今年5月、「OSAKA STATION CITY」(OSC)として生まれ変わった大阪駅。オープン初日は若者を中心に延べ50万人が訪れ、大いににぎわった。大阪市は「大阪駅北地区まちづくり推進協議会」を2004年にスタートさせて新しい街作りを進めている最中。OSCはその要の1つだ。

 「大阪駅が“まち”になる」をコンセプトに西日本旅客鉄道(JR西日本)が開発したOSCは、JR大阪三越伊勢丹やファッションビル「ルクア」が一緒になった「ノースゲートビルディング」、大丸梅田店やホテルグランヴィア大阪などが入る「サウスゲートビルディング」という2つの大型商業施設と大阪駅をつなぎ、各施設には合計8つの広場を設けるなど、巨大な“まち”を形成している。

OSAKA STATION CITYのオープン日、JR大阪三越伊勢丹に約27万人、ルクアに約23万人と延べ50万人が訪れた

 大阪駅の価値を上げ、関心を持ってもらい、大阪に人を呼び込む。JR西日本は、OSCのオープンに先駆けて来訪者の足を整備した。それが3月の山陽・九州新幹線の直通運転の開始である。鹿児島から新大阪までを乗り換え不要でつなげて利便性を高めた。

 そして、地元の人の外出意欲も向上させるため、デジタルを活用した新しい取り組みを始めた。着目したのが携帯端末のGPS(全地球測位システム)の位置情報を利用したサービスだ。

 位置情報サービスとは、今いる場所の情報を登録して、ユーザー同士がコミュニケーションをするものだ。代表的なサービスとしては、米フォースクエアの「foursquare」やライブドア(東京都新宿区)の「ロケタッチ」、コロプラ(東京都渋谷区)の「コロニーな生活☆PLUS」などが挙げられる。米フェイスブックが同社のSNSの一機能として提供する「Facebookスポット」もその一種といえる。

 これらのサービスは、リアル店舗など特定の場所で位置情報を登録したユーザーだけに、デジタルアイテムやクーポンを提供する。そのゲーム性やお得感でサービス利用を促進することで店舗へ顧客を誘導するため、店舗ビジネスを展開する企業を中心に新しいマーケティングプラットフォームとしての期待が高い。

 店舗集客に注目が集まりがちだが、見方を変えれば、ユーザーが移動する手段として電車への集客にも活用できる。JR西日本の利用促進策を企画する同社鉄道本部営業本部の小菅謙一課長(宣伝・WEB)はここに着目した。

 「ジオメディア(位置情報サービス)は日本でもはやると可能性を感じた。移動することを楽しむこのサービスの利用者が増えれば、外出意欲の活性化につながり、JRの路線を利用してもらえる」

 近畿圏の情報を充実させた位置情報サービスを提供し、さらに位置情報を登録するメリットを提供すれば、地元の人の外出意欲は高まり、乗客数も増える。JR西日本はこんなシナリオを描いた。

 こうした狙いのもと、同社は3月28日に位置情報サービス「マイ・フェイバリット関西」(マイフェバ)を従来型ケータイ向けに開始。4月にはiPhoneアプリとAndroid端末向けのアプリの配信を始めた。

 マイフェバでは、今いる店や場所をケータイのGPS機能を使って「チェックイン」(登録)する。ユーザーはチェックインしたり、「mixi」や「Twitter」などの外部サイトとの連携機能を利用してチェックイン情報を同時投稿したりすると、「コイン」がたまる。このコインを一定数ためるとプレゼントキャンペーンに参加するための「チケット」と引き換えられる。

 また、イベント感覚で電車に乗ってもらうために「スタンプラリー」も楽しめるようにした。ある地域内の決められた複数の場所でチェックインとすると、通常より多くのコインをもらえる。OSCを対象地域とした企画も実施した。チェックインすることで割引クーポンなどを取得できる店舗もある。

 JR西日本は、コイン集めのゲーム感覚と、クーポンによるお得感の両面からマイフェバの利用促進を狙っている。

収益拡大の期待はOSCとマイフェバ

JR西日本は3月から位置情報サービス「マイ・フェイバリット関西」の提供を開始

 マイフェバは位置情報サービスだけではなく、地域の店舗、施設情報を入手できる「地域情報サイト」という側面も備える。ではその地域情報をどう集めるのか。ヤフーの「Yahoo!ロコ」、グーグルの「Googleプレイス」など大手ポータルサイトも地域情報サイトを運営するが、この情報収集が難関になっている。

