ケーブルテレビ最大手のジュピターテレコム(JCOM)は今春、ファミリー層から独身層へと顧客層の拡大を目指す戦略商品の販促のため、スマートフォン用サイトの運営を開始した。その結果、モバイル(ケータイ+スマートフォン)サイトのアクセスの20~30%はスマートフォン経由となり、契約などのコンバージョン率(CVR)はパソコン用サイトより高くなる傾向を示しているという。

JCOMが“開設”したスマートフォン用サイト

 JCOMがスマートフォン用サイトの検討を始めたのは昨年末のことだった。それから2カ月余りというスピード開設を実現できたのには訳がある。

 サイトを別途用意するのではなく、スマートフォン端末からJCOMのサイトへアクセスがあった場合、ケータイ(いわゆるフィーチャーフォン)用サイトをスマートフォン向けに自動変換して表示できるようにしたのだ。画面の大きさに合わせてレイアウトや画像サイズ、そして絵文字などをリアルタイムに変換するため、ケータイとスマートフォンの間に情報の差異はない。

 JCOMの末崎哲弥Webセールス推進部長は、「3月は引っ越しシーズンで(ケーブルテレビ申し込みの)繁忙期。(スマートフォン対応を)絶対に間に合わせたかった」と、同手法を採用した理由を語る。

 JCOMの主力事業はこれまで多チャンネルのテレビサービスで、ファミリー層が主な顧客だった。顧客基盤を広げるため、昨夏から、戦略商品「J:COM TV My style」の販売を始めている。見たいときに見たい番組を見るVOD(ビデオ・オン・デマンド)が特長で、独身層やDINKS(子どもがいない共働き夫婦)などを取り込むことを狙ったものだ。

 戦略商品の提供に当たって、売り方も変えた。訪問販売を強みに顧客を開拓してきたJCOMだが、独身層やDINKSは昼間、留守にすることが多い。そこで、ネットやケータイ、そしてスマートフォンが新たな顧客層開拓の切り札になると期待した。

スピードとコスト重視の選択

 スマートフォン対応の検討を始めた時点での選択肢は、(1)新規にスマートフォン対応サイトを作成する、(2)パソコン用サイトを変換する、(3)ケータイ用サイトを変換する、の3つあった。春商戦に是が非でも間に合わせるため、「スピードとコストを重視」(末崎氏)すると、(3)が最も妥当な選択肢となった。

 新規作成のためにCMS(コンテンツ管理システム)も導入して腰を据えて開発すると、少なくとも3カ月はかかり、間に合わない恐れもあった。また、パソコンとケータイに加えてスマートフォン用サイトも個別に運用すると、システム費用と人件費の負担が大きくなってしまう。それより「早く導入することで経験則を得て、走りながらPDCAをどんどん回していくのが得策」(末崎氏)と考えたのだ。

 実はケータイ用サイトをスマートフォン向けに変換するサービスは、最近数多く登場している“旬”な分野だ。JCOMはその中から、かねて取引のあったWebマーケティング支援のユニメディア(東京都中央区)のサービスを導入した。

 導入費用は非公開だが、ユニメディアのサービスの一般的な料金は初期費用20万円、月額費用は月20万PV(ページビュー)までなら4万5000円。スマートフォン端末でサイトへアクセスがあるたびに、ユニメディアの変換サーバーを介して、最新の情報を提供する仕組みだ。

 開始後、モバイルサイト全体のアクセス数に占めるスマートフォンからの比率は20~30%程度で、同社が想定した以上の高さとなった。そもそも、契約申し込みや資料請求につながるコンバージョン率は、パソコン経由よりモバイル経由の方が高く、そのモバイル経由のシェアも昨年の3倍程度まで伸びている。それだけに、スマートフォン対応は、1つの有力な販促チャネルとしての可能性を加速させそうだ。

 今後は早期に、ケータイ用サイトの情報量をパソコンと同じレベルに拡充させる。その一方で、アクセス傾向を分析して、ケータイからの変換ではなく独自にスマートフォン用コンテンツを作成した方がよい部分があれば、対応を進める考えだ。来年以降はスマートフォン独自のサイト運営も検討する。

スマートフォンはVOD端末にも

 JCOMがスマートフォンに期待するのは、販促チャネルとしての役割だけではない。

 同社は3月23日に経営陣が変わり、住友商事専務執行役員だった森修一氏がJCOM社長に就任した。森社長は「お客様になっていただくまでが5割、なっていただいた以降が5割」という方針を社内外に示している。新規契約の獲得だけでなく、顧客になってもらった後のサービスにも力を入れる姿勢を強調するものだという。

 同社は経営指標の1つとして「平均月次解約率」に注目する。今年度第1四半期は、前年同期比0.13ポイント減の1.08%だったが、この数字をさらに抑えて、そしてARPU(加入者1人当たりの売上高)を高めることを目指す。そのカギを握るのがスマートフォンだ。

 同社は「TV Everywhere型サービス」と呼ぶ開発を進めている。スマートフォンなどを使うことで、JCOMのVODサービスをどこでも好きな場所で楽しむものだ。今夏には実験サービスを開始する予定になっている。

JCOMが開発を進めるTV Everywhere型サービスの概要(同社決算説明資料より)

 昨年末にはモバイル高速ネット接続サービス「J:COM WiMAX」の提供も開始した。JCOMと資本提携したKDDIは、今秋発表の新機種でWiMAX対応端末を一気に広げる方針を示している。

 WiMAXを使ってVODサービスをいつでもどこでも楽しんでもらえるようになれば、解約率は下がりARPUが上がることが期待できる。つまり、スマートフォンはJCOMの事業戦略も大きく左右することになる。恐らく、ケータイ用サイトのスマートフォン向け変換サービスという簡易対応をJCOMが選んだのは、マーケティングにおけるスマートフォン活用法が近い将来大きく変わっていくことを想定してのことだろう。

■修正履歴
記事掲載当初、「J:COM TV My style」の名称が間違っておりました。お詫びして訂正します。 本文は修正済みです。[2011/06/07 17:45]