「進研ゼミ」や「こどもちゃれんじ」など教育教材でおなじみのベネッセコーポレーションが、ソーシャルメディア活用に舵を切った。
昨年夏に開設した「Benesse教育情報サイト」のTwitterアカウントを皮切りに、同サイトのYouTube、Ustream、「こどもちゃれんじ」のTwitter、Facebook、YouTubeなど、各講座が運用しているアカウントは30件に上る。「mixiページ」サービスが始まった8月31日、Benesse教育情報サイトのmixiページを同日公開したことからも、ソーシャルへの注力具合がうかがえる。
ベネッセは、デジタルマーケティング創世記から先進的な取り組みが注目される企業だった。そんな先進企業にしては、昨年夏からのソーシャルメディア導入は決して早いとは言えない。それは、同社のこれまでの戦略とソーシャルメディアがうまくマッチするのか、見定める必要があったためだ。
同社のデジタルマーケティングの特徴は大きく2つある。
1つ目はアクセス解析。アクセスログを基に仮説→検証を繰り返すことでWebサイトを日々テコ入れしてサイトからの離脱率を下げている。
例えば2009年には「進研ゼミ小学講座」で、紙のDM(ダイレクトメール)を開封した潜在顧客が、どのような心理で同社サイトにアクセスしてどんな情報を求めるか、といった行動観察調査を実施した。その結果を基にサイト改善したことで、Web経由の申し込みを大幅に増やした実績がある。
2つ目はコミュニティ運営である。郵送で本人確認ができている会員限定のコミュニティサイトを運営することで、会員満足度と、サイト価値、すなわち広告単価を高めてきた。
同社の代表的なコミュニティサイトである女性向けクチコミサイト「ウィメンズパーク」は、会員数220万人超、月間総PV(ページビュー)2億超、1日当たり約1万3000件の投稿がある(2011年2月時点)。3000万件近い膨大な過去の発言の中から、評判のいい産婦人科や保育園・幼稚園探しなど、比較的信頼性の高い情報を得られるのが人気の理由だ。場が荒れないように管理するコミュニティ運営にも定評がある。
アクセスログに基づいた科学的アプローチと、囲い込み型のコミュニティ。その2つを得意としてきた同社にとって、投稿者が誰だか判然とせず、また誰でもフォローできるTwitterのようなソーシャルメディアは、広義のコミュニティではあるものの、かなり勝手が違う。
はやっているから。そんな理由だけで拙速には飛びつかず、普及具合をにらみながら、自社および各講座に合う導入スタイルをベネッセは検討してきた。そしてまずは、期間限定のキャンペーン利用からスタートした。
父親の参加が多いソーシャルメディア
これが2010年3~4月の2週間に実施した、Twitter連動型交通広告「こどもがいて、よかった。」キャンペーンである。こどもちゃれんじ編集部の企画で、文字通り「子どもがいてよかった」と思うエピソードをハッシュタグ「#kodomo_happy」を付けて投稿してもらう。投稿を印字したシールを、渋谷駅構内の広告ポスターに順次張り足していくものだった。
200件あまりの投稿が集まり、また父親からと思われる投稿が多く見られたという。これは、「比較的教育熱の高い母親」という従来型のターゲットとは異なる層へのアプローチ手段としてソーシャルメディアが有用であることを認識するきっかけとなった。他の講座を手がける部署でもソーシャルメディアへの関心が高まった。このとき旗振り役を担ったのが、同社のWebマーケティング戦略を担うネットマーケティング部だ。
各部署が何のルールもないまま、バラバラに開設・運用に走り出して混乱を来たすことを懸念した同部部長の豊岡隆行氏は、「ソーシャルメディアで攻めるためにも、土台となる仕組みが必要」として、組織でソーシャルメディアを活用するに当たっての3つのルール作りに乗り出した。
攻める前に守りを固める
1つ目は「公式アカウントガイドライン」の策定だった。2010年の春先は、まだ国内でガイドラインを公開している企業は数えるほどしかなかった。そこでガイドラインを公開している海外企業数十社の文面を用意し、どの企業も共通して言及していることや、BtoC(消費者向け)の教育産業にとって必要なことなどを検討しながら、全20項目の独自ガイドラインを策定した(対外的には公開していない)。
2つ目はアカウント開設手順の整備である。開設の際は、必ずネットマーケティング部への届け出を必須とした。開設目的や担当者・責任者、運用期間(期間限定か常設か)などを明確にさせた上で、目的に合った運用方法やツール別の特性などをアドバイスする。

ネットマーケティング部がアカウント開設の手続きをすることで、同部は自社内のアカウントをすべて把握できる。それを会社が持つ公式アカウント一覧ページで紹介している。こうすることで、「ここに載っていないアカウントは自社とは無関係」であることを示せるため、トラブル回避の第一歩になる。
「(幼児教育教材『こどもちゃれんじ』に登場する虎のキャラクターである)しまじろうのアカウントを取ろうとしたら既にいくつか存在していた。島次郎さんというお名前の方だってたくさんいらっしゃるのだから(笑)、それは仕方がないこと。そこで、自社運用のアカウントを対外的にはっきり示すために一覧ページを作った」と豊岡氏は狙いを語る。
最後が社員教育だ。各部署のソーシャルメディア担当者、責任者のために研修を準備し、これに約100人が参加。問題が発生した際の緊急連絡ルートも整備し、共有している。社員が個人的に利用するアカウントについても注意事項を定め、eラーニングで社員約1400人が受講した。豊岡氏は、「ゆくゆくは社員の大半がアカウントを持って、広報・マーケティング担当に準ずる役割を担ってもらいたい」と期待を寄せる。
YouTube経由の会員登録など新たな導線を確立
ソーシャルメディア活用の成果が明確になるのはまだこれからだが、既に好反応も出ている。Benesse教育情報サイトの会員向けに公開していた、「かけっこで1番になる!」や「なわとび上達のコツ」などの動画コンテンツの前編をYouTubeで公開したところ、その続きを見るために教育情報サイトにアクセスして会員登録をする新しい導線ができた。豊岡氏は、「検索エンジンのキーワード検索から入ってくる教育“高”関心層とは異なる、アプローチしにくかった層に響いている感覚がある」と手応えを感じている。
検索エンジンからやってくる教育熱の高い層を取りこぼさないための施策は変わらず重要ではあるが、その“周辺”に広がる中程度の関心層は、極めてボリュームが大きい。また、かけっこのような動画は、デジタルリテラシーの高い子ども自身が見つけて、親に登録を求めるパターンも往々にしてある。一方、幼児向け英語教材「Worldwide Kids English」は、Facebookページを開設したところ、父親からの「いいね!」やコメントが多く、従来型の母親への説得を主眼としたDMとは異なる訴求方法を模索する場となっている。
会員限定のウィメンズパークについても今後ソーシャルメディア上にコンテンツを一部出しすること検討中だ。ソーシャルメディア担当者が試行錯誤を重ねて、潜在顧客へのアプローチを体得したとき、ベネッセの第2の成長が始まるかもしれない。