「デジタルマーケティング&マネジメント サミット 2011」報告

【午前の部】マーケティングこそ企業経営の根幹―日本コカ・コーラ、米グーグル、米フォースクエアなどが登壇

【午後の部トラックA】ソーシャルメディアにどう向き合うか―ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティングなどによる講演とパネルディスカッション

【午後の部トラックB】これからのマーケティング投資戦略―ソフトバンクモバイルなどによる講演とパネルディスカッション

 日経デジタルマーケティングは、日経ビジネス、日経ビジネスオンラインと共同で7月15日、東京都目黒区で「デジタルマーケティング&マネジメント サミット 2011」を開催した。日経デジタルマーケティングの読者無料セミナーの第2回でもある同サミット会場は、午前9時半の開始から熱気に包まれた。

「デジタルマーケティング&マネジメント サミット 2011」の会場

 最初の基調講演では、日本コカ・コーラの魚谷雅彦取締役会長が登壇。「心を動かすマーケティング―これからのビジネス革新」と題して講演した。社長、会長を歴任した日本コカ・コーラ、特別顧問を務めたNTTドコモ、それぞれにおいての経験を交えながら、デジタルマーケティングの効果を高めるにはマーケティングの原点を見つめ直すべきだという持論を展開した。

日本コカ・コーラ取締役会長の魚谷雅彦氏

 「マーケティングは企業経営の根幹である」

 魚谷氏は開口一番、こう切り出した。

 魚谷氏はマーケティングを経営に近いところで捉えている。そのため、プロモーションに携わる部門は、(テレビCMやイベントなどで)コストを使うばかりで成果を追っていないと言われがちだが、日本コカ・コーラではブランド別に置いたマーケティング責任者に収支の責任を持たせているのだ。

 なぜ、そこまでマーケティングに重きを置くのか。それを説明する上で、「マーケティングとイノベーションが企業において重要であり、それ以外は企業にとってコストでしかない」という、ピーター・ドラッカー氏の著書『マネジメント』の一文を引用した。

 消費者に受け入れられる新しい価値を企業が生み出し、それを具現化して販売して売り上げに結びつける。そうした活動の上流に、消費者にとってのニーズや価値を探る「マーケティング部門」と、そのニーズを実現できる技術を研究する「R&D部門」がある。そして、その価値を伝えていく部隊として、営業や販売がいる。それが、魚谷氏の考えるマーケティングの在り方である。

 例えば、日本コカ・コーラが販売する「アクエリアス」。人間の汗と近い成分にすることで、飲んだ時の体への吸収力を高めて、早期に水分補給できるのが特長の飲料だ。この商品のアイデアが生まれた時に、商品化できる技術をR&D部門が普段の研究の中で磨いていたからこそ、開発できたものだと説明した。

真の顧客起点とは

 ただ、多様化が進む消費者の価値観の中から本当のニーズを見つけ出すことは難しくなってきている。だからこそ、「株主が最も大切なステークホルダー(利害関係者)と言われた時代もあるが、消費者こそ最重要ステークホルダーと認識すべきだ」と、魚谷氏は指摘した。

 例えば大手食品会社では、毎週実施している経営会議で、前の週に集めた顧客の声と、それに対してどんな対応をいつまでにすべきかといったことが最初の議題になるという。まさに、顧客の声が経営の起点になっているわけだ。

 それほどまでに顧客を向かなければいけない背景には、商品や消費者の価値観の多様化による、「ボーダーレス化」と企業間の商品開発技術の均一化があると魚谷氏は指摘する。

 「ノンアルコールビールはビールだろうか?」

 魚谷氏はこう会場に問いかけた。

商品カテゴリーのボーダレス化

 ビール味の清涼飲料水ともいえる、ノンアルコールビールというジャンル。ビールなのか、清涼飲料水なのか…。こうしたボーダレス化はほかの業界でも進んでいくだろう、というのが魚谷氏の考えだ。

 従来は小売店で商品展開する棚を確保して、関連したテレビCMを放送する。それによって商品が売れるので、すぐに補填できるようにサプライチェーンを整備する。こうして、多くの企業が成長を遂げてきた。

