「ハム係長のお盆休みはいつですか?」「係長!東京駅近くで働いているのですが、ハムのおいしいお店を教えてください!」

伊藤ハムのFacebookページ

 弁当箱にハムがたたずむイラストの「ハム係長」が、Facebookで人気を集めている。伊藤ハムのキャラクターで、日々ファンと交流をすることにより、企業としてのブランド力を高めて、商品を購入してもらう。こうした狙いで始めた、ハム係長の“営業の成果”が徐々に出始めつつある。彼がFacebookで紹介した商品には、申し込みが殺到する日もあるという。

コモディティ化に対する活路?

 買い物客でごった返す夕方のスーパー。明日の朝食にウインナーを使おうと食品コーナーを訪れると、そこにズラリと並ぶ商品群。あなたならどの商品を選ぶだろうか。特売品、あるいはたまたま昨日テレビCMで目にした商品だろうか。

 ハムメーカーの商品開発力の向上で、消費者は高品質の商品を気軽に入手できるようになった。一方で、商品やブランド間の差異が分かりにくくなり、商品の「コモディティ化」が加速している。成熟した市場では、なかなかヒット商品は出づらい。行き着く先は価格競争だ。その競争は企業の収益力を落とし、疲弊させていく。

 伊藤ハムもそうした課題をかかえる1社だ。管理本部広報・IR部広報室の関澤昌弘担当課長は「ハム、ソーセージは、ブランドの指名買いが起こりづらい」と明かす。

 同社のマーケティングの中心は、テレビCMで広く認知を図り、スーパーなどの店頭で試食や懸賞キャンペーンなどのプロモーションで購入を促す。しかし、企業としてのブランド力を高め、顧客との信頼関係を深めていかないと、自社商品を選んでもらえない時代がいつか来る。関澤氏はそんな強い危機感を抱いてきた。

 だからこそ、1997年に自社サイトを開設したり、商品にQRコードを記載してケータイサイトに誘導したり、テレビ以外のメディアで情報発信するブランディングに、伊藤ハムはいち早く取り組んできた。商品を使ったレシピを掲載するなど、情報の拡充にも努めてきた。しかし、「Webサイトやケータイサイトのアクセス数は頭打ちになってきている」。

 自動車や住宅などの耐久消費財なら、比較のために企業サイトを何度も訪れる人も多かろう。しかし、スーパーなどで、数百円で買える商品について詳しく調べるため、何度も企業サイトを訪れる人はそう多くはない。

 「数百円」の商品が主流の伊藤ハムが、ブランディングのために目を付けたのがソーシャルメディアの活用だった。そう考え、急速にユーザーが増えつつあった「Facebook」と、主婦層がよく使う「GREE」に、公式ページを設けて情報を発信していくことを決めた。

 GREEでは、利用者の分身となる「アバター」で他の人たちと交流することになる。そのため、キャラクターが必要だった。もっともソーシャルメディアの世界では、北海道長万部町のイメージキャラクター、「まんべくん」がTwitterで人気を集めるなど、“ゆるキャラ”とソーシャルメディアの相性は良い。そこで伊藤ハムは、GREEのキャラクターを、Facebookにも流用することにした。

 同社では、10種類以上のキャラクター候補を作って、伊藤ハム社内の既婚女性にアンケートを実施した。すると、「係長という微妙な立ち位置に親しみを持ってもらえる。頼られるけれども、ぎこちない。そんなキャラクターを目指した」(関澤氏)という「ハム係長」に票が集まった。

 Facebookでは投稿に対して、すべて返信することを基本とした。企業ブランディングをしていくには、できる限り対話をして、商品や企業に対する理解を深めてもらうことが重要だと考えているからだ。実は関澤氏は、伊藤ハムのサイト開設当初にWeb担当者を務めていた。そのころから、サイトで見たい情報の意見を利用者から募って、レシピのランキングを設けるなど、ファンとの対話を大切にしていた。その経験が生かされている。

日に30~40件のポールウインナー申し込み

 投稿内容で利用者からの引きが強いのは、ウインナーを象やひまわりなどの形に切る「飾り切り」で、通常の3~5倍近い350件以上の「いいね!」がつくこともある。元々、ケータイサイトで人気のあったコンテンツだったため、ソーシャルメディアでも受けると予想していた。ただし、ハム係長の投稿で、ユーザーのウォール(掲示板)を埋めてしまうことを避けるため、投稿のペースは1日に1~4回にとどめている。

 また、こうした人気のコンテンツに頼る運営も避けている。例えば、Facebookページの「クエスチョン」機能を使ってクイズを投げかけて、次の投稿で回答して興味を引きつける、といった工夫をしている。「弱い刺激を織りまぜることで、強いコンテンツを投稿したときに、爆発的に(いいね!の数が)伸びるんです」と関澤氏。人気のある「飾り切り」をしばらく封印すれば、いざ投稿した時の反応が一層高まるのだという。

ネット通販するポールウインナーの売り上げがFacebookで増加

 会社の休業日に関係なく、Facebookには投稿やコメントが寄せられる。関澤氏は広報担当者ということで、外出や出張も少なくない。ソーシャルメディアでは、どこまで対応するかが悩ましいところだろう。

 そこで、“係長”という肩書きが生きてくる。会社員のため土日は休み。外出や出張中は専用の画像にアイコンを切り替えてアピールすれば、「ハム係長が出張中だ(笑)お仕事ご苦労様です」といったコメントが寄せられる。コメントを投稿できない、あるいは返信できない状況を逆手にとる、したたかさも人気につながっているようだ。

 Facebookを舞台にした、ハム係長の営業活動は徐々に実を結び始めている。ウォールには「係長が昇進できるよう、伊藤ハムの商品を積極的に購入しようと思います」、「早速、10本入りを2つ購入」といったコメントが最近になって目立ち始めた。また、近畿圏以外では手に入りにくい「ポールウインナー」は、全国にネット通販をしている。通常は1日に数件の申し込みがせいぜいだが、Facebookでハム係長がポールウインナーを紹介した日には、30~40件の申し込みが殺到することもあるという。

 これだけの人気だから、スーパー店頭などのPOPに使いたいといった声も、営業部隊からは上がってきている。しかし関澤氏は、「まだまだネットの世界で人気が出た程度。いきなり店頭に出ても、『何だあれ?』となってしまっては元も子もない」と時期尚早との認識だ。一方で関澤氏は、ハム係長がソーシャルメディアをいつか飛び出す日を心待ちにもしているようだった。