 ヤフー、グーグルともに基本情報は店舗自ら無料で登録できるが、中小店舗はなかなか手が回らないのが実情だ。さらにヤフーは、年間数万円で掲載料を集めるビジネスを展開するが、少額では代理店が積極的には動きづらい。「小口の広告料金を集めて年間数千億円の電話帳広告市場が成立したのは、収益を考えないNTTだからできたこと」(業界関係者)とも言われる。

 JR西日本では、編集業務をグループ会社に委託しており、4~5人のチームで取材や登録店舗の新規開拓を進めており、「既に1000以上の情報が登録されている」(小菅氏)と言う。

 登録店舗の新規開拓、特にクーポンを配布する店舗の新規開拓について、強力な営業部隊があるわけでもないのにコンスタントに増やしていけるのにはワケがある。「店舗の登録などによる広告料は一切とっていない」(小菅氏)のだ。

 マイフェバの運営目的は「乗車人数を増やす」ことであり、一般の位置情報サービスや地域情報サイトの収入源である「企業の広告出稿」ではないことだ。店舗にとってはクーポンによる割引以外の負担はかからずに集客が期待できるため、利用しない手はない。だからこそ、登録店舗を順調に増やしていけると算段する。

 JR西日本の京阪神の運輸収入は2008年3月期以降、減少し続けており、2011年3月期の売り上げは2844億円となった。これに歯止めをかけ、2012年3月期は増収(2857億円)に転じると見通す。その目標を実現するために、OSCのオープンによる集客強化と、マイフェバを中心としたネットでの情報発信に期待をかけている。

自社でサービスを提供するワケ

 確かにマイフェバの利用者が広がればJR西日本の運賃収入の拡大が期待できる。ただ、それなら既に利用が進む位置情報サービスと協力して、近畿圏の情報を積極的に発信する方法も選択肢として考えられる。一からサービスを開発するよりは、よっぽどコストを抑えられるはず。にもかかわらず、JR西日本は自ら提供する道を選んだ。

 それは、「ユーザーの列車利用状況と当社のICカード『SMART ICOCA』の顧客情報を結びつけて、CRM(顧客関係管理)に生かす」(小菅氏)という次のフェーズをにらんだ選択なのだ。

 SMART ICOCAは自動でチャージできるICカード。セブン-イレブンやビックカメラなどの提携店舗では電子マネーとして利用できる。JR西日本はSMART ICOCAとマイフェバを連携させることで、カードの会員情報、購入履歴、そして移動情報を組み合わせたCRMに挑戦していく。その人の購入履歴を基に趣味・嗜好にあった商品を選び、よく利用する店舗で使える割引クーポンを配布して来店につなげるといったことも可能になる。

ポイント40倍キャンペーンでカードの登録を促進

 連携を実現するには、SMART ICOCA会員にマイフェバも利用してもらう必要がある。そこで、利用のフックとして使うのがポイントだ。

 SMART ICOCAの利用者は利用額200円ごとに「J-WESTポイント」が1ポイント(1円相当)たまる。J-WESTポイントはSMART ICOCAへのチャージなどに利用できるため、乗車料金が0.5%ほど割安になる。マイフェバでは、電車利用時に取得できるポイントが40倍になるキャンペーン(SMART ICOCA利用者限定)を5月から3カ月連続で実施して、マイフェバとSMART ICOCAのID連携を促している。

 「位置情報サービスと店舗が共同でキャンペーンを実施しても、その場での割引にすぎない。その場に行くための移動手段を割引できるのが我々の強み」と小菅氏。マイフェバで位置情報を登録すれば割引クーポンを取得できる。さらに、SMART ICOCAを登録していれば、移動手段も割引になる。となれば近畿圏のユーザーはほかのサービスよりマイフェバを選ぶ可能性が高いだろうという、JR西日本の戦略はなかなか合理的だ。

 地域活性化、鉄道収入の拡大と一体になってジオメディアに取り組むJR西日本は、国内外のベンチャー企業、そしてグーグル、ヤフーなどにとっても意外な“伏兵”となり得るかもしれない。