老舗ブランドの多くが迎える経営課題。それが顧客層の高齢化だ。1891年に開墾された小岩井農場を発祥とする小岩井乳業(東京都千代田区)も、その例外ではなかった。
「小岩井ブランドは顧客のロイヤルティが高いと感じているが、購買層は50代以上の中高年の方々が主体。かつて、お中元やお歳暮で届くとうれしい商品だったが、その習慣が薄れていくにつれ、そうした方々との接点が少なくなっていった」
同社のマーケティング部マーケティング担当部長補佐の小川典子氏は、小岩井乳業ブランドが置かれた現状をこう分析する。
このままではブランド存亡の危機ともいえる。そこで昨年5月、同社は顧客戦略の転換に踏み切った。食を楽しみ、社会性も高いオピニオンリーダーといった現在の顧客層が持つ価値観は維持しつつ、30~40代にまで顧客のターゲット層を広げることにしたのだ。
どのようにして若返りを図るのか。広告費が潤沢にあるわけではなく、テレビCMは選択肢に入らない。同社の主力商品「生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト」は品質を追求する分、競合商品よりも1割強以上は高く、低価格品を求めるファミリー層の支持を得ることも難しい。
顧客層の価値観を考えて選んだのが、食を楽しみ、情報発信にも熱心な30~40代女性が集まる料理のレシピサイトの活用だった。そうしたサイトは数多くあるが、「『クックパッド』のようにレシピを検索してすぐ買い物するというサイトより、雑誌の立ち読み的な感覚で読まれる『レシピブログ』の方が(ブランドの歴史、こだわりなど語るべきことが多くある)小岩井にはあっている」(小川氏)という仮説を立て、アイランド(東京都品川区)が運営するレシピブログの活用を決めた。
まず、昨年秋にチーズやバターの商品モニターを募集して、それらの商品を活用したレシピを、各モニターのブログに掲載してもらう企画を2回実施した。それぞれ100人のモニター募集に対して1回目は668件、2回目も438件と多数の応募が寄せられた。
レシピブログでは一般的に、レシピ投稿企画を催した場合、ブロガー100人がレシピを投稿すると合計ページビューは45万ほどに上るといわれる。小川氏も「調理して、食べて、家族で楽しんで、ブログ記事を書いていただく。そして情報が拡散する。ブロガーの声は大きなパワーになる」と手応えを得た。
そこで、さらに踏み込んだ活用をすることを決めた。同社の看板企画「小岩井レシピコンテスト」をレシピブログを活用して実施することにしたのだ。この企画は、これまでに5回実施してきたが、マンネリ感、ネタ切れ感も出て、活性化する方策が必要だった。ブログだけでなく、投稿フォームでの応募も可能にして、ブロガー以外も参加できるようにした。

テーマは「小岩井乳業の人気商品でつくる朝食&ブランチレシピコンテスト」に設定。「小岩井 純良バター」などバター、チーズ、ヨーグルトの5商品のセットを100人のモニターに提供して、レシピ投稿を募った。
商品モニター100人の枠に対して1875人もの応募者が殺到した。ブロガー限定ではなかったこともあり、レシピブログでも過去に例がない数だという。東日本大震災の影響で、コンテスト開催時期を予定していた3月から6月へと3カ月遅らせた。同期間にモニターに外れた人も含めた149人から合計409レシピの応募があった。ネットを使った応募となるため、年代は30~40代が8割を占め、狙い通りの層にアピールできたと小川氏は評価する。
開催したのは震災後3カ月後ということもあり、まだ自粛ムードが残っていた。新しい手法によるコンテストが成功するか懸念もあった。そこで、企画の細部まで様々な配慮、工夫をして盛り上げを図った。
その1つが募集テーマ選びだ。「かけるチーズ部門」では、「手軽にできる、エコな時短レシピ」を募集して、節電が求められる社会事情に配慮した。そして、応募1レシピつき100円を小岩井乳業とアイランドが折半して日本赤十字社に寄付する企画を実施した。この取り組みはレシピブログ利用者の共感を呼び、「商品モニターに当選しなかった人も積極的にレシピを投稿してくれた」(小川氏)という効果を生み出した。
応募意欲を高めるために、初の試みも実施した。「発酵バター部門」の入賞レシピの料理を、東京・丸の内にある小岩井農場直営レストランで期間限定メニューとして販売することにしたのだ。こうした、共感を呼ぶ、投稿意欲を高める取り組みがコンテストを成功へと導いたのではなかろうか。企画や主催者への共感を持ってもらうことは、レシピコンテストに限らず、ユーザー参加型、ソーシャルメディア施策共通の成功要因といえるだろう。
どう販売効果を生み出すか
レシピコンテストを終えて小川氏は、「この取り組みはブランディングであり、これから10年、20年と続く次のファン層を獲得して、顧客創造をする活動だった」と振り返る。ただ、1つ疑問が残るとすれば、短期的な売り上げ増という効果は残さなくても構わないのか、ということだ。
小岩井乳業にとって主力のブランディング活動は、「小岩井フェア」のような店頭でのタイアップ企画だ。一定額以上の商品購入で応募できる懸賞キャンペーンで来店客への認知を上げつつ、販売増にもつなげる。多くの人が頻繁に訪れる食品売り場は、時にテレビ以上の認知メディアとなる。ネット中心に告知、募集するレシピコンテストでは数十万PV(ページビュー)と、多くの人に安価にリーチできることは確認できても、店頭での売り上げ増に直結することは実証しにくい。
そこで小川氏は、ブログ活用の効果を全く異なる方法で上げようとしている。ブログ効果で消費者に店頭に足を運んでもらうだけでなく、ネットでの話題や評価を基に店頭で良い棚を確保して、消費者の注目を集めるという逆転の発想だ。
実際に、食品業界でも先進的なメーカー、小売店の中では、ネットの話題性やネットで集まった声を商品開発や仕入れに活用する例も出てきた。例えばハウス食品は、ブロガーの声から使い切りサイズのスパイス「GABANミニパックシリーズ」を開発し、ヒット商品となった。
小川氏は「レシピコンテストは初の取り組みなので、(その盛り上がりを材料に)商談するところまで営業マンが腹落ちしていない。営業の武器になるように、マーケティング部が(ネットの盛り上がりや集めた声を)翻訳して出していく」ことを今後の課題に据える。
小岩井乳業はキリングループの1社。国内食品・飲料業界の競争環境の激化から、今年初めには紙パックの「午後の紅茶」などグループのチルド飲料の製造・販売業務の受託をやめ、従来以上にヨーグルト、バターなどの乳事業へ特化する事業再構築を実施した。
経営環境は決して楽ではない一方で、今年はヨーグルト商品は2けたの売り上げ増が続いている。東日本大震災の影響でヨーグルト全般が品薄になったが、製造方法の違いで計画停電の影響を受けにくい小岩井のヨーグルトは商品供給が続いたことなどが、その理由だ。その時に初めて購入した消費者の一定数が、継続して購入しているのだ。
「一度食べてもらえれば、違いも分かっていただける」(小川氏)という品質への自信は、図らずとも証明されている。その流れ加速させる消費者参加型のマーケティング施策への期待は一層高まっている。