【午前の部】マーケティングこそ企業経営の根幹―日本コカ・コーラ、米グーグル、米フォースクエアなどが登壇
【午後の部トラックA】ソーシャルメディアにどう向き合うか―ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティングなどによる講演とパネルディスカッション
【午後の部トラックB】これからのマーケティング投資戦略―ソフトバンクモバイルなどによる講演とパネルディスカッション

企業はソーシャルメディアにどう向き合うべきなのか。世界的にも話題のこのテーマに対し、男性用フレグランス商品「AXE」のマーケティングを手掛けるユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティングのマーケティング-ブランドビルディング ダイレクターの黒川浩延氏が特別講演で、1つの道筋を示した。
これは、日経デジタルマーケティングが、日経ビジネス、日経ビジネスオンラインと共同で、7月15日に東京都目黒区で開催した「デジタルマーケティング&マネジメント サミット 2011」午後の部、トラックA「デジタルメディアをどう活用するか」というテーマの最初の講演。ちなみにこの催しは、日経デジタルマーケティングの読者無料セミナーの第2回でもある。
未開の男性用フレグランス市場に挑む
AXEはフランス生まれのブランドで、黒川氏曰く「世界戦略上極めて大事な商品」。そもそも日本には男性用フレグランス市場は確立されておらず、AXEの販売戦略は、すなわち新市場の開拓という命題も兼ねていた。今では他社も参入してきてはいるものの、男性用フレグランス市場、男性用ボディソープでともにナンバーワンのシェアを保ち続けている。
黒川氏は講演の冒頭で、あるビデオを流した。それはAXEを日本市場に導入したときに展開したテレビCMで、大勢の水着姿の女性が山を越え、海を泳ぎ、AXEを身体に振りかけた男性めがけて走るというものだ。当時、そのインパクトもあり話題になったテレビCMだ。ただ、黒川氏が所属するブランドチームとして、同時に課題が浮き彫りになったCMでもあった。
AXEのターゲットは高校生から20代までの男性だが、欧米と日本では男性が持つ感情面の特性が異なる。例えば、参入時のテレビCMは認知度向上という意味では寄与したが、「女性にもてたい」というメッセージが強すぎると日本の男性はそのブランドを使うのが恥ずかしく感じてしまう。
「エモーショナル(感情的な)なバリアを取り除いていかなければならない」と黒川氏。そのためには、認知の獲得だけでなく、AXEの使い方や親しみやすさの演出も必要になる。また、「日本の男性が選択する上で重要なのは、自分の評価だけではない。仲間の評価も極めて重要になる」(黒川氏)。
デジタルネイティブの深層心理を知る
こうした課題を見極めつつ、同社が狙いを定めたのが、「デジタルネイティブ」と呼ばれる世代だ。生まれたときから携帯電話やパソコンがあった世代を指し、デジタル上でコミュニケーションを取ったり、情報を取得したりするのが当たり前の世代だ。「若い男性をターゲットにするためにはデジタル上のメディアを使っていく必要がある」(黒川氏)。そして、このデジタルネイティブ世代を捉える上で重視しているのが「つながっていたい願望」を理解することだという。
黒川氏は言う。「デジタルネイティブの世代は、自分一人で部屋でゲームやパソコンで心地よい過ごし方をしてきた世代。リアルな人間関係を作るのはハードルが高いものの、互いに緩くつながりたい願望がある」。
例えば、同社がターゲットとする顧客層は「mixi」や「Facebook」といったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の使用率が高く、ほかの人の日記やブログを読んでいる人は約74%に達する。また、自分自身で情報を発信する人も約59%。「個」であり続けるのは嫌で、他者とデジタル上でつながっていたい。「この感情をマーケティング上で活かしていきたいという思いで、AXEのブランド戦略を展開している」と黒川氏は自身の戦略を語った。
