日経デジタルマーケティングは10月14日、「スマートフォンが拓く次世代マーケティング」と題するセミナーを東京ビッグサイトで開催した。読者無料セミナーの第3回目でもあり、300人を超える企業のマーケティング関係者らが会場で登壇者の声に耳を傾けた。

「スマートフォンが拓く次世代マーケティング」セミナーには、300人超が詰めかけた

トヨタマーケティングジャパンの高田坦史社長

 最初の基調講演では、トヨタマーケティングジャパンの高田坦史社長が、若年層を中心としたクルマ離れと、それへの対応策としてスマートフォンを使ったマーケティング戦略の現状を語った。

 同社は、スマートフォンのような最新のデバイスに加えて、ソーシャルメディアなども駆使したマーケティングに先進的に取り組んできた1社である。だが、講演で高田氏は「自動車業界にとって、インターネットなどのIT(情報技術)は敵とも考えられる」と語り、その瞬間、場内に静かなどよめきが起こった。高田氏の発言の真意は、どこにあるのだろうか。

敵であるITを味方に引き込む

 それをひも解く上で、高田氏は消費者が趣味に費やす時間のうち、自動車に関するものと、パソコンなどのITに関するものを比較したグラフを提示した。データによると両者は逆相関の関係にある。2004年を境に、ITに費やす時間が、自動車に費やす時間を上回った。つまりITの普及は、自動車への関心を低下させる1つの要因になっているとした。

 国内の新車販売台数は1990年をピークに減少し続けている。「2009年の市場は1977年と同レベルにまで落ち込んだ」と高田氏は危機感を募らせる。とりわけ、29歳以下の減少が著しい。若年層の自動車への関心度については、2011年と2005年を比較すると、34ポイント減の48%に落ち込んでいる。

 その影響は、新車を購入した人の年齢構成比からも見て取れる。1990年には29%を若者が占めていたが、現在では6.6%とわずかになった。その要因の1つに若年層の趣味嗜好(しこう)の多様化による、車の所有欲の低下がある、と高田氏は分析する。

 かつては自動車のような高額な商品を所有することが自己顕示欲を満たす代表格だった。しかし、「現在はケータイなどのITデバイスで何を持っているか、それを使いこなしているか」といったことが、自動車の代わりとして存在感を高めていると高田氏は説明した。費やす時間、所有することで得られる優越感の両面で、ITの台頭は自動車業界にとっての頭痛の種となっているわけだ。

 オンラインショッピングや、家にいながらネットで映画を借りられるサービスの普及などによって、今後も消費者がITに費やす時間は一層増加していくのは疑う余地がない。だからこそ、トヨタではITを“敵”として見なすのではなく、マーケティングのパートナーとしてフル活用する。

 利用が急拡大するスマートフォンも重要なパートナーだ。「デジタルネイティブ世代は、車よりデバイスに関心がある。だから、そのデバイスを使いながら自動車に関心を持ってもらう」(高田氏)。そんな狙いから誕生したのが「ToyToyota」プロジェクトである。

 このプロジェクトの第1弾となった「Backseat Driver」は、親が運転する車の後部座席に座る子供が、運転をバーチャルに体験できるiPhoneアプリとなっている。運転者と同乗者という従来の関係を超えて、親子でドライブを楽しみながら自動車を運転する楽しさを伝えていく。それが狙いだ。

 アプリを起動すると、画面にはデフォルメされた車が2台前後に並んで表示される。前方に表示されているのが親の運転する車で、もう一方は後部座席で子供が運転する車だ。親の運転する車を追いかけるようにして進む車を、子供はiPhone本体を左右に傾けて運転する。

 iPhoneのGPS(全地球測位システム)が持つ位置情報と連動しており、画面には現在通過している地域名が表示され、近くに実在する飲食店などの施設がアイテムとして取得できる、といった内容になっている。

 「自動車への無関心層に対して興味を喚起するには、楽しませる仕掛けを組み込んだマーケティングが重要になる」と高田氏は指摘する。なぜなら、消費者が機能よりも、情緒的な価値を求める時代になっているからだと言う。その考え方を後押ししているのが、ソーシャルメディアだ。ソーシャルメディアの世界では、機能よりも、人と人のつながりによる精神面の充足が求められる。

ソーシャルパワーでアプリ開発

 「スマートフォンの普及で、さらに広く深く進展するソーシャルパワー」の時代に消費者、特に“クルマ離れ”が進む若者と関係をつくるには「彼らと対等な関係でなければならない」と高田氏。人と人のつながりの中に、企業やブランドもフラットな立場で入っていく必要がある。

 楽しませる仕掛けで楽しんでもらった、その体験を自由に情報発信して共有してもらう。楽しんだ体験の多さ、深さがブランドとの関係を強めていくという考えだ。「その結果として、自動車への関心を高めるチャンスが出てくる」と、マーケティングのプロセスが大きく変わってきていると高田氏は強調した。

 デジタルネイティブ世代を楽しませる方法、その手段を模索する上でトヨタが取った施策は「車とは最も縁遠く、対極にあるITを好む若者にアイデアを出してもらう」(高田氏)ことだった。

