※本記事は、「日産に学ぶ、ソーシャルメディア時代の組織改革【前編】」の続きです。

組織統合という結論を出した日産に対し、例えばNECはCMO(最高マーケティング責任者)を新設することで、「部門横断の情報を集めて、顧客ニーズを探り、そこから新たな市場を創り出すことを目指す」。7月1日、その職に就いた岩波利光副社長はこう語る。この8月末、岩波氏が議長となって立ち上げるのが「全社マーケティング会議」(仮称)だ。
この会議には、ITサービス、プラットフォームビジネス、キャリアネットワークなど全ビジネスユニット(BU)の本部長、事業部長クラス15人が集まる。NECの成長戦略を議論する中で、BUを横断する事業などの戦略を立案し遂行していく。
例えば、パーソナルソリューションBUはパソコンを企業や個人向けに販売しているが、社会インフラソリューションBUでは警察などで秘匿性の高いパソコンへのニーズが高いことが分かっているとする。パソコンにまつわる、人、技術、製品といったアセットを、社会インフラという他の事業分野に展開することで、新たな商品を作る。こうしてNEC全体の売り上げを拡大するが岩波氏のミッションだ。
日産は複数組織の統一に動いたが、NECはCMOの強力なリーダーシップで、組織をまたがる情報を共有し課題解決に取り組む。
マーケティングを狭義にとらえれば広告宣伝、販促といったプロモーション活動だが、その本質は「市場創造」にある。低成長の国内市場では特に、販促強化による既存事業の拡大にとどまらず、情報集約で新たな市場を切り開く。そんな“攻めのCMO”が求められる。
世界のデジタル施策を一元管理
話を日産に戻そう。グローバルでのブランド強化のため、日産に新設されたグローバルマーケティングコミュニケーション部門には「デジタルストラテジー部」がある。全世界の自社サイトや、ソーシャルメディアを活用した施策を統括するセクションだ。
同社は、マーケティングの実行セクションを世界各国に持っている。日本であれば「国内マーケティング本部」がそれに当たる。この本部の傘下には、テレビCM制作やデジタル施策の担当部門がある。
このデジタル施策の部門が各国のソーシャルメディアマーケティングなどを実施するに当たって、発信するメッセージに国ごとで差異はないかをチェックするのが、デジタルストラテジー部だ。グローバルで発信する情報を統制することで、世界ブランディングを推進していく。
組織改革でコスト抑制
統制はコスト削減にもつながる。企業のマーケティング戦略をコンサルティングするタウマーケティングコンサルタンツ(東京都港区)の田中義啓社長はこんな経験をしたことがある。

同社がコンサルティングをしたある企業では、全世界に800を超えるWebサイトがあり、中には二重投資とも言えるサイトも少なくなかったという。その維持費は実に年間で百数十億円以上もの膨大なものだったという。
これにソーシャルメディア対応が加われば、コストは際限なく膨れ上がっていく。「そうなる前に手を打ち、グローバルでデジタル施策を管理する組織を作ってガバナンスを利かせる。そして重複するサイトを多言語対応でまとめるなどすれば、コストの大幅な圧縮につながる」と田中氏は指摘する。
グローバルなブランド強化を組織改革で成し遂げようとする日産に対し、ネットという収益源に、より直接的に焦点を当て収支責任を負わせ、代わりに権限も委譲したのが日本航空だ。
昨年12月、日航の航空券やツアーのネット販売を担うWeb販売室は、Web販売本部に“昇格”した。当時、日航は会社更生手続きの途上にあり、早期に健全な経営への軌道に乗せるため、大規模な組織改正を実施した。“昇格”はその一環だった。
人員は15人から32人(2011年7月時点)へと大幅増員したが、何より大きな変化はネット販売の部署がコストセンターからプロフィットセンターに変わったことだ。
日航の航空券とツアーのネット販売比率は年々上昇し、国内商品では販売額の過半数がネット経由などの直販になっている。ところが昨年末までのWeb販売室は、国内や国際の営業部の収益を“支援”する立場にすぎず、自らサイト刷新などへの投資の最終決定すらできなかった。
進化が速いデジタルマーケティングの世界において、スピードの劣勢は他社との競争での敗北を意味する。社内で、多くの人が課題を感じていた。しかし既存の枠組みを壊す意見は、旧態依然とした体制の中でかき消された。
状況は、経営破綻という劇薬で一気に変わった。京セラ創業者の稲盛和夫氏が日航会長となり、部門別採算で「収入は最大、支出は最小」とする“稲盛フィロソフィー”が浸透していく。成長著しくコストも安いネット販売を強化するのは当然の帰結だった。
改組でWeb販売部長となった西畑智博氏は言う。「Web販売本部は、航空券などの商品を社内から仕入れて、サイトを通じて売り上げを立てる。本部として採算性を考えながらサイトの新機能のための投資をし、直販チャネルの収益に責任を負う部署となった。背負うものは重くなった半面、ネットで会社を支えるやりがいもある」。
Web販売本部を所管する上川裕秀専務執行役員は業績報告会議で月1回、ネット経由の販売比率とその額を報告する。重要な経営指標として認識されるようになり、Web販売本部は日航の成長を支える屋台骨の1つとして認識が深まっている。
組織改革は危機対応にも有効
ソーシャルメディアの普及は一方で、不祥事が起こった際、その情報が即座にネットを介し広まるリスクも生み出した。1つのツイートがネット上で問題となり、すぐさま広報から謝罪のニュースリリースを配信するケースも増えている。
日産の組織統合は実のところ、危機管理への対応をにらんだものでもある。前出の「日産グローバルメディアセンター」は、危機発生時の対応を迅速にするのにも機能する。
仮にではあるが、顧客情報の流失、販売店の店員による過失が起きてしまった場合、ブランドの毀損を最小限に食い止める対応が求められる。首脳陣などによる記者会見を開き、それがテレビや新聞などを通じて告知される。その広がりを待っている間にも、ソーシャルメディア上の悪評が一気に広まっていく恐れもある。
グローバルメディアセンターで、例えばゴーン社長のインタビューを撮影してUstreamなどで生中継すれば、対応方針をすぐに、しかも全世界に同時発信できる。その動画は消費者だけでなく、もちろんマスコミや投資家も閲覧可能だ。すべてのステークホルダーに平等で迅速に情報を届けられる体制の整備は、不祥事のダメージを最小限に抑える可能性が高い。
担当執行役員のスプロール氏の目線はその先も見据えている。ゆくゆくは、ソーシャルメディア上の情報を常時モニタリングして、何か問題がありそうだと分かればいち早く対応できる、攻めの組織へと育てていく考えだ。
「今年度の販売目標は全世界で460万台だが、460万人の顧客の後ろには家族や友人がいる。それらを掛け算していくと膨大な数になる。顧客への対応が遅れれば、その膨大な人たちは二度と日産車を買ってくれないだろう」とスプロール氏。だからこそ、ソーシャルメディア上にある不満の声に耳をそばだて、対応する。その対応を顧客が評価すれば、逆に新しい顧客の獲得も期待できる。

言うまでもないが、組織改革は“手段”であり“目的”ではない。スプロール氏は「ブランド価値の向上という目的を達成するため、結果として組織を統合した」と、インタビュー中に幾度も繰り返した。ソーシャルメディア活用を会社成長の糧とするならば、自社の戦略と、それを実行する組織体制がクルマの両輪となっているかを、いま一度見つめ直してみてはいかがだろう。日産にしても実際の組織運用の成果はこれからだが、それでもこの2年間の取り組みは参考になるはずだ。