黒川氏は過去に展開したデジタルマーケティング事例として3つを挙げ、その成果を示した。最初が2008年に展開した「チョコマンハンター」というキャンペーンだ。これは同年9月にAXEの新しいラインナップとして「ダークテンプテーション」が発売されたことをきっかけに展開したプロモーションである。チョコレートを連想させる香りだったことから、全身がチョコレートに覆われたキャラクター「チョコマン」を開発し、顧客参加型の賞金獲得キャンペーンを展開した。
キャンペーン期間中、Webサイトや屋外広告、街中で闊歩(かっぽ)するチョコマンについているQRコードを読み取るとポイントを獲得できる。また獲得したQRコードを友達とシェアすることで、さらにポイントを獲得できる。そのポイント数を競い合い、キャンペーン期間中の売上金額の1%を賞金として還元するという仕掛けになっていた。キャンペーンは大成功したといい、「3カ月というキャンペーン期間中に100万本を売上げ、Webサイトは300万アクセスを記録した」と黒川氏は語った。成功の理由として黒川氏は「モバイルを軸にし、ペイド(広告)、オウンド(自社サイト)、アーンド(評判獲得)という3つのメディアをうまく組み合わせたことにある」と結論付けた。
次に黒川氏が紹介したのが、「AXEボディソープ新宿駅前風呂場」だ。このキャンペーンは、ユニリーバが昨年夏に投入した男性用ボディソープ商品の販促で展開したものである。昨年9月10日から3日間にわたって、新宿駅前に浴槽を設置し、9人のグラビアアイドルが入浴する風景を「Usteam」や「ニコニコ生放送」といったネットメディアでライブ中継し、「Twitter」と連動する参加型企画も実施した。
黒川氏によれば、男性の6割がボディソープを使っているものの、女性用を“流用”しているケースが大半。男性用ボディソープがそもそもあまり存在していないことに加え、ほとんど使われていなかった。さらには「男性の5割がお風呂の時間が退屈」(黒川氏)という調査結果も出ていた。ならば、バスタイムが楽しくなるボディソープと銘打てば買ってもらえるのではないか。そう考え、展開したのがこのキャンペーンだった。
一時、Twitterがダウンするほどのアクセス
結果は同社試算で780万人にリーチし、広告効果が1億円相当。Twitterへ1秒当たり最大で15ツイートという集中的なアクセスがあり、「一時、Twitter自体をダウンさせてしまった」(黒川氏)というほどだった。当然、売り上げは急拡大し、男性用のボディソープ市場開拓も同時に成功したという。
最後に黒川氏が紹介したのが現在進行中の「GO DIRECT」をキーワードにしたキャンペーンだ。同社が「告白の日」として制定した5月9日に始めたこのキャンペーンは、男性から女性への告白を応援するというものである。黒川氏はまず、このキャンペーンを展開するに至った背景から説明した。
黒川氏によれば、1996年には20代の男性の約50%に彼女がいたという。ただ、それが2011年には23%へと下落。実に4人に1人しかいない計算だ。黒川氏によれば「平均値だが、男性が女性とメールを交換するのに要する時間は、出会ってから15日、最初のデートに至るまでに1カ月、付き合い始めるのに2カ月がかかる」。
草食男子とも揶揄される、積極的でない若い男性の実情が現れている。そもそも、AXEは男性の恋愛を支援するブランド。ならば、勇気のない若い男性の背中を押してあげたい。こうした思いから「GO TO THE AXE TOWER ~ 告白の塔」というキャンペーンが生まれた。
このキャンペーンではTwitterかmixiのアカウントを持っていれば参加できる。告白したい相手が使っているサービスを選択し、メッセージを入力するだけ。後はCGによるドラマティック、かつコミカルな演出で映像化され、相手に告白ができる仕組みだ。

黒川氏が講演の冒頭で語ったデジタルネイティブの世代特有の、「緩くつながっていたい」という願望をうまく捉えたキャンペーンと言える。このキャンペーンは今年9月まで展開するが、「現時点で約1万2000の告白があった」と黒川氏。またAXEのWebサイトへのアクセスは1カ月で160万アクセスを記録したという。
黒川氏は講演の最後に、紹介した3つの事例を基にAXEが展開するデジタルマーケティングで最も要視している要素を複数挙げた。
まず、当然と言えばそれまでだが、「ターゲットとなる消費者を理解すること」。より深く自らの顧客のことを理解すべきだと主張した。
