「当社の広告掲載の取りやめを、是非ともお願いできませんか」

 昨年3月、富士通宣伝部の岡田秀美部長は、メディアに掲載予定だった広告を差し止めるため奔走していた。

 その前年、病気療養を理由に突然辞任した元社長が、辞任取り消しを求める文書を提出した─。そんな記事が載った雑誌が明日発売となる。色校段階の記事を、広告代理店が入手し見せてくれた。

 ショックだった。記事内容ももちろんだが、そこには富士通広報室のコメントも載っていた。同じ本社6階のフロアにいながら、これほど重要な“事件”を、なぜ広報室からではなく他社から聞かされなくてはいけないのか。 広報部門は一般的に、マスコミの記事などを通じて世に情報を発する。宣伝部門は広告などによって情報を発信する。情報ルートは異なるものの、ステークホルダー(利害関係者)とコミュニケーションをする部隊であることに何ら変わりない。にもかかわらず、極めて重要な情報すら共有できていなかった。

 この事件に、「Twitter」や「Facebook」といったソーシャルメディアを通じたコミュニケーションを重ね合わせると、企業としての危険性はさらに高まる。ブランドごと、あるいは店舗ごとにソーシャルメディアのアカウントを開設していたとする。そんな状況で、冒頭のような事件が起こったら…。一方で会社を揺るがす事態が進行しているのに、もう一方ではFacebookなどで軽いノリのキャンペーンや新製品情報を発信し続ける。考えただけでも背筋が寒い。

 「こんなときに、何を能天気なキャンペーンをやってるんだ」と、消費者から怒りを買い、それがソーシャルメディア上で一気に拡散していく。不買運動まで事態が進展しないとも言い切れない。

 トラブルを水際で防いだ岡田氏は語る。「スピード、そして会社としての一貫性あるコミュニケーションが今ほど求められている時代はない」。

 会社に届く情報と発信する情報をすべて把握して一貫性のあるメッセージを配信し、有事にはすぐに指示を出せる組織体制の重要性がソーシャルメディア時代には一層高まっている。

 「企業において、(ステークホルダーからの)情報を聞く“耳”と、発信する“口”は1つであるべき。広聴機能を持つ広報部、拡声器を持って企業の声を代弁する宣伝部および広報部は、できる限り一体の組織として構成された方がよい」

 それこそが次世代の企業組織の在り方だと岡田氏は言う。だが現実には、部署には部署の文化があり、似た業務をしていればどちらが偉い、偉くないとの敵愾心も少なからずある。それが組織。情報の共有化はもとより、組織改革となると一筋縄ではいかない。

 こうした難題をクリアした一社が日産自動車だ。昨年10月に広報部、マーケティング、ブランドを統合して「グローバルマーケティングコミュニケーション部門」を新設した。総勢60人と、1つの部署としてはかなり大きな所帯だ。多くの企業には難しいのに、日産にできたのはなぜか。そのワケを探りつつ、ソーシャルメディア時代に最適な組織の在り方を、同社の事例からひも解いていく。

ソーシャルスタジオ、本社に設置

 まずは、ソーシャルメディア時代への対応という意味で象徴的な施設からご紹介しよう。この8月末までに開設される「日産グローバルメディアセンター」のことである。横浜市にあるグローバル本社の10階に建設中だ。

 動画共有サイト「YouTube」やリアルタイム動画配信サービス「Ustream」による配信を念頭に、センターには撮影機材などを常備したスタジオがある。動画を編集する部隊、自社サイトやソーシャルメディアを使って情報発信をする部隊など10数人で構成される。

日産は8月末までに情報発信の起点となる「日産グローバルメディアセンター」を設立する

 本社内で、これだけ大規模にスタジオ運営するのも極めて珍しい。狙いをグローバルマーケティングコミュニケーション部門を担当するサイモン・スプロール執行役員が語る。

 「プレスリリースを配信して、それに基づく記者会見を開くという従来型のコミュニケーションスタイルではなく、日産に関心のある人すべてが興味を持つストーリーを発掘して配信していくのが狙いだ」

