ケータイを使ったマーケティングをする上で、今のところスマートフォンの利用者は男性が中心だから、若い女性が顧客ターゲットの当社は当分対応する必要はない。こうした考えを持っている企業の方々は、今すぐにでも改めた方がいいのかもしれない。参考になるのは、アパレルEC(電子商取引)サイトを運営する夢展望(大阪府池田市)が採った戦略だ。

既に売り上げの7%がスマホ経由

 同社のサイト「夢展望」には若年層の女性を中心に約100万人の会員がおり、ケータイを使ったマーケティングに特化して売上高を伸ばしてきた。全社の売り上げは2010年9月期が63億円で前期比38%の伸びを見せた。パソコン向けのサイトも用意しているが、ケータイ経由の購入が売り上げの約9割をはじき出す。

夢展望の売上高の推移(2007年9月期は7カ月の変則決算)

 昨年12月、同社は自社ECサイトをスマートフォンでの表示に最適化した。その結果、対応前は売上高全体に対して2%しかなかったスマートフォンからの購入は、今年5月時点で7%にまで急増した。

 「2011年9月時点で5%程度まで上昇すると予測していたが、その予想を大きく上回った」

 業務推進部広告チームの村上高史プロデューサーは、想像よりもはるかに早いスピードで、ターゲット層の間でもスマートフォンの利用が広がっていることを実感している。

 スマートフォン経由での購入は従来型のケータイ(いわゆるフィーチャーフォン)経由の購入よりも、1回当たりの購入金額が500~600円高くなる効果も出ているという。年内にはスマートフォン経由の売り上げが売上高全体の10%に到達し、2012年には20~30%に達すると見ている。

スマートフォン向けに一から作り直す決断

 「年内にスマートフォンに対応する!」

 夢展望の岡隆宏社長が村上氏に向かって、こんな檄を飛ばしたのは昨年9月のことだった。

 もちろん村上氏も「iPhone」を中心にスマートフォンの利用者が広がっているのは理解していた。が、世の中で言われているユーザー層は、年齢比率や性別などにおいて自社の顧客とかけ離れていると思っていた。

 無理もない。同社のメーン顧客層は18~23歳のいわゆる“ギャル”。スマートフォンというと、ビジネスにも使える機能を搭載した新しいモバイル端末とイメージしがちだった。夢展望の顧客ターゲットがOLならいざしらず、「我々の顧客層にも、ここまで早期に広がるとは、当時想像していなかった」(村上氏)と振り返る。

 かくして社長の鶴の一声でスマートフォン対応プロジェクトは始まった。

 スマートフォンの画面に最適な表示をする方法として、第三者が提供するツールを使って、従来型ケータイ向けのサイトを自動対応する方法を採れば、新たにつくり直すよりもコストを抑えられる。しかし同社は、自社でスマートフォン向けに一から構築する道を選んだ。

 SPA(製造小売り)でもある夢展望にとって、ケータイ経由の販売は会社の生命線。これまでも、顧客が買いやすくするための研究を重ねて、従来のケータイサイトの使い勝手を高めてきた。

 スマートフォン対応でも、単に従来のサイトを変換するといった小手先の施策ではなく、独自のデザインでユーザーにとって使いやすいサイトを追求することにした。ケータイ活用を生業としてきた同社の決断は、ある意味で必然とも言えよう。

 例えば商品詳細ページは、全面液晶の端末が多いスマートフォン向けに、従来よりも大きな商品画像を掲載している。指でスライドさせたり矢印のボタンを押せば、ページの移動をしなくても商品画像を切り替えられる。

夢展望のスマートフォン向けサイトの商品詳細ページ

 商品画像の下部には、「この商品のサイズを見る」「カラーごとの画像を見る」といった大きなボタンがあり、それをクリックすると、各ボタンの下にスペースが広がって、そこで詳細な情報を見ることができる。

