ソーシャルメディアを使ったマーケティング。それは、企業サイドが顧客を巻き込んだクチコミを起こし、収益につなげることだけを指すわけではない。むしろ逆に、ネット上で自社製品がいかに話題になっているかを分析するだけで、大きなビジネスチャンスが隠れていることもある。実証したのはマンダムの整髪剤ブランド「GATSBY(ギャツビー)」だ。

 きっかけは昨年、マンダム社員が海外に住む友人から聞いた何気ない一言だった。「あなたの会社って、GATSBYを作っている会社なのよね?こちらでも人気よ」。

 この社員がさっそく調べてみると、再生回数が数十万回に及ぶGATSBY商品の関連動画が、動画投稿共有サイト「YouTube」で次々に見つかった。こうした一般消費者が作った動画以外でも、マンダムが作ったGATSBYブランドのヘアアレンジの動画についても一般消費者がYouTubeに投稿していた。こちらは日本語の動画ながら、再生回数はやはり数十万回に上っていた。マンダムによれば、海外の競合ブランドが自社で動画を制作してYouTubeで公開しても、10万以上の再生回数となることは珍しいという。

欧米ではソーシャルメディア上でマンダム製品が人気に

 海外の一般消費者の投稿に火がついたきっかけは同社でも把握しきれていないが、「商品そのものの評価だけではなく、アニメ・マンガといった日本のポップカルチャーとの関連で、日本発という強みと相まって、欧米圏へと広がっているようです」と、Eビジネス準備室の伊達亜希子主任はみる。確かに、マンダムの製品が登場する一般消費者制作の動画は「Asian Hair」「Anime Hair」といったタイトルがつけられたものも多い。

 GATSBYブランドの中でも、とりわけ海外で支持を集める「ムービングラバー」は、髪の長さや髪型に合わせて7種類の商品を展開しており、それぞれピンク、オレンジ、ターコイズブルーなどを基調とした色鮮やかなパッケージが特徴だ。日本発、カラフルなパッケージといった商品の特徴が、欧米人の好む日本のポップカルチャーへのイメージと合致して、人気を集めているようだ。

 また、一般消費者が作成したGATSBYのFacebookページも見つかった。こちらは、そのページの制作者が積極的な情報発信をしているわけでもないのに、約2万7000人のファンが登録している。

クチコミに押され海外市場に参入

 一般商品者からの強い関心に押される形で、マンダムはGATSBYを海外展開するためのプロモーションを始めており、将来は米国など向けにEC(電子商取引)を始めることも視野に入れ始めた。

 通常なら、進出先の候補となる国をまず決めて、競合の状況などを下調べした上で、商品を販売しプロモーションをかけていく。その過程で、売り上げを伸ばすために、クチコミを増やしていくというのが一般的な流れだ。

 マンダムのプロセスは全く逆。インドネシアや中国といったアジアの売り上げが全体の約3割を占める規模になっているが、「欧米市場は、参入の視野にすら入っていなかった」と、Eビジネス準備室の八田学室長は明かす。

 髪質も生活習慣も異なる欧米に進出するには、事前の市場調査や商品開発が必須になると考えられた。市場性も分からなかった欧米向けに人とカネを投じるくらいなら、成長するアジア市場を積極的に攻める戦略を選ぶのは当然のことだった。

 ところがクチコミなどで注目されていたため、その市場に向けて販売・プロモーションを実施するという流れになった。

通常とは全く異なるプロセスで海外展開を進めるマンダム

 クチコミを契機に欧米の状況を調べていくうちに、参入の余地が見えてくる。動画サイトへ投稿してくれた人たちがGATSBY製品をどうやって手に入れたかなどを調べていくと、オークションサイトで入手したり、友人から送ってもらったりして、愛用してくれているファンが大勢いることが分かってくる。

 こうした事実に欧米市場への可能性を感じて、八田氏は経営陣との会議資料として、YouTubeやFacebookのデータや、米国ではトップ10ブランドのシェアを足し合わせても約35%にしかならない、といった市場データを持ち込んだ。

 「事業の可能性を探ってほしい」。データを見た経営陣から、こう依頼を受けた八田氏は、既にいるGATSBYファンと協力してブランドを作るBwithCのブランディング戦略を進めていくことを決めた。

 BwithCのプラットフォームとして最適だったのが、欧米で利用が盛んなFacebookだ。今年8月にグローバル向けのFacebookページを開設して、ユーザーとの対話に乗り出した。

来年度には米国向けECも視野

 Facebookページでは、冒頭紹介した一般消費者の制作によるムービングラバーを使ったヘアスタイリングの動画(下はその一例)や、こちらも一般消費者が作ったFacebookページを紹介するコーナーを設けた。GATSBYファンがこれまで作ってくれたコンテンツを大切にしている。

 もっとも開設しただけでは、すぐにファンは集まらない。そこで、今年10月のハロウィン時期に、自分の写真を投稿すると、その写真に仮装を合成した写真が複数できあがり、その写真で神経衰弱が遊べるといったゲームアプリなどを展開した。それに合わせて、YouTubeなどで検索連動型広告を出稿して、マンダムが作ったFacebookページに人を呼び込んだ。このキャンペーンによって、ファン数は1万3000人超まで増えたという。

 今後はこうしたキャンペーンの結果やユーザーからの投稿状況を見ながら、別の施策に生かすというPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回していく。

 現状はGATSBYのプロモーションをしている段階だが、来年度には米国向けを中心とした海外ネット通販の展開も視野に入れている。その実現のために、新しい組織も立ちあげた。「10月1日に新設されたEビジネス準備室は、その狙いとしてはグローバルにおけるネット通販の準備を手掛ける組織と理解してもらって構わない」と八田氏は言う。

 ソーシャルメディアにおけるファンの動きを分析することで、海外の未開拓市場への参入というビジネスチャンスをモノにしようとするマンダム。常識にとらわれない柔軟な発想が重要性を増している。