コンテンツの重要性も訴えた。「デジタルマーケティングは消費者参加型であるべきで、拡散させるためにはコンテンツが重要」(黒川氏)。企業側が一方的に作って流すことを改め、消費者自らが作れる体験が必要だと主張した。こうした参加型キャンペーンはクチコミによる拡大が期待できるだけでなく、顧客との間にエンゲージメントを確立しやすくなる。
また黒川氏は、「複数のメディアを使用する」ことの重要性も掲げた。ペイド、オウンド、アーンドという3つのメディアを意識し、テレビやWebサイトなど様々なメディアを組み合わせた最適な枠組みを作るべきだとした。ただ、キャンペーンを展開する前に完全にすべてを設計することは難しい時代に入っており、進めながら常に進化させていくべきとも述べた。
日本の顧客心理を理解し、キャンペーンにおいて緻密にローカライズするユニリーバ・ジャパン。一見派手にも見えるキャンペーンの背景に隠れた設計思想、またそこから導き出された成果を前に、聴講者らは真剣にメモを取っていた。
ソーシャルメディア活用に定石ナシ
午後の講演トラックAでは、その締めくくりとして「これからのソーシャルメディア活用とリスクマネジメント」をテーマにパネルディスカッションを実施した。ソーシャルメディアを使う際のリスクを回避するため、どんな策を講じているのか、またミドルマネジメント層として、部下から受けた施策提案に対する判断をどのようにしているかなどについて意見を交わした。

パネリストはアミューズメントパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」を運営するユー・エス・ジェイ(USJ)のマーケティング営業本部マーケティング部インタラクティブマーケティングの大森研治課長、サントリーホールディングス広報部Eコミュニケーショングループの坂井康文課長、ベネッセコーポレーション国内教育事業本部の豊岡隆行副本部長の3人。モデレーターはソーシャルメディアマーケティング支援事業のアジャイルメディア・ネットワークの徳力基彦社長が務めた。
議論を始めるに当たり、まず各社が取り組んでいるソーシャルメディアマーケティングを紹介して、理解を深めた。
ソーシャルメディアは現段階で来場への明確な効果は見られない
USJでは2010年4月からソーシャルメディアを活用したマーケティングに取り組んでいる。ブログサービス「Ameba」、「GREE」、「モバゲー」
、Facebook、Twitterなど多くのサービスに公式アカウントを開設している。
同社の収入は来場者によって支えられている。そこで、USJの大森氏は売り上げへの直接の効果が見えにくいといわれるソーシャルメディアから利用者の来場につなげて、成果を出すことに挑戦しているという。とはいえ、「2011年7月、ソーシャルメディアは現段階で来場への明確な効果は見られない」というのが現状だと大森氏は包み隠さず明かす。ただ今年4月に、あるツイートがTwitter上で、通常の6倍となる12万人に情報が広がったことを受け、ソーシャルメディアでは“共感”が重要であることを実感したと語った。
続いてサントリーの坂井氏が講演し、2006年から同社は最初のブログを開設するなどソーシャルメディアへの取り組みを積極的に行ってきた状況を説明した。最近の取り組みとしては、mixi上に、仮想の街で遊べるアプリ「サントリーみんなのまち」や、架空の世界で友人と乾杯できるアプリ「みんなで宅飲み カンパイ!ほろよい部」などを提供している。
前者はサントリーという企業ブランドをアプリ名に冠することで、様々な商品ブランドが「マーケティングに使えるプラットフォームにすることを目指して」(坂井氏)開設した。約8万2000人が利用しており、清涼飲料水「DAKARA」や「黒烏龍茶」などがこのプラットフォームを使って、ゲーム上のイベントを展開しているという。
この6月にはFacebookの活用も始めた。現在約1万人のファンが登録しており、特に写真の付いた投稿に反応が高いといったことが分かってきたという。
ベネッセの豊岡氏は、「当社から広告などで情報を伝えても絶対に振り向いてくれない層がいる。そういう人たちには、友人からの推奨が効果的だと考えている」と語った。
だからこそ、友人間のコミュニケーションのツールであるソーシャルメディアを活用することで、“振り向かない層”の心を動かせるのではないかと可能性を感じている。
