いかにもオタク然とした男子が、アディダスのランニングシューズ「adizero」を履いて全力で走る。するとコース脇に並んだマネキンが着用するミニスカートが次々とめくれていく。そしてゴールラインには……。
アディダス ジャパンが8月1日に公開した、クチコミ拡散を狙ったバイラルムービー「adizero vs MiniSkirt」は1カ月で90万回以上再生された。視聴者は国内外から集まり、YouTubeのコメント欄では内容の賛否を巡り、ちょっとした論争も起こっている。
「(性能の高さを)直球勝負で商品訴求するより、ユニークな視点、変化球でadizeroを覚えてもらいたかった」
スポーツパフォーマンス事業本部の津毛一仁シニアマネージャーは、バイラルムービー公開の狙いをこう語る。
短期間に話題を広げるバイラルムービー、消費者との長期にわたる関係構築を実現するソーシャルメディア。これらを組み合わせて、新たなブランド体験手法を構築しようとしている。
津毛氏は、「キャンペーンのたびにファンを集めて、終わると関係が切れる。こうしたマーケティングから脱却しなければいけない」と自省する。
BtoC(消費者向け)製品マーケティングの基本形といえば、懸賞キャンペーンを実施して多くの応募者を集める。応募者の数、認知度の向上をもって成果とする。そして、新製品が出れば新たなキャンペーンを実施し、ゼロから応募者を集める。しかし、今はソーシャルメディアを使って企業と消費者が継続的な関係を持ちやすくなった。必然的に企業のキャンペーンも変革が求められるというのだ。
キャンペーン参加者ソーシャルへ

Twitter、Facebookと連動した「2011 passion stories(情熱ストーリー)」は、同社にとってソーシャルメディア連動キャンペーンの象徴例である。6~10月にかけて実施中のこの企画では、「すべてをかける○○」(9月であれば「すべてをかける場所」)をお題にして、Twitterでメッセージを投稿してもらう。
毎月、アディダスが契約する有名スポーツ選手が最優秀作品を選び、選手ゆかりの品をプレゼントする。同社のFacebookページではFacebook限定コンテンツとして、アディダスが契約するスポーツ選手からのメッセージが見られる。
ソーシャルメディア活用で、passion storiesは従来のキャンペーンと比べ、3つの点で進化した。「継続性」「オンタイムでの情報配信」「熱量あるコミュニケーション」だ。
キャンペーンでは投稿時に、アディダス ジャパンの公式Twitterをフォローしてもらう。また、限定コンテンツの訴求で公式Facebookページのファン登録を促す。ここでフォロー、ファン登録が進めば、キャンペーン終了後も「継続性」があるコミュニケーションでアディダスへのブランドロイヤルティを強化して、商品を購入してもらうべく働きかけられる。
2つ目の進化が「オンタイムでの情報配信」だ。キャンペーンサイトの更新は投稿テーマが変わる月1回が原則だが、Facebookページ上では限定コンテンツを随時追加している。鮮度の高いタイムリーな情報を配信してファンの関心を引き、キャンペーンサイト、ひいてはブランドへの接触頻度の向上を実現している。
そして津毛氏が最も重視するのが3つ目の「熱量あるコミュニケーション」だ。passion storiesのサイトにはTwitter投稿の掲載枠を設けて、寄せられたツイートを次々と表示。投稿者に他の参加者と共に参加していることを“体感”してもらう。そして、その賑わい感で新たな投稿を促進する。キャンペーン参加者の関与度を少しでも高めるための仕掛けだ。
そもそも「ブランドのロイヤルティは短期間では作れない」。それが津毛氏の考えだ。熱量あるコミュニケーションが必要だという。その一例が、アディダスがこの8月に実施したイベント「adidas x GIANTS 2011 all passion プラネタリウム」である。イベント前には、ファンからジャイアンツへの応援メッセージをサイト上で募集した。イベント当日は東京ドームでの試合終了後に、ファンはグラウンドに降りて、天井にプラネタリウムのように投影されたジャイアンツ選手の今シーズンにかける思いの映像と応援メッセージを鑑賞した。
こうしたネットとリアルが連携した深い体験を通じてアディダスのメッセージを伝えていく。その結果、参加者の“熱量”が高まり、心も動くと考える。
とはいえ、熱量あるコミュニケーションの実現はアディダスにとってもまだその途上にある。今はソーシャルメディアに足場を築く最初のステップと位置付けファン獲得を進める。

スポーツ企業のTwitter、Facebook活用では種目別にアカウントを設けるのが一般的だが、アディダスはFacebookでは公式企業アカウント1つに集約している。「Facebookはまだ成長過程にあり、1つ大きなブランドにして、(様々なスポーツの情報を総合的に提供することで)コミュニケーションの頻度を高める」ことがファン拡大の近道と考えたためだ。ファン数は現在6万人を超えた。
Twitter、mixiは同社の中核顧客層である中高生へのアプローチの場として活用する。Facebookより利用者が多いTwitterは、スポーツ種目別にアカウントを開設。mixiではpassion storiesキャンペーンの一環として、高校生をターゲットに参加しやすさを重視して「情熱メーカー」という診断系のコンテンツを提供している。9月1日には、企業がmixi上に開設する「mixiページ」も始めた。
店舗への集客で、社内を説得
より根本的な課題もある。マーケティングでのデジタル活用では先進的と言われるアディダスでさえ、デジタルの重要性については、社内での普及・啓蒙が欠かせない段階にある。だからこそ、デジタルマーケティングによる実績作りが欠かせない。期待をかけるのは、全国に62店舗ある直営店や、取り扱いスポーツショップへの集客だ。
フェイスブック日本法人が6月、位置連動型のクーポン配信サービス「Facebookチェックインクーポン」を日本でも開始した際にはいち早く取り組み、限定Tシャツを渋谷店と原宿店で各300枚無料提供した。店舗でFacebookを使って位置情報を登録すればTシャツがもらえるという特典はクチコミで話題になり、Tシャツはほんの数日で配布完了となった。店頭集客はもちろん、モバイル会員登録にも結びついたという。
ソーシャルメディア対応を拡充するための人材も、津毛氏から見ればまだ足りない。コミュニケーション活動はブランディングそのものであり、外部に丸投げできるものではない。論争が起こるくらいのバイラルムービーなどを展開しながら、「デジタル」に関する社内での位置付けを確立していく必要を津毛氏は感じている。