなければ読んでさえもらえない。さあ勉強しようと身構えなくても、サイトを利用するうちに抗体医薬について知ることができる。そんなキャンペーン設計を目指した。
主なターゲットは40~50代だ。そこでこの世代に馴染みのあるサンダーバードの登場キャラクターを通じて、懐かしんで楽しみながら学んでもらうことに決めた。
「楽しみながら」という点にこだわったため、キャンペーンサイトでは、最初に抗体医薬に関するクイズを織りまぜた試験を受けて、国際救助隊へと入団して、サンダーバードの一員となることから始まる。入隊後は3つのゲームをクリアしていくことでアイテムがもらえる。
また、試験の点数や深夜にログインするといった、一定の条件を満たすことで、デジタルアイテムの「バッジ」を取得できる。このバッジは50個以上用意されており、すべてを集めるにはこのキャンペーンサイトの様々なコンテンツを閲覧する必要がある。
バッジ取得の条件には、このキャンペーンサイトを通じて「Facebook」に3回以上投稿するといったものも用意して、キャンペーン情報の拡散も狙った。「利用するほど抗体医薬について詳しくなる」(長谷川氏)仕組みだ。
いかに自社サイトで面白い仕掛けを用意しても、来訪者が少なければ話題にもならない。そこで、自社サイトを中心に据えた上で、「asahi.com」などのネットメディアに広告を出稿して誘導したほか、Facebookや「Twitter」「YouTube」といったソーシャルメディアでの情報発信にも力を入れた。
Twitterではサンダーバードのキャラクターであるペネロープを通じてユーザーと対話した。YouTubeには16本の動画を投稿して、“隊員”になることを呼びかけた。FacebookはYouTubeにアップロードした動画を告知したり、サンダーバードの機体の写真を掲載したりするなどサンダーバードを通じた対話に徹した。
ソーシャルは広告より滞在時間が2倍長い

長谷川氏によれば「集客は圧倒的にasahi.comからの誘因が多かった」。だが、滞在時間ではソーシャルメディアと広告からの誘導には顕著な差が見て取れる。右図は、すべての利用者の滞在時間の平均を100として、各ソーシャルメディアや広告から訪れた場合の滞在時間をグラフ化したものだ。平均よりもFacebookは2倍以上滞在時間が長いことが分かる。
ソーシャルメディアでサンダーバードを懐かしむ層を捕まえて、対話した上でサイトへと連れていく。興味を醸成したあとだから、サンダーバードにまつわるゲームなどが数多く用意されているキャンペーンサイトは、自然と利用時間が長くなっている、と同社は分析している。キャンペーン期間中に、この明確な差に気づき、急きょ通常の広告予算の一部をFacebookのセルフサービス型広告の出稿に充てるなど、ソーシャルメディアでの施策の強化にシフトした。
同社では施策の効果を測るべく、今年9月に調査会社を使って、抗体医薬の認知率調査を約2000人を対象に実施した。キャンペーン実施前と比べ全体で認知率は4ポイント向上した。もちろん、キャンペーンだけでこうした効果があったとは言い切れない。が、2000人のうち200人超がサンダーバードラボを知っており、その200人のうち8割が抗体医薬について知っていると回答した。
「たとえ、テレビCMを知っている人にアンケートをしても8割が抗体医薬を知っていると回答することはあり得ないだろう」と長谷川氏は評価する。自社サイトでサンダーバードのキャンペーンに参加してくれたのは3万7254人と、テレビ番組に比べればリーチできた数は多くはないが、抗体医薬について深く知ってもらうという目的達成に少なからず貢献したことは間違いない。
現在は来年度のキャンペーンに向けて、“潜伏期間”に入っている。これまでのキャンペーンはいわゆる打ち上げ花火型だったが、サンダーバードラボでは様々なソーシャルメディアにファンという資産ができた。このソーシャルメディアに集まる人やデータを活用して、エンゲージメント率を高られるような次の施策へとつなげていく。