低価格眼鏡ブランド「Zoff(ゾフ)」を展開するインターメスティック(東京都渋谷区)は、1月にメガネのEC(電子商取引)サイトを立ち上げて、ネット通販事業に参入した。

 同社は、眼鏡は高額なものという従来のイメージを覆す低価格路線で成長したきた。レンズ付きでも1万円以下の3価格で売るスリープライスを打ち出したことで知られ、ファッション感覚で眼鏡を付け替えるライフスタイルを提唱してきた。

 デパートの眼鏡屋というと、上階の一角にひっそりと店舗を構えており「眼鏡を購入する」という明確な目的を持った人が来店者のほとんどだった。その常識を打ち破り、アパレルフロアに出店するなどして、洋服を買うのと同じように気軽に眼鏡を購入してもらう。そうした店舗戦略を中心に、会社の規模を拡大してきた。

 眼鏡界のユニクロを標榜し、価格固定眼鏡の業界で最大手の座を揺るぎないものにしつつあった同社に転機が訪れたのは2009年のことだった。競合がネット通販やブランディングの成功によって、急速に売り上げを伸ばし、Zoffの地位を脅かすまでになってきたのだ。

 危機感を抱いた同社が本格化させたのが、デジタルマーケティングへの取り組みだった。その1つがECサイトの開設である。店舗のない地域の顧客獲得や、店舗の営業時間外での購入につなげることを狙った。

 サイトの開設に当たって、同社はユーザビリティの強化に力を注いだ。眼鏡を購入する過程では度数の入力や、ケース選びなど手間が多い。そこで、購入完了までに離脱する“カゴ落ち”を防ぐように、分かりにくい項目にはヘルプページへのリンクを張ったり、欄外へ注釈を詳細に記載するなどして、利便性を高めた。また、「眼鏡は試着できない」という弱点を補うために、約1000種類ある商品すべてについて、着用画像を用意した。

 「開設から5カ月で、小規模店舗と同等の売り上げ規模になった」(宣伝販売促進部ウェブマーケティングの塚田貴彦氏)。売り上げのうち、店舗の営業時間外である午後10時から午前10時までの購入が4割を占めるなど、狙い通りの成果が出ている。売り上げが増えたのには、もう1つの理由がある。

 「度入りの眼鏡をネットで買うのはまだまだハードルが高い」と塚田氏。実は、ネット通販によって、“だて眼鏡”というこれまでとは全く異なる需要をうまく取り込んだのである。

Zoffのだて眼鏡という意外性がネットで話題に

 スリープライス眼鏡のZoffというブランドの認知率は高いが、やはり単にECサイトを開設しただけではなかなかサイトに訪れてはもらえない。同社は店舗での告知や、メール会員への告知などのほかに、話題性を喚起するためにキャンペーン「ダテ割」を実施した。その名の通り、視力矯正効果のあるレンズを使用しないだて眼鏡であれば、通常価格から2100円割り引かれるという企画だ。1月30日から3月31日まで実施した。

通常価格から2100円割引きの「ダテ割」キャンペーン

 若い人の間では眼鏡をファッションとして楽しむ傾向が広がっており、視力の矯正が必要なくても、眼鏡をかける人が増えている。こうしたトレンドに気付いてはいたが、実際は、Zoffのような視力矯正用の眼鏡を中心に販売するような店舗で、度なしの眼鏡を購入する人は少なかった。

 Zoffでだて眼鏡が買えることの認知度の低さに加えて、視力矯正用の眼鏡を求める顧客で溢れかえる店舗で、だて眼鏡を買うのは周囲の目も気になるところだ。

 そこで、ECサイト限定のダテ割を実施した。ネット通販であれば、周りの目を気にすることなく、好みのだて眼鏡を購入できる。また、「実用的な眼鏡を求める人に比べて、だて眼鏡なら掛け心地もそこまで気にしない」(塚田氏)。だから、ECに向くというわけだ。

 ECでの買い物では、かつて苦戦が指摘されたアパレルも、今では急成長分野に属する。それと似た効果を期待したのだろう。

 Zoffがだて眼鏡を売り込むという意外性から、「『Twitter』などのソーシャルメディアでも大きな話題になった。購入の理由として、クチコミで知ったと答える人も増えた」と、宣伝販売促進部の広報・PR担当福原恵子氏は言う。「ピーク時には、1週間の売り上げのうち8割をだて眼鏡が占めることもあった」(塚田氏)。店舗運営だけでは獲得できなかった、新しい顧客層の開拓につながっただけに、「店舗とネット通販の住み分けを考える上で、1つの可能性を発見した」(塚田氏)というのもうなずける。

眼鏡をARでバーチャル試着

 5月から提供を始めた眼鏡のバーチャル試着サービス「Zoff Mirror」は、ファッション目的の眼鏡の購入をさらに後押しする可能性がある。

AR技術で、まるで実際にかけているような感覚に

 これは、AR(拡張現実)の技術を使うことで、パソコンにつないだWebカメラで液晶画面に写した人の映像に、3DでモデリングしたZoffの眼鏡を合成して表示するものである。首を振ったり、液晶との距離が変わっても、まるで実際に眼鏡をかけているように表示される。

 「ネットでは眼鏡を試着できないという課題をなんとか改善したかった」と塚田氏。例えば今着ている洋服との相性を見ながら、次々に眼鏡を試着していくといった使い方もできるため、だて眼鏡購入の促進にもつながりそうだ。

 「フレームにステンドグラスを使用した細かい装飾のある商品も、詳細に分かるように再現した」と福原氏は説明する。Zoff Mirrorで“試着”できる商品は100種類にとどまっているが、近いうちに300種類まで増やす。デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)が代理販売するフランスのARソフト「D'Fusion」を利用して、数百万円かけて実現した。

 「それなりの投資となったが、競合との差異化や話題性によるZoffの顧客拡大が期待できる」と塚田氏。ただ、Webカメラの利用者はそう多くはないことから、より多くの人にこのサービスを利用してもらうため、スマートフォン版を開発していく考えだ。

 店舗では取り込めなかった、だて眼鏡という需要をネット通販で取り込むことでECサイトの売り上げを一気に増やしたZoff。ファッションとしての眼鏡はECで、実用の眼鏡は店舗で、という住み分けをしながら、今後は相互誘引する施策にも取り組んでいく。

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