 その企画が今年2月に実施したソーシャルアプリのアウォード「TOYOTA SOCIAL APP AWARD」である。後援者として「GREE」「Yahoo!モバゲー」「mixi」などが参加。それらの中からアプリが動作するプラットフォームや、パソコン、従来型のケータイ、スマートフォンなどのデバイスを組み合わせたアプリの企画案を募り、それぞれのデバイスごとに100万円の賞金をトヨタが用意した。

 1255件の応募があり、その中からヒッチハイクをテーマにした「Thumb Tripping(サム トリッピング)」などグランプリ3件、ゴールド8件が選定された。これらのアプリは今冬の提供を目指して、いま開発段階にある。

 高田氏は最後に、「停電警報」というiPhoneアプリを紹介した。東京電力の管内において電力の使用量がひっ迫した際に、アプリ利用者にそれを通知して、停電を促すアプリである。これは、トヨタマーケティングジャパンの社員が高田氏に開発を直訴したことで生まれたものだという。

 自動車のマーケティングとは直接関係のないアプリの開発を高田氏が許可したのは、社会に貢献するソリューションを提供することが、消費者の感動につながり、ひいてはトヨタのブランド力の向上につながると高田氏が考えたからだ。

 「自分たちの商品を売るためだけのマーケティングは力を持たない時代になった」。そう言って、高田氏は講演を締めくくった。

高額商品の購入が進むスマートフォン

 続いて登壇したのが、ニッセンのマーケティング本部WEBマーケティング部モバイルチームの神徳昭裕マネージャー。4つのiPhoneアプリを展開する同社のスマートフォン戦略、そして新規会員や20代男性の獲得率が従来型のケータイに比べて高くなった成果を披露した。

 ニッセンは毎シーズンごとに合計2億冊のカタログを発行するカタログ通販会社である。一方でネット経由の売上高が過半の、ネット通販会社でもある。とくに成長著しいのがモバイル通販で、2001年のサイト開設から10年で売上高は10倍に拡大した。昨年のモバイル経由の売上高は全体の15%を占める188億円で、今期は200億円を見込んでいる。

ニッセンのマーケティング本部WEBマーケティング部モバイルチームの神徳昭裕マネージャー

 モバイル経由の売上高は今も右肩上がりだ。だからこそ、急速に普及が進み、今後主流になる可能性の高いスマートフォンへの対応にもいち手を打つ。スマートフォン経由の売上高は2010年の下期から半年で11倍にまで増加しているとした。

 スマートフォン活用を巡っては、意外な効果も出てきている。従来型のケータイ通販では売り上げ全体に占める女性向けアパレルカテゴリーの割合が、ほかと比べて突出して高い。ところがスマートフォン経由では、家具が同カテゴリーと比肩する。とりわけ「20代の男性が家具を購入するケースが多い」(神徳氏)という。

 従来型のケータイでは売りにくかった家具がモバイル経由で売れるようになっているのは、より鮮明にイメージが伝わる商品画像を提供できるといった、スマートフォンならではの特長を生かした結果だと神徳氏は見る。この商品画像の画質の向上は、単に高額商品の購入を後押しするだけではなく、画面で見たときと商品が届いたときのイメージの違いによる返品率の低下という成果にもつながっているとした。

 モバイルサイトのスマートフォン対応は、このほか操作性の向上によるサイト滞在時間と商品購入点数の増加、といった効果が期待できる。加えて、新しいマーケットとしてニッセンが期待するのがアプリだ。

カタログ補完ツールとしてのアプリ

 神徳氏はアプリを「カタログとネット通販の補完的な役割として活用している」と位置付けて、様々なタイプのものを開発している。

 例えば、iPadとiPhoneで利用できる「ニッセンスマートカタログ」は電子書籍のカタログを閲覧しながら、掲載されている商品のクチコミを見たり、商品を購入したりできるアプリだ。カタログを見ていて、つい購入してしまうという衝動買いを促進したり、全身をコーディネートする提案で商品購入点数を増やすカタログとしての特性がある。

 また、クチコミを参考に購入を促したり、複数の商品をお気に入りに追加することで容易に比較できる、といったネットの特性もある。カタログとネットの両方の特徴を生かしたものだと神徳氏は説明する。

 次に紹介した「nissen Virtual Coordinate Room(VCR)」は、アプリ上でニッセンの商品を組み合わせて自由にコーディネートできる着せ替えアプリだ。自分で好きな商品を組み合わせられる仕組みで、全身コーディネートの一括購入を促す。

 また、ソーシャルメディアと連携することで、ユーザー同士でコーディネートを推奨し合えるようにした。提案の幅を広げることで、「ユーザーは新しいコーディネートを発掘できる」と神徳氏は言う。それが、商品の購入につながることを期待する。

 ニッセンの直営店「スマイルランドショップ」尼崎店では、等身大のデジタルサイネージを設置して、VCRを利用できるようにしている。店頭に置いていない商品も組み合わせたコーディネートを作ることができるようにすることで、店舗とネットをクロスした利用につなげる新しい試みだ。

 同社では今後も、スマートフォンをカタログでは見られない情報を拡充するツールとして利用してもらうことを推進していく。神徳氏は「左手にカタログ、右手にスマートフォンという習慣を作りたい」との考えも披露していた。