スマートフォンによってパソコン並の性能、操作性を持つ端末を、いつでもどこでも使えるようになった。顧客が「欲しい」と思った商品をすぐに探して、購入検討をしてもらえるよう検索性を高めることもスマートフォンコマース活用の1手法である。検索重視の戦略は、マスに近い広い顧客層を相手にする企業との相性が良さそうだ(前編-企業からの提案型)。
楽天市場のスマートフォンアプリの肝は、まさにその「検索性」にある。画面の最上部は「キーワードから探す」、その下には「バーコード検索」、画面の随所に「検索」「探す」の文字が散りばめられている。
7800万点以上の商品を扱う楽天市場は膨大なユーザーを抱えるため、すべてのユーザーに便利なアプリにするなら、必然的に検索機能に特化していくこととなった。

購入金額が高い優良顧客
楽天は2月にiPhone向けアプリの提供を始め、4月にはAndroid版の提供を開始した。従来はスマートフォン対応サイトを通じて商品販売してきたが、利便性が高いアプリの提供を機にスマートフォン経由の販売拡大を狙う。スマートフォン経由の日商は昨年12月に初めて1億円を超え、月商は7月時点で前年同月比で10倍以上になるほど成長著しい。
スマートフォン向けのサイトとアプリともに、来訪者数に対する商品購入者の比率は、従来型のケータイサイトよりも高い。また、1回当たりの購入金額もパソコンに近い傾向にあり優良顧客層だ。パソコンとモバイルを併用するユーザーを増やして、楽天市場の流通総額におけるモバイル経由の比率を現在の2倍の約50%まで引き上げることを目指す同社にとって、スマートフォンにかける期待は大きい。
「膨大なユーザーと様々なニーズに応えるために、総合的に使えるものを目指した」
楽天市場事業編成部モバイル推進グループの河野奈保マネージャーはスマートフォン向けアプリのコンセプトをこう説明する。
ただ一口に「検索」と言っても、そのニーズはまちまちだ。たくさんの商品を見比べて欲しい商品を見つけたい。あるいは、必要な商品に素早くたどり着きたいというものもあり、それぞれに対応する必要がある。
商品比較には、スマートフォンの大きな画面が有効だ。iPhoneアプリ版の楽天市場は、カテゴリーやキーワード検索などの検索結果画面では左右4段に写真がズラリと並ぶ。好みの商品については商品写真と概要を同時に表示して比較検討しやすいようにした。パソコン同様、価格順や新着順、クチコミ数の多寡などで並び替えられる。
素早く購入したいリピーター向けには、パソコン版と連携して閲覧履歴や過去の購入履歴から商品を探せるようにしている。気になる商品に付いているバーコードを撮影することで、商品を探せる機能も追加した。
一方のAndroid向けアプリは、先行して提供したiPhoneアプリをそのまま移植するだけではなく、操作性をAndroid端末向けに最適化している。端末種類が多様化すると対応費用がかさむことは懸念材料だが投資は惜しまない。なぜなら今年度中にもAndroid端末ユーザーがiPhoneユーザーの数を抜き去る可能性もあるからだ。

