2度の石油危機、バブル崩壊、リーマンショック。この半世紀、日本企業の多くはいずれかの経済事象の“罠”に足をすくわれた。そのすべてを黒字で乗り越えた1社が湧永製薬だ。1955年の創業で、最初の2年を除いて53期連続で利益を積み重ねてきた。
製薬業界では中堅、そして未上場。ということもあって、「湧永?」と思われた読者の方も少なくなかろう。紹介するのに、枕詞が必要な会社でもある。
実業団のハンドボールチームとして、日本ハンドボールリーグで過去8回、国体18回、全日本総合で13回もの優勝回数を誇る強豪チーム「ワクナガレオリック」を擁する会社。もっと分かりやすいのが、滋養強壮剤「キヨーレオピン」の…という前置きだろう。
スポーツに主力商品、せっかく優れた資産を持っているのに、それが会社名と直結しない。悩んでいたのが4代目社長、湧永寛仁である。
確かに赤字にはなっていない。ただ、信用調査会社のデータによれば、この5年間の売上高は100億円強でほぼ横ばい。売上高純利益率も3~5%程度で推移する。一言で表現すれば、成長がない。点在する会社の有形資産を社名と有機的に結び付けて、企業のブランディングを再構築したい。そして、それを企業の成長につなげていきたい。

そう考えた湧永の取った手法が「Facebook」をフル活用することだった。
「ブランドや商品が巷にあふれかえる中、『湧永の製品だから』と言ってウチの商品を買ってもらうことで成長していく。そこに欠かせざるのがブランディングだった。具現化していく場として、Facebookは最適だと考えた」
きっかけは、ありきたりだった。知己の誘いから、今年1月にFacebookを使い始めた。38歳という年齢を考えれば、むしろ遅い方かもしれない。
個人のアカウントで使ってみると、すぐに自社のマーケティングに活用できる可能性を感じた。
「当社のWebサイトには(キヨーレオピンやハンドボールチームなど)会社にまつわる情報が満載だが、見てもらえなければ存在しないのも同じこと。一方でFacebookの世界では、その利用者には情報がどんどん舞い込んでくる。その“輪”の中に当社が入っていければ、ウチが持つ様々な情報に触れてもらえる人が増えると思った」。使うそばからそう直感したのは、1999年の湧永製薬入社まで、ソフトバンクに在籍した経験と無縁ではないだろう。
個人アカウントに続き、企業のファンが集うFacebookページを立ち上げよう。そう決意した湧永だが、問題は誰が運用するかだった。つまり、誰がそのページに日々書き込むかだった。湧永はもう1つの決定をする。自分で書こう。その理由は3つある。
自分で運用する3つの理由
まず、ブランディングをし直す上で重要なのはファン(顧客)から“顔”が見えること。そう考えた。社長のパーソナリティを全面に打ち出すため湧永製薬ではなく湧永寛仁個人のFacebookページと位置付けた。
社長自らがソーシャルメディアに投稿する。そう聞けば、ソフトバンク社長の孫正義や、楽天社長の三木谷浩史のそれをイメージするかもしれない。2人は確かにTwitterは個人のアカウントで情報発信している。ただ会社のブランディングをするFacebookページを毎日自分で書くわけではない。
Facebookページの運用者として、社長がソーシャルメディアに出ていくことにリスクもある。が、得られるメリットの方が大きいと湧永は感じた。
2つ目は情報量。キヨーレオピン、ハンドボールチーム、そこに加えて湧永の祖父で創業者の故郷にある観光名所「湧永満之記念庭園」という3つの資産を社名と結び付けていく。不可欠なのは、この3つに関する詳細な最新情報だ。すべてが集まるのは社長である。
最後がクイックレスポンス。社内にWeb担当者を置いたはいいが「この情報はFacebookに載せていいか」などと逐一社内で稟議を通すようでは、せっかく届いたファンからの投稿への反応が鈍くなる。ならば会社の代表者が自分で運用した方が手っ取り早い。
Facebookで湧永は、自社製品などの売り込みを極力しない。友人との会話の場であるFacebookに、売り込み情報が間々入ってくるようだと、そこに違和感を感じる人もいる。それではブランディングにとって逆効果だ。
「Facebookは“交流の場”であり“購入の場”ではない」。それが湧永なりの運用ガイドラインだ。
交流を続ければ、きっと湧永製薬という名が利用者の頭に残る。ハンドボールチームのファンは、チーム名と湧永製薬は線で結ばれていても、その先にある湧永製薬とキヨーレオピンは像を結ばない。交流していくうちに、その像の輪郭だけでも頭に残ればそれでよし。何だか疲れたなと思って、薬局の店頭でどの滋養強壮剤かで迷ったとき、「あの社長の会社の製品なら……」と購入につながることを期待した。
Facebook社長─。そんな振る舞いを見せる湧永の取り組みは少しずつ成果を見せ始めている。Facebookページへの投稿として、「初めて(キヨーレオピン)を使ったのが35年前。…社長がFacebookやっていて、メッセージを出せるというところに隔世の感があります」との内容が目に付くようになってきた。Facebookは着実に湧永製薬のブランド底上げに寄与しつつある。そう湧永は実感し始めている。
日本市場のブランディングを進めながら、グローバルに自社製品を浸透させていくことも念頭に置く。それには、世界共通プラットフォームともいえるFacebookの利点を、最大限生かすこともできる。