 しかし、時代は変わった。「お客さんが何を求めていて、どういう場面で、どんな風に買いたい、あるいは使いたいと考えているかを考えないと大きな無駄を生む」と魚谷氏は言う。多様化する価値観の中からニーズを見つけ出す消費者視点が企業に求められるとの指摘だ。

 企業間の商品開発技術の均一化も、とりわけBtoC(消費者向け)ビジネスの企業が抱える課題だろう。従来はほかの企業とは一線を画す製品を出せれば、競合が追いつく前に市場で優位に立ち、販売を促進することで、工場の稼働を上げて原価を下げるという「長いリードタイム」を持つことができた。現状では、各社ともに高い分析能力、開発能力を有するため「すぐにキャッチアップされてしまう」(魚谷氏)。だからこそ、商品を選んでもらうためには、企業としてのブランド力(=信頼)の構築が求められるのだ。

 魚谷氏はブランド価値は2つに分けられると説明する。まず「INTRINSIC」。魚谷氏はこれを「基本的価値」と訳す。製品が持つ機能そのもの、コーラであれば色や味、そしてペットボトルの形ということになる。

 もう1つは「EXTRINSIC」、「情緒的価値」だ。企業や製品に対して消費者が抱くイメージ、ブランドへの共感、共有といった感じだ。この中で、共有という部分については、利用が広がるソーシャルメディアを有効活用することで、ブランドと消費者、消費者と消費者で共有することが可能になる。

 最後に魚谷氏は、「これからのマーケティングはBtoB(企業向け)やBtoCといった分け方ではなく、『B to Human、Heart』、サービスや製品を利用する人に対して、どれだけ共感や価値を作れるか、そしていかに顧客との“キズナ”を作っていくかが、マーケティングの視点として求められる時代になる」と指摘。その手法として、デジタルの活用も重要になるだろうと講演を締めくくった。

 「私がこうやって話している最中にも、誰かが私の発言内容や容姿をデジタル化しているかもしれないね」

 続いて登壇した、米グーグルアジア太平洋地域担当社長のダニエル・アレグレ氏は、こう切り出した。

今のデータを基に将来を予測

米グーグル・アジア太平洋地域担当社長のダニエル・アレグレ氏

 アレグレ氏が「我々のストレージ能力ではもはや完全に保存できない」というほどのスピードで生成されていくデジタルデータ。その数は実に、8日ごとに276エクサ(エクサは10京)バイトにおよぶという。マーケティングに携わる人は、こうした最新のデータを基に最も意義ある事実を抽出し、適切なタイミングで人々のために使っていかなければならない。アレグレ氏はこれを「ヒューマナイズ」と呼び、会場に集まった聴講者にこの重要性を訴えた。

 アレグレ氏はまず、グーグルがデータ分析によってもたらしたいくつかの例を挙げた。例えば、インフルエンザの世界的な蔓延の予測だ。検索エンジンの検索データを基に、「喉が痛い」などといったデータを蓄積することで、インフルエンザが今後どの国に蔓延していくかを予測できる。これはインフルエンザに限ったことではなく、デング熱についてもグーグルはインド、シンガポール、インドネシアといった国で発生することを事前に予測していたという。

 また、イングランド銀行の事例にも触れた。この銀行ではインターネット上のリアルタイムのデータを分析し、不動産価格の上昇や下落を予測したり、住宅ローンを貸せるかどうかの判断を下したりしているという。「これまで我々が予想する際、過去のデータを基に“今”を予測していた。現在は“今”のデータを基に将来を予測できるんだ」(アレグレ氏)。

 アレグレ氏は震災後の日本でどのようなトレンドが起きているのかを実際にデータを提示しながら解説した。例として触れたのは旅行業界についてだ。3月19日の時点でグーグルは検索キーワードから旅行関連のキーワードの検索数が激減したことを把握したとしている。

 その後、また検索状況は元に戻ったが、震災前と比べて顕著な変化が現れているという。例えば、震災前と震災後で「ブータン」というキーワードを検索した人は実に580%増加したという。アレグレ氏はあくまでも私見としながら、震災を機に価値観に変化が生まれ、「総幸福度」を指標にするブータンに注目が集まったのではと分析した。