 この施設で、例えば新製品の特長を伝えるためデザイナーやエンジニアのインタビューを撮影したり、記者会見をネットで生中継したりする。

 動画配信の案内には自社サイトだけでなく、2万1000人超のフォロワーを持つTwitterや2万3000人超のファンを持つFacebookを活用する。動画の撮影から編集・配信、そしてマスコミ、消費者、投資家などすべてのステークホルダーへの告知までを一気通貫で可能にする。

 動画配信のインフラ、告知先であるソーシャルメディアは、いずれも使うのに費用はかからない。「(情報を発信する)チャンネルに気を取られすぎるのではなく、そこでどんなコンテンツを配信すると効果的かということに意識を向けて、コンテンツの制作に投資する」。それがスプロール氏の考えるソーシャルメディアマーケティングの本質だ。

 動画を積極的に配信することで、日産幹部や社員による顔の見えるコミュニケーションに、スプロール氏はこだわる。大企業になればそれだけ顧客などステークホルダーとの距離は遠くなりがち。見えづらくなる経営陣の考えや開発部隊の製品にかける思いを直接伝えていく。それが、企業・製品のブランド価値向上につながると考える。

 ブランド価値向上─。この言葉にこそ、文化の異なる3つの部署を日産が統合できた秘訣がある。それを説明するため、時計の針を2009年まで戻してみよう。

ゴーン社長が託したこと

日産自動車のサイモン・スプロール執行役員

 「グローバルで確固たるニッサンブランドを築いてほしい」

 カルロス・ゴーン社長は、スプロール氏を呼び出してこんな指示をした。2009年といえば、ゴーン氏が日産にやってきてCOO(経営執行責任者)となってから丸10年に当たる節目の年だ。それまでは、一時経営危機に瀕した日産を再生させるため、商品の刷新や開発力の向上、新興国への進出などに時間を費やした。

 次なる10年の成長に向け、ゴーン社長が描いたのはグローバルの日産ブランド、高級車ラインの「インフィニティ」ブランドの基盤固めだった。その実務をスプロール氏に託した。

 受けるスプロール氏はまず、グローバルで強力なブランド力を持つ他社の研究を始めた。「コカ・コーラ、フォーシーズンズホテル、ルイ・ヴィトン…。世界屈指のブランドを持つ企業のメッセージには一貫性があり、そして明確だ」。スプロール氏は日産が発するメッセージにグローバルで一貫性を持たせることが、ブランド作りに不可欠との考えに至った。

 次に、そのメッセージを伝えるコミュニケーション手段について検討した。スプロール氏の職務に直接関係するステークホルダーである社員、マスコミ、証券アナリスト、そして顧客は、デジタル時代の今、情報収集にモバイルやタブレットといった端末を駆使し「24時間、全方位でグローバルに情報を得ていることを前提とすべき」。それが、スプロール氏の考えだった。

 問題だったのは企業から発信する情報の中身だ。「広報部やマーケティング部など、各部署が担当するステークホルダーに向けて、(表現などを)チューン(最適化)しているものの、『ブランドについて』『製品の品質について』など、よく似た内容のものが多い」(スプロール氏)。

 ソーシャルメディアの普及により、誰もが気軽に情報発信できるようになるため、部署ごとの役割が曖昧になる課題もあった。広報部が持つTwitterアカウントでキャンペーン告知をすることもあったが、本来これはマーケティング部あるいは宣伝部がすべきこととも考えられる。また、製品開発部門が運営するFacebookページで新製品の開発秘話を配信することもあるだろうが、こちらこそ広報部が担うべき仕事ともいえる。

 ほぼ同一のテーマについて、複数の部門が異なるトーンで情報発信すれば、一貫性のあるメッセージなど送れるはずもなく、ブランド価値を上げるどころか毀損しかねない。情報波及の速度が増したソーシャルメディア時代であればなおさらだ。

 「すべてのステークホルダーにとって必要な情報を集めて一貫性のあるメッセージを発信し、グローバルで強いブランドを構築するには部門間の壁を崩すしかない」

 そして、スプロール氏は組織統合を決断する。こうして生まれたのがグローバルマーケティングコミュニケーション部門である。

ソーシャルメディア時代に向けて3つの部署を統合した

後編に続きます。

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