「一時期、(ソーシャルメディア活用を)もうやめようかとも思いましたよ」

 ソーシャルメディア活用に積極的なことで知られるユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のマーケティング営業本部マーケティング部インタラクティブマーケティングの大森研治課長は、取材が始まるなりこう切り出した。

USJは幅広くソーシャルメディアを活用

 USJは、昨年の公式「Twitter」アカウント開設を皮切りに、「Facebook」「GREE」「モバゲー」、この8月には「mixi」といった具合に国内の主要ソーシャルメディアすべてに公式アカウントを設け、消費者への情報発信や対話に力を注いできた。それをすべてやめようか…というのである。ただごとではなさそうだ。

 「ソーシャルメディア活用の本質とは何か、我々の使い方はそれに沿っているのか」。ソーシャルメディア活用で精緻に効果測定すればそれだけ、大森氏の疑問は募った。

 集客への貢献─。

 それを同社はソーシャルメディア活用の目的とする。ブランディングや好感度という尺度だけでなく、最終的にUSJへの来場につながったかを重視している。公式アカウントへの接触前後、また接触者と非接触者の間に来場への有意な差があるかを調べてきた。

 その差についてまだ結論は出ていないが、かねて大森氏には疑問があった。公式アカウントのファン、フォロワーは合計でも17万人。年間来場者数の800万人とは大きなギャップがある。ソーシャルメディアを運営する手間に見合っていないと感じていた。

 Twitterでは公式に加えて、「綾小路麗華」などパーク内に登場するキャラクターもアカウントを持ち、合計で7アカウントを運営するほど力を注ぐ。運営開始から期間は短いが、フォロワー、ファン獲得キャンペーンなどを重ねてきた。その成果が17万人だ。

 人数の多寡だけでなく、情報の拡散効果にも期待を寄せた。が、効果の高いTwitterでさえ、USJの投稿の本来のインプレッション数(=フォロワー数)に対し、リツイート分も含めた推定インプレッション数は2倍未満だ。

 「広がりが弱いなら、メルマガ配信やRSSと大差ない」と大森氏。たとえフォロワーが、200万人の読者を抱えるメルマガ並みになっても、情報の拡散がなければソーシャルメディアを使う意味がそもそもない。大森氏はそう考え、「完全撤退」はありえないとは思いつつも、冒頭の発言となったわけだ。

来春以降に戦略転換?

 大森氏は来春以降のソーシャルメディア活用の方針転換を考えている。

 公式アカウントのフォロワー数、ファン数を800万人という年間来場者数に見合うように増やすことに躍起になるのではなく、実際の来場者にUSJの話題をソーシャルメディアに投稿してもらう。それを促すための施策に軸足を移そうというのだ。

 公式アカウントで投稿しても、広がりはフォロワー数、ファン数の2倍未満、つまり40万人弱。ならば、来場者にUSJで楽しい体験をしてもらい、その感動を投稿してもらおうというわけだ。ソーシャルメディアの普及率が高まれば投稿数は自然に増える。そう大森氏は考えた。投稿者の友人がその体験、感動を知り、USJの公式サイトで情報を得てもらえれば来場意向は高まると考える。

 戦略転換のきっかけになったのは、1つのキャンペーンの成功だった。

来場志向を高めた「ワンピース」

ワンピース・プレミアショーの様子

 人気漫画「ワンピース」を人間が演じるUSJのライブショー「ワンピース・プレミアショー」のソーシャルメディアキャンペーンがそれだ。

 昨年の開催前は「ワンピースを人間が演じるなんて……」とファンから不安の声が寄せられたが、始まってみればその完成度の高さから大好評だった。2回目となった今夏は、そうした来場者の声をソーシャルメディアで生かすことにした。

 ショーの「オフィシャルサポーター」制度を設けて600人を募集し、今年7月14日のリハーサルの無料見学などの特典を付けた。応募時にはハッシュタグ(#onepiece_usj)を付けて、昨年開いたショーの感想をTwitterへ投稿してもらった。

 そして、「感動や興奮が伝わるツイートをした人」を、オフィシャルサポーターとして選考することにした。すると左図のように、5月23日から6月30日の間に1800人近くが昨年のワンピース・プレミアショーの感想を投稿していった。

ワンピース・プレミアショーに関する投稿件数の推移

 その結果、テレビCMの放映を始める7月3日より前の段階から、前年を大きく上回るペースで観覧チケットが売れ始めた。特にネット販売は前年の2倍近いペースとなったという。

 7月16日から9月4日というショーの期間中の投稿も、USJの特設サイトに掲載していった。“ワンピース効果”もあり、8月のUSJ入場者数は8年ぶりに100万人を超える賑わいとなった。

 まさに、ソーシャルメディア活用キャンペーンの成功例といえる。だが、この成功要因に公式アカウントの数は直接的には含まれない。1800人の投稿が、その周囲のフォロワーに影響を与えたことで、来場意向が高まったわけだ。ここから「来場者の声をソーシャルメディアで広げる」という方針が生まれた。

 もっとも、具体的なプランニングはこれからで、オフィシャルサポーターの運営だけとっても、パーク運営部門など社内関係者の協力や理解が欠かせない。こうした社内の関係先との調整を今後詰めていく。

 マーケティングにソーシャルメディアを、なぜ活用するのか。このところ多くの企業がそう考え始める中、その本質を問い続けた末のUSJの戦略転換。周囲からの注目も集まるだけに、もはや後戻りは難しいのかもしれない。