真夏の節電ニーズを受けて扇風機市場が活況を呈している。日本電機工業会(JEMA)の調べによると、今年の4月と5月は前年比で2倍超のペースの出荷が続き、家電量販の店頭では売り切れ商品が続出している。

 そんな扇風機市場に、もう1つの変化が起きている。価格が2万円を超す高級扇風機市場が確立されてきていることだ。この市場を切り開いてきた1社が、2009年に羽のない扇風機を実売価格3万7000円で発売したダイソン。ソーシャルメディアを味方に付けて、売れ行きを伸ばしている。

 「ソーシャルメディアを味方に付けて」というものの、実のところダイソンは「Twitter」「Facebook」といったソーシャルメディアの公式アカウントや公式ブログは開設していない。にもかかわらず、扇風機「エアマルチプライアー」を市場へ浸透させる過程においてはソーシャルメディア、そしてクチコミが大きく貢献した。いったい、どうやってクチコミを味方につけていったのか。

新製品の第一報を伝えるのはブロガー

 残暑もようやく抜けた2009年10月16日の東京都内、ダイソンは扇風機としては異例の時期に新製品発表会を開催した。新技術をいち早く製品化し発売する、そしてダイソンが掃除機市場で高いシェアを持つオーストラリアの夏に向けて発売するという方針で、世界各国でほぼ同時に発表することになったためだ。

 この発表会では、もう1つ業界の慣行を打ち破る取り組みがあった。ブロガーが第一報を伝えるよう仕組まれていたのだ。発表会は午後1時から3回開催した。第1回は10数人の著名ブロガー、第2回はWebメディア、第3回は一般メディアを招いた。羽のない扇風機という画期的な新製品を最初に知らせたい。ダイソンがそう考えた対象は、ブロガーだった。

創業者であるジェームズ・ダイソン氏が来日して直接、製品の特長をブロガーへ説明した

 とはいえ、ありがちなイベントにはしたくなかった。当時は、クチコミマーケティング支援企業がブロガーを多数抱え、企業の依頼に応じて集める「ブロガーイベント」はあちこちで開催されていた。ダイソンは、ブログメディア「ギズモード・ジャパン」を運営するメディアジーンの協力を得て、「一本立ちしている、信頼できるブロガー」(神山典子PRマネージャー)を厳選して発表会に招待し、彼らに対してダイソン創業者であるジェームズ・ダイソン氏が来日して直接、製品の特長を説明した。

 神山氏が期待したのは、そうした有力ブロガーの視点を通じて、製品の面白さが伝わるような文章、写真、動画がネット上に掲載されることだ。数千円が当たり前の扇風機市場において3万7000円という破格の高価格。一方で、羽がないことで風にムラがない、安全性が高いという利点をどう理解してもらうかに頭を悩ませた。欠かせないのが、新しいもの好きな有力ブロガーの筆力、写真や動画撮影・投稿のスキル、影響力という結論となった。

 ブロガー向け発表会では、TwitterやUstreamといった生中継ツールの利用は禁止し、記事の解禁時刻は午後6時30分に設定して、一般メディアの発表会前に情報が広がることを防いだ。解禁時間以降は、羽が無くても風が来ていることを確認するために手をかざす、中央部に頭を入れるといった様子を撮影した動画や写真、ブログ記事が次々と上がっていった。

 「『とても面白い製品らしい』という空気が伝わる記事だった」(神山氏)というのは、ダイソンの日本法人と英国本社に共通した見解。世界的に見てもダイソン初の試みとなったブロガー発表会は成功という社内評価を得られた。

ネット動画は170万回再生

 発表会は盛り上がっても、日本における夏の商戦は半年以上も先のこと。話題性を継続させるためにダイソンが投下したのがネット動画である(下の動画)。

 その内容は、エアマルチプライアーを多数並べて、その風で風船を飛ばし、中央の空洞部を次々と通り抜けさせるという映像だ。これにより、ムラのない風を送り出せるエアマルチプライアーの特長を実証した。この映像は見た人に驚きを与え、今でも多数のブログやTwitterで紹介され続けている。米国法人が投稿した動画は、現在までに170万回以上も再生される人気動画となっている。

 また、「ひとえに製品のユニークさがある」(神山氏)ため、予想以上の追い風も吹いた。当時、“家電芸人”と呼ばれる家電製品に詳しいお笑いタレントが人気を集めており、彼らがこぞってエアマルチプライアーを取り上げたのだ。

