子会社任せだったデジタルマーケティングで、ある出来事から本体でも本腰を入れた結果、看板商品が一部地域で売り切れる事態となった――。

 絵に描いたような成功物語の舞台となったのは、ニチレイグループの主力事業会社であるニチレイフーズである。

ゆるキャラ「まんべくん」との出会いがきっかけに

 「彼に『本格炒め炒飯』のサンプルを送るべきです!」

 今年1月、ニチレイフーズの子会社で、ダイエット食品の通販などを担当するニチレイフーズダイレクトで、デジタルマーケティングを担当する企画部マーケティングチームの塩谷旬氏は、ニチレイフーズの営業企画部への説得に当たっていた。

 「彼」とは、北海道山越郡長万部町のイメージキャラクター「まんべくん」である。体はカニ、耳はホタテ、髪はアイリスの花。長万部町の名産物を融合させた、いわゆるゆるキャラで、新聞や雑誌でも取り上げられ“キモかわいい”と人気を集めている。

ニチレイフーズダイレクトのTwitterアカウントで「まんべくん」との交流を始めた

 人気はネット上でも健在だ。まんべくんのTwitterアカウント(@manbe_kun)のフォロワー数は、今年1月には5000~6000人程度だったというが、現在では2万5000人を超えるまでになっている。

 このまんべくんが1月に「オススメ→ニチレイ 本格炒め炒飯」とツイートしたことをきっかけに、「食べてみたよ。美味しかった」「買い物に行ったときにニチレイの炒飯を探してしまいました」といったコメントがフォロワーから寄せられるなど、会話の間でニチレイフーズの冷凍チャーハンが話題に上ることが増えていくこととなる。

 こうしたネット上の動きに気付いた塩谷氏はすかさず、ニチレイフーズダイレクトのアカウントでまんべくんをフォローした。「大きなムーブメントになるかもしれない」と塩谷氏はその可能性を感じたが、彼が所属するニチレイフーズダイレクトは、ダイエット食品こそ取り扱いがあるが、冷凍チャーハンはない。そこで、すぐさま一連の出来事を親会社のニチレイフーズに報告した。そして、この冷凍チャーハンの詰め合わせを、まんべくんに送る提案をした。

 デジタルマーケティングとは縁遠かったニチレイフーズにとって、子会社からの提案は、何のことかあまりピンと来なかった。ネット上での話題を基にリアルで対応していく経験が少なかったから、それも無理はない。だから、すぐにでもサンプル品を送ろう、との動きにはならなかったという。

 根気強く塩谷氏が親会社の説得に当たった結果、ようやく1月末に冷凍チャーハンをまんべくんに送ることが決まった。丁寧なお礼状とともに商品を送ると、そのことをまんべくんがツイートしてくれた。かくして、ニチレイフーズの冷凍チャーハンに対するクチコミは加速していくこととなる。

「売り切れてて購入できなかった」

 商品を送ったことを機に、クチコミの内容にも変化が見られた。それまでは商品へのクチコミがほとんどだったが、「ニチレイさん素晴らしい」「素敵だなぁ、ニチレイ」といったクチコミが増え、「会社に対する高い評価へとつながっていった」と塩谷氏は感じていた。

 親会社であるニチレイフーズの担当者は「まんべくんとのやり取りを見たほかのユーザーを介して、Twitter上にニチレイの名前がどんどん広がっていく。その力は想像以上だった」と驚きを隠さない。2月にはニチレイグループが持つ北海道のコロッケ工場にまんべくんを招待するなどして、交流を深めていった。

ニチレイフーズはまんべくんを北海道のコロッケ工場に招待した

 交流を続ける中でニチレイフーズの担当者が意識したのは「つかず離れずの関係」だった。PR効果が期待できるからといって、変に前のめりになるのではなく、一歩引いたコミュニケーションを心掛けた。

 こうして良好な関係を築けたことで、女性誌「anan」でまんべくんが取り上げられた折には、Twitterでニチレイの冷凍チャーハンを褒めたらプチブームになったと、まんべくんが紹介してくれた。

 クチコミの増加はメディアでの紹介につながっただけではなく、やがて売り上げにも影響を与え始めた。

 長万部町周辺に住んでいると思われる人からは、「売り切れてて購入できなかった」といった書き込みが見られたのだ。「同時期にテレビ番組でも当社が取り上げられており、たまたま在庫がなかった可能性もあるため、すべてがまんべくん効果とは断定できないが、貢献があったのは間違いない」とニチレイフーズ担当者。

 ソーシャルメディア上での対話から、リアルでのやり取りへ、そして売り上げにも貢献した。それがきっかけで、「ニチレイフーズの中でもソーシャルメディアマーケティングなどにも取り組んでいくべきとの意識が生まれてきたことを感じる」と塩谷氏は言う。

 子会社が始めたソーシャルメディアの取り組みは、親会社のデジタルマーケティングに対する意識を変革させた。今秋にもニチレイフーズは、自社サイトを3年ぶりに刷新して、Twitterや「Facebook」を使ったソーシャルメディアマーケティングに取り組んでいく計画だ。これが軌道に乗って明確な成果が上がってくれば、一度は切り離したニチレイフーズダイレクトを再び吸収する形で、冷凍食品そのものの通販事業に乗り出す可能性もあるのかもしれない。

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