全日本空輸が導入するボーイングの新世代中型機「ボーイング787(B787)」。国内線が11月、国際線でも来年1月に就航予定だ。全日空はB787の開発に協力した企業の1社であり、世界の航空会社に先駆けて導入することになる。同社はこれを、海外での知名度向上、国内でのブランドイメージ向上の千載一遇の好機と捉え、ソーシャルメディアを使った積極的なプロモーションを展開している。
基本方針は、幅広く一般消費者に直接アピールするのではなく、ソーシャルメディアを通じて、まずはコアな航空機ファンに情報を伝えること。ファンの熱気で情報を“増幅”して、一般消費者まですそ野を広げる。マス広告も併用しつつ、費用対効果を高めることが狙いだ。
プロモーションには3つのフェーズを設けた。B787を「見たい」、次に「知りたい」、そして徐々に「乗りたい」という欲求を喚起する。既にマスメディアでのPR効果も生まれ始めており、話題性は大きく高まっている。
YouTube、4割は海外からの視聴

まず、B787を「見たい」航空機ファン、そして一般消費者に向けた施策が、映像配信だ。様々なイベントに乗じて、動画共有サービス「YouTube」やライブ動画配信サービス「Ustream」を積極的に使って視聴者を増やしていった。
全日空は7月4日、YouTubeに公式チャンネル「ANA Global Channel」を開設している。それに先立つ6月下旬に開催された世界最大級の航空宇宙展示会「パリ航空ショー」にあわせて、1本の動画を公開した。
B787のキャビンの様子を世界で初めて描いた2分半ほどのCG映像だ。音声や音楽があるわけではなく、シートがベッドのようにリクライニングする様子などが淡々と流れる仕上がり。かなり精巧なCGで本物と勘違いする人も少なくないという。
米ロサンゼルス・タイムズは、その内容に注目して、YouTubeの動画をサイト内に埋め込んだ記事を執筆した。その結果、現在までに33万回再生される話題の動画となっている。全日空は海外PRのためには映像をYouTubeに載せることが必須と考えて、制作段階から権利関係の処理を進めた。
B787のプロモーションプランを設計した営業推進本部WEB販売部の赤嶺幸彦氏は、「自社サイトに(この動画を)置いていてはあり得ない出来事だった」と振り返る。業界の注目が集まる時期にタイムリーに公開したことが成功の要因だろう。全日空の公式チャンネルの総再生回数60万回以上のうち、4割は海外からのアクセスとなっている。
「見たい」という要望に応える施策は続く。7月3日のB787日本初飛来(検証飛行)のUstream中継だ。日曜日の午前6時という早朝中継にもかかわらず、ピーク時には約1万2000人が同時視聴した。
翌日の記念式典、そして9月28日の初号機の日本到着もUstream中継して、3回の視聴者は延べ7万人に達した。「実際見たのは航空機ファンの方かもしれないが、その方が投稿する、そしてニュースになることで一般の方への認知が広がった」と、赤嶺氏は評価する。

B787を認知した人がもっと詳しく「知りたい」と思い、訪れる場が自社サイトやFacebookページという設計だ。自社サイトでは、B787の特徴や、部品の35%が日本製であることを説明する「Made with Japan」、導入経緯や交渉の裏側を明かす物語などを掲載している。Ustream中継を実施した時は1日20万ページビューと、通常とはけた違いのアクセス数を記録した。
今年1月に開設した、全日空の日本向け公式Facebookページで、6月15日から9月末までは、B787の導入状況や機体の特徴や裏話などの情報を毎日発信していった。Facebookと自社サイトでリンクを張り、相互の行き来を促して様々な情報を提供した。2009年に開設済みだった英語版のFacebookページは広告も活用してファン獲得を加速させ、B787のプロモーション前は1万人程度だったファン数を一気に8万人以上に増やした。
100人の抽選販売へ2万5000人
興味・関心を高めた次の段階で、全日空が9月に実施したのが初就航を記念したチャーター便のチケット販売だ。10月26日、成田発香港行きの1泊2日のツアーを抽選で100人に7万8700円で販売した。見たい、知りたいと欲求を喚起されたファンが申し込みに殺到し、1万4365組2万5505人が申し込むという盛況ぶりだった。
同時に、このツアーのビジネスクラスをチャリティオークションにかけた。日本向けは「Yahoo!オークション」、英語では「eBay」で実施。各サイトで1名利用、2名利用を1組ずつのチケットを用意したところ、総入札数は393件、落札金額の合計は約560万円との結果をはじき出した。
入札は2名利用、1名利用で期間をずらして実施しており、1名利用の入札期間には米シアトルでB787初号機の引き渡しイベントがあったことから話題性が高まり、入札競争はさらに白熱することとなった。最高落札価格はeBayで出品した1名利用の席で、3万1781ドルである。
この“プレミアチケット”の話題は毎日新聞などの新聞や、米「ハフィントンポスト」など有力ブログニュースでも記事になり、航空ファンから一般消費者への情報の流れを作ったといえる。
一連の施策への成果に対して赤嶺氏は、「PR効果も含めた実績なので、広告の費用対効果は測りきれない。ただ、海外市場を中心に想定した以上のアクセス数、視聴数が得られた」と満足げだ。
同社の国内向け公式Facebookページのファン数は24万人近くとなり、国内企業では有数の規模に達している。とはいえ、全日空の国内・国際線には年間延べ4500万人が搭乗し、ANAマイレージクラブには約2200万人の会員がいることを考えると、ファン数は2けた少ないともいえそう。
そうした疑問に対し赤嶺氏は、「大切なのは、全日空に対して興味を持っているけど搭乗しておらず、自社サイト、メルマガでは接触できない人と広くコミュニケーションできること」と答える。ソーシャルメディア上でコミュニケーションを深め、いつか飛行機に乗るときに全日空を選んでもらうための活動というわけだ。
ソーシャルメディア活用に力を入れたB787のプロモーションは、その効果を測る絶好の機会になるだろう。11月の就航、そして来年以降に他の航空会社もB787を導入した際、どれだけの人がANAを選ぶのか。そのときに真価が問われる。