来夏に、中国上海市にノートの工場を設立し、中国市場に本格参入するコクヨ。「アジア企業」に成長することを標榜し、売上高の海外比率を現在の数%から10年以内に30%以上まで引き上げる方針だ。特異なマーケティングによるオフィス用品のシェア拡大が、本格参入の背景にある。

急拡大する中国のBtoBのEC市場(中国アイリサーチ調べ)

 同社は2005年からオフィス用品のカタログ通販事業「Easybuy(イージーバイ)」を中国で展開してきた。2010年度の売上高は約25億円で、前年に比べて3割増を達成した。米ステープルズ、米オフィスデポという、中国のオフィス用品における米国勢の2強に食い込む勢いだ。

 成長を支えた“秘策”は、カタログ通販会社でありながら、そのカタログ通販を捨てる変革だった。

決断の背景に創業2代目の理念

 「常と変」─。

 コクヨを創業した黒田善太郎氏の長男で2代目社長の黒田ショウ之助氏(ショウは日ヘンに章)が示した経営理念であり、同社の企業文化としても根付いている言葉だ。企業には、変えてはならないことと、変えなくてはならないことがある、という意味だ。コクヨの中国事業を統括する、国誉商業(上海)有限公司(コクヨ上海)の井上雅晴董事総経理(社長に相当)にとっての「変」は、熟慮の末にカタログを捨て去ることだった。

 きっかけは、昨年9月に中国政府が、それまで規制を敷いていた外資系企業によるネットビジネスを解禁したこと。従来、外資系は、消費者向けの通販であればアリババグループのタオバオが運営するネットショッピングモール「タオバオモール」、企業向けの通販であれば「アリババ」といった、中国の企業が運営するモール上で商売をする必要があった。

 中国国内に現地法人を設立している企業に限るといった条件付きではあるものの、外資系企業にもネットビジネスの門戸が開かれたことで、ようやく自社でネット通販サイトを開設して販売することができるようになった。いち早く名乗りを上げた1社がコクヨ上海だった。

 オフィス用品は人口との相関関係が強いため、成熟市場の日本国内では頭打ちになっており、伸びしろは少ない。「失うものは何もない。とにかく前に進め」という、コクヨ本社幹部からの指示を受け、中国上陸を果たす。2005年のことだった。

 理想郷を追い求めて中国進出を果たしたコクヨだが、現実はそう甘くはなかった。コクヨの中国上陸後に、前出のステープルズが中国国内で最大手だった「OA365」を買収。同じく、中国大手「AsiaEC」をオフィスデポが買収するなど、中国企業との競争から、米国勢との競争へと発展していく。

 買収先の2社に比べれば、コクヨの知名度など足元にも及ばない。井上氏は、営業担当者による人海戦術で認知度向上を狙った。

 企業の総務担当者にターゲットを絞って、コンタクトを取り続ける。現地で約90人の営業担当者を採用して、1日最低40件の飛び込み営業をかけたのだ。また、100人規模のコールセンターでは、企業の代表番号に電話して、総務担当者にイージーバイを知ってもらう。泥臭い営業が、少しずつ課題克服につながっていった。

 認知度向上の一方で、オフィス用品のカタログにも工夫をこらした。これまで日本でも採用していた、A4サイズのカタログサイズを縮小したのだ。これは元々、営業担当者が日々の活動の中で持ち運びしやすいようにという目的で作ったものだったが、そのコンパクトさが顧客に受けた。

 人海戦術によるイージーバイブランドの浸透、使いやすいカタログ、そしてニーズに合わせて生活雑貨の取り扱いも増やすといった、商品展開で徐々に存在感を増していくことになる。

 「中国のオフィス用品市場はどんどん広がっているが、上位2社は買収以降、さほど売り上げを伸ばしていない。市場全体の拡大分は、おおよそイージーバイが取ったはず」と井上氏。ここから、一気に2強との差を詰めたい。その手段として白羽の矢を立てたのが、デジタル技術を絡めたマーケティングだった。

ネット通販解禁に向け粛々と準備

 コクヨは、カタログ通販の開始と同時に、顧客から受注するためにWebサイトを立ち上げていた。カタログを見て、品番を入れ注文するだけのサイトなら、ネット通販とは見なされないとの判断を中国政府から受けていた。

 中国でネットが急速に普及するのにあわせて、徐々に高まるネットからの受注率。外資である以上、本格的なネット通販を展開できないジレンマを抱えながらも、ネットからの受注は受注額全体の3割程度まで高まっていた。そこで、来たるべきネット時代に先駆けて、2009年からネットの可能性を模索する実験に取り組み始めた。

 例えば、ポイントプログラム。コクヨでは、ネットから注文した場合に限ってポイントを顧客に還元するようにした。他社では電話で注文した場合にもポイントが付与されるが、コクヨはネット受注にこだわった。さらに、ネットからの月間注文金額に応じて、シルバー、ゴールドといった具合に顧客のステータスが上がる仕組みを取り入れ、ネット購買意欲をあおった。

 虎視眈々とネット通販本格化のタイミングをうかがってきた井上氏のもとに、昨年、朗報が舞い込む。中国政府が外資のネットビジネス解禁に動くという情報だ。事前に政府と交渉を続け、解禁にあわせて、イージーバイブランドでのネット通販を始める許諾を得ることに成功した。

コクヨ上海は2010年に自社ECサイトを開設

カタログ廃止でネット通販へ舵を切る

 井上氏の“攻め”はそれだけでは終わらない。ネット通販の開始から半年後には、会社の基盤だった「カタログ」すら廃止する。コスト構造を見直す中で、印刷費や郵送コストのかかるカタログの在り方に井上氏は問題意識を持っていた。思い切った決断だったが、Webサイトからの受注は、1カ月の売上高である3億円のうち既に7割まで達しており、これならいける、との判断に傾いた。そして、一気にネット通販へと舵を切った。

 今年からは、ソーシャルメディアを使ったマーケティングにも取り組み始めている。中国版ツイッターと言われる「新浪微博」に自社の公式ページを開設して、顧客との双方向のやり取りを実現している。

 一度はなくしたカタログだが「その閲覧性の高さは“ついで買い”を促すのにはピッタリ」と井上氏。そこで、今後はタブレット端末などで見られる、「電子カタログ」の配布も視野に入れる。これなら紙のカタログで問題だった印刷費や郵送コストがかからない。

 マーケティングを強化することで、米国勢のオフィス用品2強に食い込むコクヨ。来夏に控えるノートの現地生産で、一気に中国市場に攻め入る構えだ。

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