「リトルムーンはこちらですか…」。

 3月9日、1人のシンガポール人女性が、大阪市内のビルの9階にあるヘアアクセサリー会社の小さなショールームを訪れた。マレーシアの友人に頼まれて、日本出張のついでに商品を買いに来たのだという。SNS「Facebook」が呼び込んだ顧客だった。

 Facebookページを開設して、たくさんのファンを獲得したい--。

 今、デジタルマーケティングに取り組む企業の多くが考えることだろう。Facebookページを設けただけでは、ファンはなかなか増えない。数万人規模のファンが集まるのは、有名でブランド力のある大企業がほとんどというのが現実だ。

 しかし、Facebookの流儀を理解して取り組めばファンは広がる。それを実証したのが、社員10人のヘアアクセサリーのSPA(製造小売り)企業、リトルムーンインターナショナル(大阪市西区)だ。

 同社は2月初めにFacebookページを開いて、5月6日時点でファン数は4万5000人を超えた。国内企業としては有数の規模となった。ヘアアクセサリーのEC(電子商取引)サイトとしては国内では名の知られた存在だが、Facebookでは既存顧客とは全く異なる海外ファンを開拓した。

いいね!と言ってもらえるものは何か?

 リトルムーンのFacebookページは文美月副社長が1人で運営を担当している。女性のヘアアレンジの参考になる写真や動画を日々投稿している。文氏は、「Facebookの本質は共感の世界。『いいね!』と思ってもらえるものをコンテンツとして出すべきで、売り込みばかりでは長期的な関係は築けない」と運営方針を語る。

リトルムーンのFacebookページ投稿例。ヘアアレンジ動画を紹介すると反応が良く、この投稿へは101件のいいね!がついた

 リトルムーンはECサイトでも、同社独自のヘアアクセサリー商品を使って髪をきれいにまとめる方法を、写真や動画で紹介して、売り上げを伸ばしてきた。その素材をFacebookに転用して、英語と日本語の説明をつけて投稿している。狙い通り共感を呼び、ファンの数は伸びていった。

 同社は「楽天ショップ・オブ・ザ・イヤー2006」の「ジュエリー・腕時計」部門のジャンル大賞を獲得するなど、楽天市場においては確固たる地位を築いている。しかし、受賞直後から文氏は競争激化を想定し、「いずれ売れ行きもピークを迎えるから、早期に販路を広げておくべき」と考え、自社サイトの強化やリアル店舗への卸売を進めてきた。

 Facebookページに対しては、海外向けECの可能性を安価に探る手段として期待をかける。海外のFacebookユーザーを強く意識して、桜の花や東京スカイツリーといった日本の良さを伝える写真、スイーツの写真、日本の有名モデルも愛用しているといった情報も織り交ぜて投稿している。

Facebook内広告、ファン獲得1件当たり十数円

 コンテンツの充実に加えて、ファン獲得を加速させたのはFacebook内での広告出稿だ。Facebookのサイトでは広告主が自ら写真と文章を組み合わせて広告原稿を作り、配信対象を設定した上で広告を掲載できる。リトルムーンは広告のクリエーティブとターゲティングに細心の注意を払って成果を上げてきた。

 Facebookページ開設以来、数十パターンの広告を掲載してきたが、基本的な方針は「毎日自分でできる、かわいいヘアアレンジの動画や情報がたくさんあるからチェックしてみてね、と書く」(文氏)ことだ。髪の毛のまとめ方を訴求することで、ほぼ全ての女性に関係する話題となり、ファンとなる確率が高まると考えている。

Facebook広告は配信先を細かく設定できる(画像は設定例で、実際にリトルムーンが設定した条件ではありません)

 Facebookの広告は会員属性に基づいて配信先を設定できる。リトルムーンは配信先をファッション、スキンケア、特定のブランドに関心を持つ人や、年代、地域など様々な条件で設定する。

 さらに「アジア向けには『kawaii』、米国には『sexy』『elegant』を訴求するため、国によって画像も変えている」(文氏)と、クリエーティブも配信先に応じて微調整している。さらに「同じ広告画像は3日たつと反応が落ちる」(文氏)ため、毎日、広告への反応を見てファンを多く獲得できるよう出稿条件を変更している。

 その結果、最近では1日2000円の予算で約350人のファンを獲得できるようになっている。ファン登録をコンバージョンとみなした場合のCPA(顧客獲得コスト)は十数円で安定している。開設以来の2カ月強(東日本大震災直後は出稿を停止した)の間で、数十万円の広告出稿で4万人以上のファンを獲得できた。

 ファンの国籍は海外が9割。「黒髪の人が多く共感を得られやすく、日本文化に親しみがある」(文氏)インドネシア、マレーシア、フィリピン、台湾などの東南アジア、東アジア地域が中心となっている。

楽天依存からの脱却にソーシャルメディア

 文氏は東日本大震災以降、ソーシャルメディアの重要性を切実に感じている。その一因は、通信トラフィックなどへの影響を理由に、楽天が震災直後にメルマガ配信をストップし、3月22日には再開したが配信を原則週1回に制限し始めたことだ。

 「ヘアアクセリーと検索して目的買いする人だけではマーケットは小さい。きれいになりたいと願うすべての人を対象ととらえ、主にサイトやメルマガでヘアアレンジを提案し、ヘアアクセサリーのベネフィットを伝える」(文氏)のが、リトルムーンの楽天市場での販促手法だった。

 そうしたメルマガの配信回数が減れば、売り上げ減少に直結する。今回の制限を機に「楽天市場でのメールマーケティングから脱却しないといけない」(文氏)と意を強くした。

 もっとも、最近はファン獲得のペースをあえて落としているという。Facebookで商品を紹介していないにもかかわらず、ファンからは「私の国ではどうやったら買えますか」「英語のサイトはありませんか」といった問い合わせが相次いでいるが、海外向けECの体制が追いついていないのがその理由だ。

リトルムーンECサイトの英語ガイドページ

 リトルムーンは現在、自社ECサイト、モール店舗、モバイル店舗の在庫情報を共通化して運営している。海外向け自社ECサイトを立ち上げて、その在庫情報も共有したいのだが、うまい管理方法が見つかっていないという。次善の策として、日本語サイトの使い方を英語で説明するページを用意して、日本の通販商品を海外発送する外部のサービス「転送コム」を案内している。

 海外向けECサイトの整備は、Facebook運営とは比べものにならないほどの人的リソースや投資が必要になるため、文氏は大きな決断を迫られている。「いいね!が多くて満足しても意味がない。ビジネスなので大事なのはここから」(文氏)というリトルムーンだが、少なくとも知名度やブランド力に頼らずとも、Facebookで5万人近いファンを獲得できることを同社の事例が明示している。

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