テレビショッピングで成長を続けるQVCジャパン(千葉県千葉市)。2010年12月期の売上高も884億円と前期比で9%増と業績は堅調に推移している。千葉マリンスタジアムの命名権も今年1月に取得しQVCマリンフィールドとするなど、ブランディングへの投資も惜しまない。
そんな同社の悩みは、主力であるテレビの視聴時間そのものが今後停滞する見通しとなっていること。テレビショッピングで得た動画のノウハウを生かすプラットフォームとして注目したのがスマートフォンだった。

iPhoneとAndroid向けに提供するアプリ「QVC iShop」を、今年に入って提供を始めた。QVC iShopは、同社が24時間365日放送する通販番組をサイマル(同時)放送する。それをスマートフォンの上部画面で見ながら、下部画面に表示される商品情報を閲覧する。買いたければ、そのままカートに入れて即座に購入できる仕組みだ。まさに“いつでもテレビショッピング”を楽しめるアプリとなっている。
「視聴者の目に商品がより魅力的に写るような動画作成こそ、当社の強味」と語るのは、同社コーポレート・コミュニケーション&ストラテジー部門の伊東雄一郎ディレクター。だからこそ、単なる通販アプリではなく、持ち味を生かせる動画連動にこだわった。テレビで放送した番組は、アプリの「最近オンエアした商品」というメニューにすぐに載せ、放送が終わった商品も動画とともに見られるようにした。
衝動買いをスマホで実現
もちろん、こうしたリアルタイム動画の配信は、従来型のケータイでもできる。しかし、従来型ケータイ向けアプリでは、商品を買う段階になると、一度ケータイ向けサイトに移動してしまう欠点があった。
「当社のようなビジネスでは情緒に訴えかけて衝動的に買わせる必要もあるんです」と、伊東氏は言う。従来型のケータイでは、せっかく「欲しい」と思ってもらえたのに、一度アプリを閉じて、そしてケータイサイトに移動して…。こんな作業をしている間にユーザーの気持ちは冷静になり、「やっぱり買うのはやめておこう」と離脱してしまうことが多かった。スマートフォンなら、番組を見ながらアプリ上で商品をカートに入れてそのまま購入できる。
放送の現場は、商品の注文件数がグッと伸びた瞬間の司会者のフレーズをプロデューサーが見つけては、それを繰り返すような、細かな作業の積み重ね。その臨場感が、スマートフォンなら再現できる。
時間の使い方はテレビからケータイへ
QVCが、モバイル施策に積極的な背景には、消費者のメディアに接する時間の変化がある。「テレビの利用時間は長期的には減っていく。幸い(今のところ当社の)売り上げは伸びているが、今後は未知数」と、伊東氏の危機感は強い。
その危機感は現実のものとなり始めている。メディアやコンテンツなどに関するシンクタンクの博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所が毎年実施している、消費者のメディアへの接触状況を調査する「メディア定点調査」を見てみよう。
下図は、1日当たりのメディア接触時間を表しており、テレビの視聴時間は横ばいと伸び悩む一方で、パソコンやモバイルからのインターネット利用時間は急伸していることが読み取れる。今後、このペースでパソコンとケータイからのネット利用時間が伸びれば、おのずとテレビの視聴時間が減る事態は避けられそうにない。

確かに、QVCの顧客層の中心は40~50代の女性で、この世代が利用するメディアは同調査でもいまだにテレビとなっている。ただその、現在の中心層は年月とともに中心から外れていく。変わって“主役”となるのは、テレビをあまり見ない層だ。
「パソコンからのインターネット接続」(104.1分)と「携帯電話からのインターネット接続」(62.3分)の時間を合計すると、既にテレビの視聴時間(150.7分)を上回っている20代女性の動向は極端だとしても、次第にテレビからケータイへ、という流れは否定できない。だからこそ、今の段階からスマートフォンを新しい販売チャネルとして成長させたい考えだ。スマートフォンなら、テレビやパソコンの前、という場所の制約を取り払うこともできる。
スマートフォンの利点は、もう1つ。「テレビではできない“ついで買い”を促せるのも、アプリのポイント」と伊東氏。最初の画面では、動画と番組で紹介している商品が表示されているが、商品情報の部分を指でスクロールしていくと、関連商品が表示される。こうして、ついで買いを促すことが期待できる。
とはいえ、スマートフォン向けアプリのダウンロード数は、iPhoneアプリが1月の提供開始から6月までで1万3000件、Android版が4月の提供開始から6月までで約3000件と、年間約400万人という顧客の数からすれば微々たるもの。前期の売上高884億円のうち、ネット経由が占める割合は約25%程度で、そのうちスマートフォンは数%にとどまっている。残りの75%をテレビ通販が占め、そのうちの約80%が電話からの注文という。QVCのスマートフォン戦略は、今すぐに新規顧客を開拓するというよりも、中長期的に新しいチャネルに育てていくことを目指すこととなりそうだ。