 そのほか、海外旅行先においてアジアの需要が高まっているとも言う。「こうしたデータを見れば、今旅行業界や航空業界は誰をターゲットに手を打つべきかが分かるはずだ」と、アレグレ氏は指摘した。

 アレグレ氏はこうしたデータ分析の必要性を説く一方で、アジア特有の現象を踏まえるべきだと付け加えるのを忘れなかった。鍵を握るのはスマートフォンの急激な普及だ。

 アレグレ氏は言う。「欧米、日本を含む先進国ではまずパソコンが最初にあり、その後にモバイルの時代を迎えた。アジアではパソコンを経験せずに直接スマートフォンでインターネットを利用するユーザーが多い」。つまり、こうした国による特徴の差を踏まえた上で、消費者を捉えなければならないとした。

 例えば、アレグレ氏は日本ではスマートフォンの普及が2014年までに6000万台に達すると見込む。現時点では普及率は低いものの、モバイルインターネットの使用率に関しては他国と比べても非常に高い水準だという。スマートフォン利用者の91%がネットを利用し、82%がモバイルのメールを利用。85%がモバイルから検索を利用し、27%がモバイル経由で動画を共有しているという。「こうした活用度の高さの背景にあるのは、日本には世界中で最も高度な携帯ネットワークインフラがあるからだ」とアレグレ氏は言う。

 さらに利用動向を細かく見ていくと、「実に興味深い事実に行き着く」とアレグレ氏。「現実問題、スマートフォンは家庭の中でのほうが使われているのだ」。携帯電話と言われると、すぐに屋外でのリーチを考える人が多いようだが、家庭内での利用頻度の高さという観点を見落としているという。

 例として挙げたのは2010年12月に公開されたウォルト・ディズニー・ピクチャーズの映画「トロン:レガシー」のキャンペーンだ。トロンがリリースされた際、テレビCMをフックに携帯電話からの検索数が増えたという。アレグレ氏によれば「日本ではテレビ視聴者の4分の3が携帯電話を片手に視聴している」。つまり、企業側はテレビCMだけ流して、オンライン上にきっちり手を打っていなければ、消費者との真のエンゲージメントを確立できる機会を見逃すとアレグレ氏は主張する。「マーケティング活動においてエンゲージメントを確立するために必要なのは全体のバリューチェーンを考慮することである」(アレグレ氏)。

 アレグレ氏が言う「ヒューマナイズ」。これは日々新しく生成されていく膨大なデータ量を基に消費者のニーズを把握し、適切なタイミングで情報を発信すること。急速に普及するスマートフォンへの対応もそのために必要な施策ということだ。

 アレグレ氏は講演の最後に、デジタルマーケティングについてこう私見を述べた。「グローバルでありながら、パーソナルでなければならない」。会場の聴講者は、それを熱心に聴き入っていた。

 午前、最後の講演となったのが、位置情報連動サービス「foursquare」を展開する米フォースクエアの携帯電話・企業提携部門副社長のホルガー・ルドルフ氏である。

 ルドルフ氏は、位置情報連動型のソーシャルメディアがマーケティングに及ぼす影響と、米国の先進活用事例を披露した。

 foursquareはモバイル端末のGPS(全地球測位システム)機能を使い、今いる場所を「チェックイン」(登録)して友人と共有したり、同じ場所で例えば10回チェックインすれば得られるデジタルアイテム「バッジ」の所有数を競ったりして楽しめるサービスである。米国を中心に利用者数を延ばしており、世界で1000万人以上の利用者がいる。今でも毎月、100万人ずつ新規利用者が増えているという。これまでチェックインされた回数は累計で7億5000万回にも達する。

米フォースクエア携帯電話・企業提携部門副社長のホルガー・ルドルフ氏

 日本国内でも、これまでに2500万回のチェックインがあり、この数は世界で五指に入るという。ルドルフ氏は、「日本市場は成長著しい」との認識を披露して、今年3月から日本語版を始めたことを契機に、さらに利用者数が伸びていくことへ期待を寄せた。

 同社のサービス運営の理念は3つある。まず「発見する」ということ。近くにいる友人を発見する、新しい場所や店を発見する、そういう場としてfoursquareを使ってもらうことを目指している。使い方の具体例として、ルドルフ氏は自身の経験を紹介した。

