「メールだけで囲ってコミュニケーションできるというのは、企業側の一方的な考え方かもしれない」

 ソニー銀行マーケティング部マネージャーの中路宏志氏は、CRM(顧客関係管理)を目的とした企業の会員制サイトに疑問を呈する。

 既存顧客や見込み顧客への情報提供により、関係強化を狙う会員制サイトの運営に取り組む企業が増えている。メルマガ配信だけでなく、懸賞やゲーム企画の実施、コンテンツの提供、ポイント付与など様々な仕掛けで会員を飽きさせないよう工夫する。数百万人の会員を抱える企業も珍しくない。

 買い換えサイクルが長い耐久消費財や、製品の差異化が難しくブランドへの親近感や価格で商品を選びがちな食品・飲料の業界などで特に動きは顕著だ。

 同社マーケティング部マーケティング・オフィサーの河原塚徹氏も、「賞品を提供してメールアドレスを集めても、それは必ずしも企業の商品に関心を持つ人ではない。何万通も配信するのはすごいけど、そのリストに価値があるのか」と中路氏に同調する。

 ソニー銀行がここまで徹底した考えを持つのは、全顧客のメールアドレスを持ち、顧客が取引のために頻繁に自社サイトを訪れるネット銀行でさえ、新商品やキャンペーン情報を十分に伝えきれないと感じているからだ。

 そこで今、同社が既存顧客とのコミュニケーションに活用するのが、自社サイトへの訪問経験者を対象に配信するリターゲティング広告だ。

リターゲティング投資は2年で4.4倍に

ソニー銀行のリターゲティング広告出稿額(2009年を1とした場合)

 ソニー銀行は2009年に「Yahoo!JAPAN」のリターゲティング広告の出稿を始めて以降、ノウハウを蓄積してきた。他メディアも利用環境が整備されたことから今年5月に出稿先を最大6つのメディア、アドネットワークに拡大させた。出稿額も2011年は2009年と比べて4.4倍に増加する見通しだ。

 リターゲティング広告は自社サイトを訪問したことがあるユーザーに向けて、外部サイトで広告を見せるものだ。一定期間にソニー銀行のサイトを訪れたことがある人に、Yahoo!JAPANやそのアドネットワークに参加するサイト上でソニー銀行の広告を見せる。自社に関心を持つユーザーに配信を限定するため効果が高いといわれる。特に購入までの検討期間が長く、それまでに何度もサイトを訪れる自動車などの高額商品、金融商品などに向くとされる。

 またEC(電子商取引)であれば、トップページを訪れた人、商品ページを見た人、商品をショッピングカートに入れた人など、ユーザーの状況に応じて広告クリエーティブを出し分けることで、さらに高い効果が得られる。

 ソニー銀行がリターゲティング広告の出稿を始めた当初は、新規の口座開設者を獲得するのが狙いだった。同社の顧客は、2回目のサイト訪問で口座開設の申し込みをする人が多いという傾向が分かっていたからだ。ならば、1度訪れた人にアプローチするリターゲティング広告が適切と考えて出稿した。ところが、通常の広告と比べて効果は高くなったものの、開設率を30%向上させるという目標値には届かなかった。

 その後の試行錯誤で分かってきたのは、「取引が付随するものが効果が高い」(中路氏)ということだ。円の定期預金、外貨預金、住宅ローンなどの商品の取引を勧める広告だ。

 リターゲティング広告を出稿すると、配信対象は頻繁に同社サイトを訪れる既存顧客が多くなる。「(リターゲティング広告を見てサイトを訪問する人の)6~7割は既存顧客が対象になっているのではないか」(中路氏)と言う。

 同社は成果を高めるために、単にサイトを訪れたか否かではなく、例えば住宅ローンのページを見たか否かで広告を見せるかどうかを決めている。また、円定期、外貨預金の出稿はキャンペーンを実施するボーナス時期に絞っている。

取引に結びつく確率、ノンターゲティングの5倍に

 なるべく取引に結びつく層や時期に広告配信を絞り込んだ結果、ノンターゲティングの広告と比べて、ユーザーが広告をクリックした直後にソニー銀行のサイトにログインする確率は8倍に、取引に結びつく率は5倍に高まっているという。

 既存顧客であっても取引が発生すれば手数料などの収入が発生するので、広告の対象からは排除すべき存在ではない。むしろ、自社サイトやメルマガでは情報を届けられない既存顧客が、リターゲティング広告のターゲットとなっている。

 こうした傾向から、「既存顧客とメールだけでコミュニケーションするのは企業の一方的な考え」という冒頭の発言になったわけだ。メール、自社サイト同様に、CRMの一環としてリターゲティング広告への投資を惜しむべきではないという方針になっている。

 中路氏は同社の広告宣伝手法を、認知拡大を目的とした「一列目」と、取引に結びつけるための「二列目」に分けて整理する。一列目が新聞広告、交通広告、ノンターゲティングのバナー広告など。二列目が「住宅ローン」などと検索するユーザーを取り込む検索連動型広告やSEO(検索エンジン最適化)、住宅ローンの情報サイトなどを訪れるユーザーを誘導するアフィリエイト、そしてリターゲティング広告だ。

 新聞広告などで幅広い層を自社サイトへ集客し、そうして離脱した人をリターゲティング広告で追いかけ、少しでも関心を持つ人を“刈り取る”流れができている。

 現状、リターゲティング広告よりアフィリエイトや検索連動型広告の方がコストは安い。だからといって同社が、リターゲティング広告をやめるつもりはない。検索などだけでは獲得できる顧客数が限られるし、競合との入札競争の中で広告単価が上がることもあり得る。

 それより、「広告枠で買うより、(自社サイトの訪問経験があるという)自分たちへの関与が高い人のデータベースを作り、そこに広告を打つ方へシフトしていく」(中路氏)。そのため、一列目、二列目という位置づけを定め、メディアプランを練っている。

ソニー銀行のリターゲティング広告活用法

 今後、さらに緻密なリターゲティング広告に取り組み、成果を高めていく考えだ。例えば、自社サイトを訪問したか、どんな情報を見たかだけでなく、何らかの手法で顧客か否かも判別して、広告メッセージを「ソニー銀行の口座をお持ちの顧客様へ」のように明確化させる。

 ターゲティング精度向上に伴う懸念材料は、広告の受け手が「つきまとわれている」と感じる可能性があることだ。ソニー銀行は当初から、そうした心理に配慮し、リターゲティング広告を活用しているアドネットワークと、広告表示を中止する(オプトアウト)方法をサイトに明示している。ターゲティングが高度化、普及する今後は、どの企業においても透明性の確保、プライバシーへの配慮が一層求められる。