 スマートフォンでは、指で画面をスライドしてページをスクロールするため、従来のケータイサイトにありがちな縦長のデザインでは、最後まで閲覧するまでに疲れてしまう。そこで、最初からすべての情報を見せるのではなく、視認性の高い大きなボタンを配置して、必要な情報を操作で引き出せるように工夫した。「顧客は長い爪をデコレーションしているような人が多い。そこで、社内で最も爪が長い人に利用してもらって得た意見を反映させていった」と村上氏は言う。

 従来のケータイサイトでは、画像を切替えるたびに通信が発生するが、スマートフォンサイトではそうしたストレスを受けることなく、情報を閲覧できるのも特徴だ。

 スマートフォン向けサイトの構築に当たっては、Webページを記述する言語「HTML」の次世代規格「HTML5」を採用した。動画を扱いやすくするためだ。

 夢展望は従来のケータイサイトで着用動画を配信しており、人気を集めていた。こうした動画などを、今後スマートフォンでも見られるように対応していく。

 これまで、Webサイトの多くは動画などを再生する場合、米アドビシステムズの「Flash」を採用してきた。ただ、iPhoneはFlashに対応しておらず表示できない。HTML5で作ったサイトなら、iPhoneとAndroid端末のいずれでも、問題なく動画再生ができる。そのため、スマートフォンを中心にHTML5に対応した端末やブラウザーが増えている。

 「今後HTML5でどういう技術が出てくるかは未知数だが、基礎を作っておくことで、いつでも新しい技術に対応できる」と村上氏は先行投資の狙いを語る。

アパレルECの弱点克服へ、アプリ活用

 スマートフォンでの表示の最適化をしたことで、スマートフォン経由での購入は見る見るうちに増加していった。可能性を見出した同社がスマートフォン対策で打った次の一手が、iPhoneアプリ「夢collection」の開発だ。

 5月5日に提供を始めたこのアプリは、既存会員に案内をした程度で、広告展開などをしていないにもかかわらず既に4万件以上ダウンロードされているという。年内に3万件という当初の目標を、約2週間で達成してしまった。同社の顧客層でも、iPhoneの利用が進んでいることがうかがえる数字だ。

 服の試着ができないアパレル通販に成功などない。かつて、そう言われたこともある。実際は、試着ができなくとも市場は大きく成長してきたが、試着あるいは擬似的にそれができれば、さらに成長する。それが夢展望の考えだ。

自分自身をモデルに着せ替え、アパレルECの弱点克服へ

 これまでも、なるべく着用した姿をイメージしやすいように商品画像に着用写真を載せたり、動画を掲載したりしてきた。これを一気に押し進める期待を寄せるのが、iPhoneアプリだ。

着せ替えアプリの「夢collection」

 夢collectionは、画面に表示されたモデルの写真に、夢展望の商品を着せてコーディネートできるアプリ。

 「カメラ機能を使えば顧客自身を撮影できる。その写真を使えば、自分を着せ替えることもできるのではないか」。そう考え、村上氏はこのアプリのアイデアを思いついた。

 自分をモデルにして作ったコーディネート画像は、保存したり、「Twitter」に投稿して楽しめるほか、そのままカートに入れて買うこともできる。

 この手のアプリは、従来型のケータイでも実現は可能だが「サンプルを作ってみたが、液晶画面が小さくて画像を見づらかったり、テンキーでの操作がやりづらかったりと使い勝手は良くなかった」と村上氏。タッチパネルで直感的に画像を拡大・縮小したり、写真に被せる商品画像の位置を微調整するのにはスマートフォンの方が向いていた。

 着せ替え可能な商品数は、顧客から人気の高い商品やトレンドに合っていて需要の高いものなど、現在は約100点にとどまっているがこれを500点まで増やしていくという。また、着せ替えた写真を「Facebook」に投稿できる機能も開発中。夏ごろまでにはAndroid版の提供も始める。

 ケータイ向けのECで会社の規模を拡大してきた夢展望が、従来型のケータイよりもスマートフォンへの投資にシフトした。ケータイEC業界も大きな転換期を迎えていると言えそうだ。

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