 同氏はサンフランシスコにあるオフィスに務めているが、ニューヨークのオフィスに出張した時にfoursquareでチェックインすると、ルドルフ氏がニューヨークに来ていることを“発見”した同僚や友人などから、夕食の誘いの電話がかかってくるという。位置情報を共有することで、近くにいる友人を発見してもらい、コミュニケーションを促す。

 次にエンターテインメント性だ。先述した通り、foursquareではチェックインした回数や、特定の時間にチェックインするといった条件に応じて、バッジを取得できる。また、チェックインした場所によってポイントも取得できる。「このような(チェックインする)行動を推奨する仕組み」(ルドルフ氏)を用意して、ゲーム感覚で楽しんでもらいながらコミュニケーションのツールに使ってもらうことが2つ目の理念である。

レストランは新規顧客の開拓、リピート率の向上に

 そして、ルドルフ氏が最も重視しているというのが、「レストランや小売り店舗などが、foursquareを通じて新規顧客を開拓したり、リピート率を上げたりできることだ」と説明する。米国ではチェックインできる場所として、オフィスや家など1700万件の場所が既に登録されており、そのうち50万件の店舗オーナーなどがマーケティング活用を目的として利用しているという。

 例えば渋谷の寿司店のオーナーがfoursquareを活用しようと考えたとき、まず既にチェックインの“場所”が登録されているかを確認する。foursquareではユーザーが店や建物などを自分で登録できるからだ。

 登録されていれば、自分がその場所のオーナーでることをフォースクエアに通知する。電話や郵便で認証がとれると、「マーチャントダッシュボード」と名付けられた、店舗ごとの管理画面を利用できるようになる。

 マーチャントダッシュボードでは、店にチェックインした上位50人のユーザーや、ここ最近チェックインした50人を知ることができる。そのほか、時間帯ごとのチェックイン数、性別なども分析可能だ。こうしたデータを基に、しばらく来店していないユーザーに対して、「12月から来店されていないようですね」といった店舗からのプッシュ型マーケティングもできる。

 エリア限定の広告配信も可能だ。せっかくの金曜日なのに雨が降っていて、通常より集客が見込めず席が空いている。そんな時に、店から徒歩数分にいるユーザーに絞って、「今、来店された方には1品無料です」といったクーポン広告を配信して来店を促す。

 有効活用した事例として、ルドルフ氏は、サンフランシスコのあるチョコレート販売店を紹介した。同店は、「トリュフチョコレートを3つ無料でもらえる」というクーポンを新聞広告に載せたが、まったく来店につながらなかった。一方、同じクーポンを徒歩2~3分圏内にいるユーザーに絞って配信したところ、70人の来店につながり、うち9人がクーポンでもらえる無料のもの以外にも商品を購入したという(期間は未定)。「場所とタイミングが合ったからこその成果」と、ルドルフ氏は位置情報と連動することの有効性を強調した。

 新規顧客の獲得だけではなく、リピート率の向上にも活用できる。foursquareでは1つの場所に最もチェックインしたことのあるユーザーに対して「Mayor(メイヤー)」という称号が与えられる。店舗であれば、何度もリピートしてくれる優良顧客ということになる。リピート率を上げるために「Mayorにはドリンクが1杯無料、15回チェックインするごとに割り引きといったキャンペーンを実施するような店もある」と、ルドルフ氏は説明した。

ヨーグルトを食べると自動でチェックイン

 そうした、位置情報を活用した広告配信からもう一歩踏み込んで活用している企業も現れている。米国のフローズンヨーグルトチェーン店は、購入するとポイントがたまる顧客向けカードとfoursquareを連携させた。ポイントを付与するためにカードを読み取り機に通すと同時に、その顧客がfoursquareの利用者であれば、自動的に位置情報が投稿される仕組みだ。「その人がフローズンヨーグルトを食べていることが分かる」ため、その情報を見た友人の来店につながる可能性がある。

 最後にルドルフ氏は、「日本には(位置情報連動サービスが普及する)ポテンシャルを感じている。企業の皆さまともかかわりも持っていきたい」と締めくくった。

「デジタルマーケティング&マネジメント サミット 2011」報告

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■修正履歴
ピーター・ドラッカー氏の表記を修正しました。[2011/08/01 12:25]
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