全国規模で展開する百貨店、総合スーパー、ホームセンターから中小規模のショップまで、今や実店舗を運営する企業の大半が、自社ECサイトを立ち上げたり、あるいは「楽天市場」などのモールに出店したりする形でEC事業に乗り出している。

 だが販路は広がったものの、ECサイトを立ち上げた分、売り上げが伸びるかといえばそう簡単ではない。ECサイト開設当初は、実店舗の売り上げの一部をECが奪いがちだ。ECサイトは伸びしろが多い一方で、どの業界も既存店は前年実績の維持に汲々としている。それが社内に無用な対立をもたらすこともしばしばだ。

 実店舗とECサイトの双方を顧客に行き来してもらって売り上げが伸びるような仕組みを構築できないか--。いち早くそれを実現しようとしている東急ハンズの取り組みに迫る。

実店舗とECの連携で地方開拓

 ユニークかつ豊富な品揃えで若者に人気の東急ハンズだが、折からの消費低迷と震災のダブルパンチの影響が出るのは、同社とて例外ではない。一方で、イトーヨーカ堂が「セブンホームセンター」、イオンが「R.O.U」など新業態の生活雑貨専門店の出店を進めており、「ロフト」以外にも直接的な競合店が増えている。

 現在、東急ハンズは全国24店舗体制。うち13店は首都圏の1都3県に集中しており、地方は手薄だ。しかし地方経済の状況を鑑みるに、おいそれと出店には踏み切れない。そこはECサイトでカバーしたいところだが、実店舗が出店していないエリアにおいては、東急ハンズといえども知名度は高くない。ECへの誘導は難しいという問題がある。

ECサイトへの誘導の切り札は「紙のチラシ」

 未開拓の「地方」という“商圏”をものにするべく、同社が進めているのが小型店舗「トラックマーケット」だ。地方のショッピングセンターや駅ビルなど、テナントが撤退して誘致に苦戦している地元商業施設に、3~6カ月の期間限定で出店する。売り場面積は300~350平方メートル程度で、キッチン用品や美容用品など人気アイテム約3000点を取り扱う。

 ここで、「名前を聞いたことがある」くらいだった東急ハンズの認知度を高めることで、自社ECサイト「HANDS NET(ハンズネット)」をアピールする。出店期間を終えて惜しまれつつ去るにあたり、店舗内で配布しているハンズネットの案内チラシが、地方の新規のハンズファンをECサイトに誘導して“つながり”を維持する切り札となっている。

 なお、トラックマーケットはこの10月5日、日本デザイン振興会が主催する「2011年度グッドデザイン賞」を受賞している。

 地方から地方へと渡り歩く、“さすらいの移動店舗”で知名度を高め、既に7万アイテムの品揃えがあるハンズネットに誘導することで、地方のファンをつかんで離さない--。実店舗とECの連携プレーと言えるだろう。

“ソーシャル接客”で実店舗へ

 トラックマーケットは実店舗からネットへの誘導だが、ではネットから実店舗への誘導はどうか。ここは東急ハンズお得意のソーシャルメディアを使ったハンズファンとのコミュニケーションが威力を発揮している。

 TwitterにFacebookにと、流行に合わせて公式アカウントを開設するも、何を投稿してよいか、いまひとつつかめず、双方に同じメッセージを同時投稿している企業、店舗は多い。その点、ハンズの使い分けは明快だ。

 ハンズネットの管理業務のほかTwitterアカウント(@HandsNet)とFacebook運営も手がける同社ITコマース部EC企画課の緒方恵氏はこう語る。

 「Twitterは対話に向いている。問い合わせを受けて答えるのに便利。Facebookはテーマで盛り上がるメディア。今の時期なら、例えば来年の手帳だったりカレンダーだったり…」。

 Facebookでは、新しく入荷した商品をむやみに無機質に投稿するのではなく、興味を引くテーマ、アイテムを選び、「ちなみに私はモレスキン派です」など“中の人”の人間味が伝わる投稿で、コメントや「いいね!」を引き出す。それが、実物を手に取って検討するために実店舗に足を運びたくなる役割を果たす。

 Twitterは、緒方氏曰く「店舗における店舗スタッフとお客様の対話そのもの」だ。「渋谷店なう」というツイートを見つければ「いらっしゃいませ~」と返し、「これ、パッケージに書いてないけど10個入りかな」という質問には、「さようでございます」と回答する。「ITコマース部の社員も、全員が店頭で接客を経験しているので、ネット上でも自然に振る舞える」(緒方氏)。ここが、見よう見まねで軟式アカウントをやっている他企業との違いだ。

 ソーシャルメディア上で繰り広げられるハンズ流の接客が、ファンを実店舗へと送客し、店頭で品切れの商品については店舗スタッフがハンズネットを案内する--。ソーシャルメディアから店舗へ、店舗からECへの好循環を作り出す東急ハンズに、小売企業は学ぶところが多いのではなかろうか。