メーカーや問屋から商品を仕入れて販売する小売り業は、競合と比較したとき商品に差異を付けづらく、総じて価格競争に巻き込まれやすい。とりわけネット業界では、価格比較サイトや、EC(電子商取引)モールの価格順の検索機能などによって、全国を対象とした複数の店舗間での価格比較が容易なため、より価格の下方圧力が強い。
さらにここ数年で、「楽天ブックス」や「Amazon.co.jp」といった大手EC事業者を中心に送料無料化が進んでいる。これに真っ向から挑んでも、体力勝負となってしまいECサイトは疲弊してしまう。こうした価格競争からの脱却として1つの方向性を示すのが、釣具とアウトドア用品のECサイト「アウトドア&スポーツ ナチュラム」を子会社を通じて運営するミネルヴァ・ホールディングス(HD)だ。
同社は6月に仏アウトドアメーカー大手のオキシレングループとの業務・資本提携し、オキシレンブランドの商品を日本で独占販売することで、価格競争からの脱却を目指す。提携を決めるきっかけとなったのは1つのテントだった。
EC黎明期に参入し、一世を風靡したが…
同社の事業は、釣具メーカーのナカジマが小売り業として大阪に開店させたアウトドアショップから始まった。1996年、当時はまだ珍しかったECサイトを開設して、ネット通販事業に参入した。
釣具とアウトドア用品の専門店としてのブランドをいち早く築き、他社より先行する。EC黎明期に上昇気流をつかみ、企業規模を拡大させた。
その後、ナカジマから分社化して、「ナチュラム」が設立された。驚くべきは、それまで実店舗とECの併用だった形態から、実店舗をすべて閉鎖して、会社の資産を一気にネット通販へとシフトしたことだ。独自のブログシステムを構築して、顧客と交流する場を作り囲い込む。そんなマーケティング戦略もたくみに展開して、売り上げを伸ばしていった。
自社サイトの開発や運営の知見を生かしながら、ECの支援事業にも乗り出す。そして、2007年にはヘラクレス市場(現ジャスダック市場)への上場を果たし、EC界のスタープレーヤーとなった。
しかし、時代の寵児も、激しい価格競争やリーマンショックによる消費の低迷により、経営が徐々に厳しくなっていく。
2005年、Amazon.co.jpがスポーツとアウトドア用品の販売に参入して、国内最大級のEC事業者が競合となった。ミネルヴァHDもそこに出店したが、手数料が取られるため利益率は自社サイトで販売するより悪い。また、以前は少なかった釣具やアウトドア用品を取り扱うECサイトの数も急激に増え、競争は激しさを増していった。
追い討ちをかけたのがリーマン・ショックだ。消費者の生活防衛意識が高まり、釣具やアウトドア用品といった、趣味・嗜好品は真っ先に消費の抑制対象となった。ナチュラムにおいても高額商品が敬遠され、安価な商品への移行が目立ち利益率が悪化した。結果、2010年1月期のEC事業の営業利益は、前期比66%減の3084万円まで落ち込んだ。今年1月期には営業赤字に転落した。

利益率の悪化に拍車をかけたのが、国内最大手のECモール事業者である楽天とアマゾンジャパンを中心に勃発した、送料無料・当日配送合戦だ。これに引きずられる形で、大手家電量販店のECサイトでも送料無料化が進んでいる。
ナチュラムもこれらに対抗し、昨年4月に2週間限定で全品送料無料キャンペーンを展開した。が、「利益は取れなかった」と、及川信宏副社長は振り返る。「このまま数年も(体力勝負に)付き合っていたらまずいことになる」。及川氏が危機感を募らせていた頃、仏オキシレンから業務・資本提携の打診を受けることとなる。オキシレンは欧州を中心に世界17カ国に約700店舗のスポーツショップを展開している。17を超えるブランドを持ち、およそ7000億円の売上高を誇る。
ミネルヴァHDとオキシレングループとの付き合いは、2年前にさかのぼる。オキシレンは日本参入を目論んでいたが、自社の製品が日本市場に合うかどうかのテストマーケティングの場を探していた。その時に声をかけたのがミネルヴァHDだった。
及川氏は、同グループが展開する「Quechua」(ケシュア)のポップアップテントに目をつけた。当時はまだミネルヴァHDの業績は好調であったものの、「アウトドア市場は1996年の半分ぐらいにまで減少」(及川氏)しており、将来を見据えた新しい顧客の開拓を迫られていた。
店舗再開、触ってもらって改めてブランディング
獲得したかったのはアウトドアのエントリーユーザー、特にファミリー層である。まず、アウトドアの楽しさを知ってもらい、徐々に高額商品の購入につなげる。その最初のきっかけとして、ワンタッチで設営でき、撤収も簡単という特徴を持つQuechuaのポップアップテントはうってつけだった。従来のテントは、初心者が設営するのは難しいものも多かったが、これなら手軽に設営できる。

これが売れた。「しかも、日本市場では独占販売のため、価格決定権は当社にあり、利益率も高い」と及川氏。利益率の高い商品としては既にプライベートブランド(PB)も展開していたが、企画力と開発期間がかかる問題があった。
本格的に日本市場に参入したいオキシレン、販売好調だった人気商品を独占的に取り扱いたいミネルヴァHD、双方の思惑は一致した。ミネルヴァHDはオキシレンとの業務・資本提携を決め、27.41%の資本参加を受けた。
独占販売権を得たとはいえ、それだけで売れる商品とはならない。オキシレンの商品の良さを知ってもらうには、ブランディング戦略も欠かせない。そこで、今秋には大阪市内に実店舗を再び開設する計画だ。
新しいブランドだからこそ、実際に見て、触ってもらう。現物を見たユーザーが良い商品だと感じてくれれば、「Twitter」や「Facebook」などのソーシャルメディアなどに投稿してくれることが期待できる。「リアル(実店舗)があるからこそ、クチコミが広がる」(及川氏)。こうして、全体の売り上げに対して利益率の高い商品の比率を高めていく。
展開する商品数の拡大も進める。現在の30万点を50万点まで拡大する予定だ。Quechuaブランドでエントリーユーザーを増やし、アウトドアに興味を持ってもらう。何度もキャンプに行くうちに、もっといい機材が欲しくなるはず。その時には、取りそろえたアウトドア有名ブランドで顧客を迎える。こうして、アウトドア市場の底上げを狙う考えだ。
店舗から始まり、ネット専業となり苛烈な価格競争の洗礼を浴び、他社が扱えない商品を手にして、再び店舗とネットを併用する――。ミネルヴァHDの戦略転換は、価格は企業でなく顧客が決めることを改めて教えてくれ、そこへ対峙する道筋を照らしてもいる。