調査会社のMM総研(東京都港区)は7月7日、「スマートフォン市場規模の推移・予測(11年7月)」を発表した。3月末時点でのスマートフォン契約数におけるOSのシェアでは、Androidが40.4%とiPhone搭載の「iOS」(49.6%)を猛追している。同社は2011年度以降に出荷されるスマートフォンの70%以上がAndroid端末になると予測している。
また、今回の調査では携帯電話の端末総契約数に占めるスマートフォン契約数の比率が過半となる時期を2015年3月末としており、昨年12月の前回調査から1年繰り上げた。スマートフォン対応はますます重要になり、中でもAndroid端末は無視できない存在となる。
楽天が施したAndroid端末向けの最適化例が前のページへ戻る操作だ。iPhoneでは液晶画面に表示された矢印のボタンを指でタップして前ページに戻ることが基本のため、楽天はそれに準じる形で戻るボタンを設置した。
一方、Android端末では端末にあるボタンを使って前ページに戻る機種が多い。楽天市場のアプリでも画面上にはボタンを設置せず、ハードのボタンでページを戻る仕様にした。
さらに、同社はAndroid端末向けに「ウィジェット」と呼ばれる機能を開発した。これを使えば、アプリを起動せずとも、よく使う一部の機能をホーム画面から利用できるようになる。楽天はバーコード検索やカートの中身を見る機能を含むウィジェットを開発している。
例えば、買い置きしてあるペットボトルの水がなくなりそうで楽天市場で買おうとした時、通常ならアプリを立ち上げて、バーコード検索機能を選んで…といった動作が必要になる。ホーム画面にウィジェットを設けておけば、ウィジェットにあるバーコード検索を選ぶとカメラ機能が立ち上がり、欲しい商品のバーコードを撮影すれば、アプリが起動してその商品関連の検索結果が表示される。
かつて、楽天の三木谷浩史社長は楽天市場のマーケティング戦略の1つとして、「スティッキー(粘着性のある)」を挙げた。顧客に楽天市場に常に接触して、思い立ったらすぐ利用してもらう。スマートフォンアプリは“粘着性”を高める武器となる。
ブランド名、値段無しでも売れる
同じ検索性重視でも、楽天とは異なる手法でサービスを進化させているのが、国内最大のファッション専門ECサイト「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイだ。マス化する顧客基盤を考慮して、iPhone向けアプリはカテゴリー検索に特化させた。
同社が提供するiPhone向けアプリ「ZOZOTOWN」のダウンロード数は既に70万超を数え、会社の業績ともども順調に推移している。iPhoneの国内累積販売台数とされる数字を考えれば、10人に1人ほどがダウンロードした計算となる。スマートフォン経由の売り上げは、アプリ提供前の昨年10月と比べて既に3倍を上回る状況だ。
昨年12月にアプリの提供を始め、その直後に米アップルのアプリ配信サービス「App Store」の無料アプリランキングで最高2位となった。ランクインしていたときは1日平均で2万件ほどのダウンロードがあり、現在でも同約5000件を維持しているという。
目立ったプロモーションなどしていないにもかかわらず、ダウンロード件数が伸びる理由は、既に構築したZOZOTOWNブランドの強さが1つ。もう1つは、同社会員の属性の変化を捉え、それに即応した戦略を取る上で、スマートフォンというプラットフォームが極めて相性がいいことだ。
鳥山大地マーケティング本部長は会員属性についてこんな解説をする。
「ZOZOTOWNはその会員数が増加したことで、利用者が“マス化”している。かつては、ブランドを指名買いする人が多かったけど、最近は色んなカテゴリーの中からたくさんの商品写真を見て、直感的に気に入った商品をピックアップして購入していく人が増えている」

だから、iPhoneアプリ版のZOZOTOWNで最も重視したのは、カテゴリー検索だ。トップページには「男性服」「女性服」「子供服」という3つのメニューがある。いずれかを選んで、「トップス」「アウター」などのカテゴリーを選べば、そのカテゴリーの商品一覧が画面いっぱいに広がる。
左右に3段で商品写真がズラリと並ぶ。それを下方にスクロールしていけば、次々と商品が出てくる。その途中で、なんとなく気に入ったものがあれば、それを買う。この商品一覧ページには、ブランド名の記述もない。おまけに値段もない。「当社の会員は、まずデザインを見て、それから価格を見る人が多い」と鳥山氏は分析している。
余計な情報を省き、とにかくたくさんの商品を見てもらう。それには従来型のケータイよりスマートフォンの方が適当だ。ストレス少なく高画質で商品を見てもらうことができるからだ。
そうして本当に気に入った商品を見つけた段階で、商品画像のところをタップすれば、そこで初めて価格や在庫といった詳細な情報が浮き出る。
これなら、多少高額でも購入してもらえるはずという同社の読みは確かに当たった。スマートフォン経由の1回当たりの購入金額は、従来型のケータイサイトと比べて高い。パソコン経由とほぼ肩を並べるくらいだという。マス化する会員属性を追い求めた結果。それがスマートフォンに行き着くのはある意味で必然だった。
一気にモバイルシフトはしない
スタートトゥデイは、会員属性とアクセス状況を分析することで、もう1つの答えを導いている。前のめり過ぎないスマートフォン戦略だ。
従来型のケータイとスマートフォンを加えたモバイル経由、それとパソコン経由でのページビューの推移を比較すると、通常時はモバイルとパソコンそれぞれからのアクセス数はほぼ同じ。しかし、1月と7月のセール時期になると、パソコンからのアクセス数が大きく伸びる。
このデータからも、パソコンからアクセスする人の方が、より多くの商品を目にしていると推測できる。その結果、モバイル全体と比較すれば、パソコン経由の方が購入金額が高くなるという結果になっている。だから、戦略の軸足を一気にモバイルにシフトすることは考えてはいない。
とはいえ、「いずれパソコン、スマートフォン、従来型のケータイサイトの売り上げは均等になっていく」(鳥山氏)と見るが故に、スマートフォン向けサイトの対応やアプリの改善などに粛々と取り組んでいるわけだ。
検索型アプリは、ケンコーコムや爽快ドラッグなど日用品、健康食品などを扱う企業も提供し始めている。顧客ターゲットをあまり絞り込まずに、「指名買い」で型番を検索するような商品には特に向くはずだ。