 テレビを通じて話題はますます高まり、エアマルチプライアーのサイトは通常期の数倍のアクセスが続いた。発表会の時のブログや動画などにもアクセスが集まり、製品への理解もますます深まっていったと同社はみている。期待感が頂点に達した2010年1月のオンラインストア先行販売では、用意した100台が30分で完売することとなった。

 こうして「ダイソンを買いたい」と指名買いが増えて、店頭での扱いも広がった。新製品を2010年6月に発表し、オンラインストア限定で先行発売したことで話題も再び沸騰。2010年夏のシーズンは目標以上の台数を販売して「世界の中で日本が一番成功している」(神山氏)という結果を出した。マーケティング策が功を奏したことに加えて、値段が高くても安全性を重視したユニークな優れた商品は買う、という日本人の気質も成功を後押ししたのだろう。

 ダイソンの成功を受け、他メーカーからも高級扇風機の投入が相次いでいる。

 2010年5月には、デザイン家電を開発するベンチャー企業のバルミューダ(東京都小金井市)が低消費電力でそよ風のような風を送れるという「GreenFan」を3万3800円で発売。今年は東芝が消費電力を半分に抑え細かに風を制御できる「SIENT」を発売している。実売価格は2万5000円と高額ながら、あっという間に品切れとなっている。

 市場環境も変わった2011年夏、エアマルチプライアーの販売も絶好調だ。5月第4週の販売台数は、前年同期の4倍になった(GfK調べ)。市場のすそ野拡大にあわせて、ダイソンは今、新たなクチコミ刺激策を重視している。

2回目の夏、2011年の商戦は幅広い層へ

 神山氏は、「ソーシャルメディアのユーザーに限らず、今は全員がインフルエンサーだ。周りの人に伝えたいという感動があれば、それを知人へケータイメールで伝えてくれる」とみる。著名ブロガーより親しい人からのクチコミが購買意欲を喚起することもある。購買層が広がった2回目の夏は、より幅広い層へとアプローチするために、ターゲット層を絞ったイベントを次々と仕掛けている。

 5月には、30代後半からシニア層が多く参加する「国際バラとガーデニングショウ」で、ガーデン&プロダクトデザイナーの吉谷桂子氏の展示に協力した。そよ風に揺られる花を再現し、見る人に花の香りを届けるためにエアマルチプライアーを1台設置してもらったのだ。

 1週間に25万人が来場するイベントで、神山氏は「Twitterはやらないけど写メールは使う人々。皆さん写真をたくさん撮って友人にメールしたり自分のブログに掲載したりしてくれた」と、シニア層のクチコミ力を評価する。

パパブブレ渋谷店での共同イベントでは、オンラインストア限定のエアマルチプライアーを展示した

 6月には、スペインに本店がある人気のキャンディショップ「パパブブレ」の渋谷店で共同イベントを開催した。エアマルチプライアーのオンラインストア限定モデルを2週間展示し、そのうち1日はキャンディを自分で作れるイベントを企画してネットで告知した。

 「(新商品などが出たときいち早く購入しようとする)アーリーアダプターではなく、ネットでイベントを探すような、子供を持つ普通の30~40代の女性」(神山氏)を主なターゲットとした。今後も様々なタイアップ企画の可能性を探っていく。

 このように、クチコミの力を活用して製品の特長を伝えてきたダイソン。だが、冒頭で触れたように同社日本法人はTwitterやFacebookの公式アカウントを持っていない。Facebookページの開設は検討中だが、対応する人員体制、継続的に情報提供するテーマ選びなど、「メーカーとしてどう活用するかは悩ましいところ」(神山氏)として、開設するかどうかの結論は出ていない。

 ソーシャルメディア上で企業が製品の特長を訴えれば、消費者がそれをそのまま信じて買うような時代ではもはやない。高価な製品ほど評判や価格をネットで調べる過程が必ず入るようになってきている。ダイソンは製品自身の魅力と、クチコミしたくなる仕掛け作りで、ネット上に多様な評判を生み出し、消費者の購入検討を後押しすることに成功している。

 ダイソンの場合は、「対応する体制が追いつかない故…」という消極的な理由もあるが、「ソーシャルメディア活用=公式アカウント開設」と短絡的に考えがちなソーシャルメディアマーケティングに一石を投じる取り組みになっているといえる。