ライフネット生命保険はインターネット生命保険会社として2008年5月に開業し、3年で保有契約件数は7万件を突破した。その成長を支えたのがソーシャルメディアといって差し支えない。保険料の“原価”を開示するような徹底的な情報公開の姿勢はTwitterユーザー、ブロガーを通じて広がり、社員ブログ、経営者によるTwitterが人気を集める。中期経営計画にソーシャルメディアの活用を掲げ、いわば“ソーシャルメディア一体経営”を続ける同社が、新たな挑戦を始めた。

 ライフネットはこの6月、公式Twitterアカウントを通じた「アクティブサポート」を開始した。アクティブサポートとは、自社に関するTwitterの投稿を検索して、その投稿をした人にTwitterで話しかけ、問題解決などの手助けをするものだ。

ライフネット生命保険のソーシャルメディア関連の取り組み

社長に指示を出す“中の人”

 アクティブサポートを実施する企業は数少ないが、その中でも同社の取り組みは一風変わっている。

 「企業公式からよりも、社長の言葉で真摯に返答したほうが印象もよく、また、意図がより伝わると思うので、出口さん対応でお願いします」

 同社の公式アカウントの“中の人”である、マーケティング部コンテンツ・デベロッパーの川端麻清氏が、こんなメールを出口治明社長へ宛てに出すと、出口社長は、あるTwitterユーザーに次のように返信した。

 「@p_hal 出口治明 lifenet-seimei.co.jp/deguchi_watch/… 悩みながら試行錯誤を重ねている毎日です。 @**** ライフネット生命が電車に広告出してて軽くショック。お金に余裕が出てきたという意味ならいいんだけど、ネット外にあんまり余分な広告費かけて欲しくないよね 」

 マーケティング部と社長が連携して、アクティブサポートに取り組むのだ。

 Twitterを通じた顧客対応というと、ソフトバンクの孫正義社長がユーザーの要望に対して「やりましょう」と即断し、部下へ指示を飛ばす取り組みが思い浮かぶ。ライフネットの場合はその逆。マーケティング担当者が社長へサポートの“指示”を出す、という構図だ。1万5000人弱ものフォロワーという、公式アカウント以上の数を抱える「社長Twitter」をうまく活用している。

 同社のアクティブサポートでは、社名で検索して投稿をリストアップし、声をかけるべき投稿を選ぶ。声をかけるのは1日2~3件程度だという。基本的には、資料請求をした、見積もりした、という人に対して「ありがとう」と感謝の意を伝えることが多い。

 不平、不満、具体的な問い合わせがある場合はその場で解決しようとするのではなく、その答えがあるサイトへ誘導する。「次にこうしてくださいという行動を促すサポート」(川端氏)という位置づけだ。

期待値を超えてファンを作る

 アクティブサポートは単なる情報発信以上に手間がかかり、適切な対応をしないと相手の不満を高めるリスクも内包する。なぜそこまでやるのか。

 理由の1つは費用面。コンタクトセンターへ寄せられる問い合わせは氷山の一角。将来の不満の芽をアクティブサポートで摘むことで、Twitter運営のコストは増えるが、顧客サポートの総コストは下がると同社では見込んでいる。

 もう1つの理由は、マーケティング部長の松岡洋平氏曰く「期待値を超えること」。セルフサービス型のネット生保で個別の対応をすることは、Twitterユーザーの期待をいい意味で裏切る。そこでライフネットのファンになってもらうというのだ。

 製品、サービスが世にあふれ、差異化が難しい国内市場において、企業のブランディングはこれまで以上に重要になっている。その中で、ライフネットほど「ファン」作りに成功している企業は少ないだろう。あるネット調査会社が実施した生命保険会社に関する調査によると、ライフネットは認知度はまだ低いものの、知っている人の間での支持度(最も加入したい生命保険)は競合と比べて圧倒的に高い。

認知度と支持度でプロットした生保各社のポジショニング ※マイボイスコムが実施したネットアンケート「生命保険会社のイメージ」(2010年12月実施)を基に、ライフネット生命保険が作成

 強みはさらに伸ばす。同社は6月に発表した中期経営計画の骨子の最初に「応援者(ファン)の拡大」という目標を掲げる。「ソーシャルメディア」の活用、経営陣の講演などによる「全国行脚」、「出版活動」という3つの活動で実現する方針だ。期待値を超えるアクティブサポートが実現できれば、ファン拡大に大きく貢献するだろう。

 ファンの数を増やし、ライフネットとファンの間のきずなを強くする。その次の段階で目指すのが、ファン同士のつながりの育成、可視化だ。自分の周りにライフネットのファンがたくさんいることが分かれば、新興企業である同社の信用・信頼を補完することになる。それは「中長期的にもセールス、維持率に跳ね返る」と松岡氏は言う。その実現を目指し、4月にFacebookページを開設した。

 同社は先行する人気Facebookページを研究して、貴重で重要な情報というより、社員の写真などファンのやり取りのネタになる情報を出すことが大事だと考えた。幸い同社は、月に5~6本のニュースリリース、社長ブログ、毎日更新の社員ブログなど、ネタは豊富にある。定期コラムなど掲載スケジュールは定めずに、話題を呼びそうなネタを選び投稿している。

 ファン数はまだ2000人弱にとどまるが、川端氏は「フルマラソン、富士山への登山など新しいことへのチャレンジや、出口社長の活動などへの反響が多い」と、傾向が分かってきた。ライフネットのFacebookページに、自ら投稿をする積極的なユーザーも出ている。

社員とのつながりをアプリで可視化

 8月3日には、当初の目的であるファンのつながりを可視化するアプリ「ライフネットの輪」の提供を開始した。自分のFacebook上の友達にライフネットの社員とつながりがある人は何人いるのか、社員と共通の趣味は何かといったことが表示される。まずは中途採用のFacebookページで告知を開始した。

Facebookアプリ「ライフネットの輪」

 ソーシャルメディア活用を経営の根幹に据えるライフネット。ここまで相性がいいのは、単に「ネット生保」だからということではない。徹底した情報公開、という会社の大きな方針があるためだろう。
 
 2008年11月に公開した生命保険の付加保険料(手数料)は、従来の保険会社が公開しなかったものであり大きな話題を呼んだ。当初は契約件数も数十件だったという「しょぼい業績でも出し続けている」(松岡氏)ことが誇りだ。ソーシャルメディアはあくまでツールであり、継続的にファンを生み共感を増やすことができるのは、ぶれない企業姿勢、そして優れた製品、サービスそのものである、ということをライフネットは実証しようとしている。

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