Twitterなどの外部サービス上での情報発信を積極的に行う一方で、主婦向けのコミュニティサイト「ウィメンズパーク」の運営にも力を注ぐ。約300万人が会員登録している。気持ちよく相談できる、安心して話せる“場所”を、ベネッセが提供することで、企業に対するファンを作り、ひいては入学などの「ライフイベント」がある時に、ベネッセのサービスを利用してもらうことを狙う。
最近の取り組みでは、動画を通じて情報を伝える施策に可能性を感じている。きっかけは、ソーシャルメディアと連携したリアルタイム動画配信サービス「Ustream」で問題の解き方、考え方の動画を配信し、それが好評だったためだという。これを発展させて、今夏には動画を使った講座の配信を予定している。
ガイドラインや公式化でリスクを軽減

三者三様のソーシャルメディア活用を踏まえた上で、パネルディスカッションへと移った。まず、モデレーターの徳力氏は「ソーシャルメディアを活用する上での効果測定の指標」について3人に聞いた。ソーシャルメディアの成果の指標は担当者にとって、悩ましい問題だろう。
USJは、ソーシャルメディアにファン登録している人、していない人、それぞれに来場意向に関するアンケートを実施して、その違いを見ている。ただし、ファン登録する人=コアなUSJのファン、とも考えられるため「ファン登録直後と半年後で調査して、変化を見る」(大森氏)といったことにも取り組んでいる。
ベネッセは、Twitterでの情報の広がりを狙ったキャンペーンの場合には狙い通りにRT(リツイート)数が増えたかどうかを見るという。また、キャンペーンであれば、そのキャンペーンサイトのアクセス解析などで、成果に対してソーシャルメディアがどれぐらい貢献したかを分析していると説明した。
各社とも、テレビCMを中心としたマスマーケティングによって企業規模を拡大してきたと考えられるが、その3社は、マーケティング活動全体におけるソーシャルメディアの重要度を数値化するとどれぐらいになると考えているか。そう徳力氏が3人に問うと、サントリーの坂井氏は「個人的には広報活動の中では2割以上はあると思う」と述べた。ただし、小売店での販売が売り上げの多くを占める同社にとっては、店頭が強いため、全社的の中では数%程度だろうと回答した。
「会社の中でもソーシャルメディアの重要度は高まっており、経営層も含めてナンバーワンぐらいの意識」と語ったのはベネッセの豊岡氏。これまでのマーケティング施策では1~2割は必ず反応してくれない層がいたが、そこを埋める役割に期待している。
登壇者は課長や、副本部長などのミドルマネジメント層ということで、リスク管理、現場への権限委譲、部下から提案を受けたソーシャルメディア企画の実施の有無の判断基準にも話が及んだ。
USJではガイドラインを策定した上で、大森氏を中心に直属の部下と、各部門から1人ずつソーシャルメディアを兼任する人材を出してもらい7、8人で運用しているという。発言はガイドラインに則って投稿するように定めているため、基本的にはノーチェックだという。
また、ガイドラインにはソーシャルメディアを個人利用する場合の項目も盛り込まれている。個人アカウントでUSJに関する情報を投稿する場合には、会社に申請して公認アカウントとして登録し、プロフィルでUSJの社員であることを明確にする必要がある。既に100人超が公認アカウントとして認められている。
もし、社員と思われる人間が、登録せずに自社に関する情報を投稿していることが分かった場合には、本人と話して、公認アカウントに登録するように促していると説明した。
一方、基本的にはすべてチェックするというスタンスなのがサントリー。坂井氏が上司からソーシャルメディア活用に関する権限を与えられているため、投稿する内容を事前に坂井氏が確認してから投稿する。その分、何かあった時の責任は坂井氏が背負うことで、部下を守る。個人利用については、ポリシーを制定中のようだ。
【午前の部】マーケティングこそ企業経営の根幹―日本コカ・コーラ、米グーグル、米フォースクエアなどが登壇
【午後の部トラックA】ソーシャルメディアにどう向き合うか―ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティングなどによる講演とパネルディスカッション
【午後の部トラックB】これからのマーケティング投資戦略―ソフトバンクモバイルなどによる講演とパネルディスカッション