ソーシャルメディアの活用で従業員の能力をアピールして顧客獲得に結びつける-- 。
こうした新しいマーケティング、営業手法に挑んでいるのが、人材派遣サービス「エイクエント」を手掛けるトライ・ベンチャーズインク(東京都千代田区)だ。昨年4月、求職者に仕事を紹介するエージェント全員がTwitterアカウントを開設した。いうなれば、ほぼ全社員がソーシャルメディアマーケッターになるということ。苦労も多く挑戦は道半ばだが、今年に入って成果も出始めた。
エイクエントはデザインとマーケティング分野の派遣に特化した人材派遣サービスだ。現在は20人いるエージェント全員がTwitterアカウントを持ち、オンラインマーケティング、Web制作、グラフィックデザインといった分野に専門性を持つことをアピールして、求職者から信頼を寄せてもらう。それにより、派遣の仕事を紹介する件数を増やすことを狙っている。
サイト刷新で登録者が急減
人材派遣系の会社のWebサイトは、紹介できる仕事を前面に打ち出して、求職者を転職サイト、検索エンジンなどから呼び込むのが一般的だ。エイクエントも同様だった。が、2009年3月にサイトを大幅刷新し、エージェントごとに顔写真や自己紹介、顧客の声を掲載した個人ページを作り、それを前面に出すようにした。仕事は原則的には「○○の担当案件」としてエージェントごとに紹介する。

この刷新は、米本社の方針に従ったものだった。しかし、米国と日本では事情が異なることもあり、求職者の登録件数はむしろ大幅に落ち込んでしまった。
当然、社内のエージェントからも不満の声が上がる。その時、宮崎洋史マーケティングマネージャーが目を付けたのがTwitterの活用だった。個人ページはCMS(コンテンツ管理システム)で更新できるが、Twitterならもっと簡単に投稿できる。Twitterのユーザー数は急増しており、エージェントの専門性、個性をアピールする場として最適だと考えた。
Twitterの使い方は簡単だが、何を投稿すれば仕事にプラスになるのかの見極めは難しい。開始に当たって宮崎氏は、「ツイートする内容は2つある。ゼロから投稿の内容を考えること、もう1つは人の発言やニュースをリツイートすること。前者は大変なのでまずは後者から始めよう」とエージェントに伝え、ニュース紹介や影響力の大きいTwitterユーザーの引用から始めることを勧めた。
同時に、同社のアジア太平洋地域の本部があるオーストラリアで用意されていたソーシャルメディア利用の指針を伝えた。会社を代表することを意識せよという総論2項目と、実名使用、定期的で頻繁な投稿などの「するべきこと(DOs)」9項目、意見が分かれる議題にはコメントしないなど「してはいけないこと(DONTs)」の4項目をまとめた「DOs & DONTs」というものだ。
Twitter開始に現場は困惑
「日本のネット利用は匿名性が高いので、(実名でやるのは)きっと難しい。効果が出る見込みは薄い」
福岡市でエージェントを務める日野鐘子氏は、全社的なTwitter活用の話を聞いて困惑し、上司にこう直言した。
米国ではエージェントがSNSでスカウトしたり、実名でアカウントを持って公私両面で交流したりしていることを知ってはいた。ただ、匿名やニックネームでの交流が中心の日本では、通用しないのではないかと日野氏は思ったのだ。とはいえ会社の方針とあれば逆らえない。日野氏も実名、顔写真入りでTwitterを始めた。

やむを得ず始めたTwitterだが、日野氏は現在約600人のフォロワーと交流して、仕事の紹介も決めている。同社のTwitter活用の規範となる存在となった。
成果が出始めたのは今年に入ってだった。例えば、Twitter仲間が集まる女子会で知り合った女性が就職活動をする相談に乗って、仕事を紹介。彼女は、この4月からEC(電子商取引)サイト運営企業でWebデザイナーとして働いている。
また、Twitter上で「おすすめユーザー」欄に表示された人を日野氏がフォローしたところ、その人が就職活動中だったため、ダイレクトメッセージを送って面会した。その結果、最近になってスマートフォン向けアプリの制作、デザインの仕事に就くことになった。
このように紹介してくると、簡単なようだが、成果につながったのは日野氏がTwitterで日々情報発信し、交流を通じてエージェントとしての信頼度をコツコツと高める努力があればこそ、なのである。
1年以上のTwitter活用の中から、日野氏はいくつかの経験則を得ている。まず、フォローしてもらいたい人のペルソナを設定し、その人が期待する「エージェント日野像」を描いて情報発信することが基本だという。
その像に沿ってツイート内容を決めている。具体的には、求人案内・自社情報が3割、Web・IT系の情報が3割、アート・広告や地元の福岡ネタが3割、個人的なことが1割となるようにしている。ただ単に、思ったことをツイートすればよいという訳ではないのだ。
もっとも、日野氏のような成功例は社内でもそう多くないのが現実だ。マーケティングマネージャーである宮崎氏にとっては、こうした成功事例、ノウハウを全エージェントに共有し、成功例を全社に拡大することが課題となる。
小さなところでは、ツイートのネタになりそうな話題を、宮崎氏が社内メールで全員に送る。Twitter管理ソフト「HootSuite」を使って発見した、エイクエント関連のツイートを全社で共有することもある。また、宮崎氏が担当する全社アカウントでは、個々のエージェントのツイートを紹介して、エージェントへフォロワーを誘導している。
毎月1回、「Kloutスコア」を発表
毎月1回、ビデオ会議も含めて東京、大阪、名古屋、福岡の社員が集う場では、日野氏などの成功事例、ノウハウを共有する。また、個々のエージェントのTwitterやFacebook上での影響力を示す「Klout」スコアを発表する。Kloutは米クラウトが開発したもので、フォロワーの数などを基にした「True Reach」、リツイートや対話の数を基にした「Amplification Probability」、フォロワーやリツイートしてくれる人々の影響力を基にした「Network Influence」という3つの要素からスコアを算出する。
クラウトのWebサイト上でアカウントを登録すれば無料で算出できる。Twitterを使っても登録、派遣がなかなか決まらず、心が折れそうになったエージェントも、Kloutスコアを中間指標にすれば、自分で自分を元気づけることもできるのではなかろうか。

全社員ソーシャルメディアマーケッターへの挑戦は道半ばといえるが、宮崎氏は派遣の仕事を探す若い女性が多く利用するSNS「mixi」で、企業が情報発信ページを持てるサービスが始まることに期待を寄せる。今年後半には、転職活動にも使われるビジネス専門SNS「LinkedIn」の日本版がオープンする見込みにもなっている。転職、人材派遣市場でこうしたSNSが広がれば、ソーシャルメディアの“流儀”を身に付けたエージェントはエイクエントの大きな強みになるだろう。