資生堂は2012年4月に、EC(電子商取引)モール事業に参入する。「ビューティープラットフォーム」(BPF)という名称で、同社の化粧品のほか、他社の美容関連商品も扱うため、今後、モールへの出店を呼びかけていく。開設時点では十数社の出店を目論む。美容関連製品を広く揃えることで、美容に興味のある利用者を広く集めて、自社の顧客基盤のすそ野を広げる考えだ。
新しいモールは、「『楽天市場』の美容品版を目指す」(資生堂)と言う。同社製品のほぼすべてに当たる約3000点の品揃えをモールでは目指す。そのほか、肌着やドライヤーといった美容家電などを扱う企業への出店も呼びかけていく。ある大手下着メーカーなども視野に入っているようだ。
まずは「1ジャンルにつき1企業」を目指していく。つまり、化粧品に関しては資生堂の製品のみを販売する。出店企業からはECモールの利用手数料をもらう。料金体系は月額利用料金とするか、あるいは売上高への課金とするのかを今後詰めていく。
ネット通販など、資生堂がデジタルマーケティングを強化するのは、リアルの店舗販売だけでは顧客獲得が難しくなってきている現状がある。
既存販路への配慮でECモール型に?
そもそも資生堂は、百貨店などに設置した店舗で、専門家がカウンセリングしながら商品を勧める対面販売に強味を持ってきた。メーカーによる直販は、既存販路から“中抜き”と捉えられる恐れもあった。それでは強みが弱みに変わってしまう。だから、ネット通販には慎重にならざるを得なかった。
ただ、そうも言ってられない現実もある。海外勢は次々とネット通販に乗り出し、一方で資生堂の主販路の1つである百貨店は顧客を集められなくなってきている。
仏ロレアルは日本国内で、先行してネット通販を展開していた「ランコム」に加え、今年2月には「シュウ ウエムラ」などのブランドもネット通販を始めた。「百貨店向けのブランドを中心にネット通販を拡大していく」(日本ロレアル)という。エイボン・プロダクツも5月からネット通販を始める。こちらは中期的には、ネット通販の売り上げを全体の5割に引き上げる計画だ。
化粧品のネット通販市場は成長著しい。経済産業省によれば、2008年の市場規模は前年比で22.0%増の1720億円となった。さらに2009年は同30.8%増の2250億円となっている。 どうも冴えないのが、資生堂の国内事業だ。2010年度、資生堂の売上高見通しは、海外が前年度に比べて21.7%増なのに対し、国内は3.9%減と頭打ち。とりわけ国内化粧品事業は、2010年10~12月期の売上高が前年同期比で5.4%減と落ち込んでいる。

資生堂は、ネットと店舗の連携を強化することで、国内化粧品事業の抜本的な立て直しを目指す。「ネット通販で売り上げを伸ばしてきた企業が店舗販売に乗り出しているように、リアルとネットいずれかの単独チャネルでは限界がある。双方の連携が重要になる」(資生堂)との判断からネット通販にも乗り出すことになった。
とはいえ、既存販路からの中抜き疑念は、そう簡単に払拭できるものでもない。だからこそ、単なるネット通販ではなくECモール型を選択したと考えられる。
多くの企業が出展し合うECモールなら、他社製品に関心のある顧客がモールに来たついでに資生堂商品を買ってくれる可能性もある。すぐにそこまでいかずとも、資生堂にとっての見込客に対して、メールマガジンなどでアプローチしてファンになってもらいつつ、その見込み客がモールで、あるいは資生堂の既存販路で買ってくれることが期待できる。つまりECモール型なら、リアルとネットのゼロサムゲームに陥ることを回避する可能性が出てくる。
ECモールにつく資生堂という“色”
集めた見込客を店舗へ誘導するため、資生堂のサイト機能も強化する。
まず、チャットやテレビ電話を通じて、オンラインカウンセリングを提供する。こちらも開始は来年4月の予定だ。専門家がネット経由で問診し、その人に最適だと思われる製品や使い方を勧める。すぐに購入したい人には新しいECモールを紹介したり、やはり実際に手に取ってみたいと言う人へは既存販路を案内する。
次に、既存販路の店舗を簡単に検索し予約できる機能も、資生堂の自社サイトに用意する。店舗サイドには、自らの店舗情報やキャンペーン情報を、好きなときに掲載できるようにする予定だ。こうした仕組みに賛同した店舗の責任者は、手元にあるパソコンの管理画面から店舗情報を編集したり、キャンペーン情報を掲載したりできるようになる。全国にある各店舗が、資生堂の自社サイトという共通プラットフォームを使い合うようになると考えればいい。
ECモールで集客した見込客を店舗に送る仕組みを整えた上で、ネットの会員と店舗の顧客情報をつなぎ、顧客ごとに最適な情報を提供するなどCRM(顧客関係管理)を強化する。この際の基盤となるのが「花椿CLUB」と呼ばれる会員組織だ。この組織、2009年度時点で558万人もの顧客が登録している。
同社はこれまでも、花椿CLUBの会員情報を基にして提供情報の選別をしてきた。例えば日焼け止め商品をメルマガで勧める際に、専業主婦には「子どもの送り迎えの短時間でもご用心」、OLには「日中の外出でも気をつけよう」といった具合だ。こうした会員情報と、ECモールでの購入履歴、そして店舗の利用履歴を一元管理することで、より極め細やかな情報提供を可能にしていく。

実のところ資生堂は、ネット通販市場への本格参入の時期を虎視眈々と狙ってきた。昨年8月に、子会社のイプサがチャットを活用したカウンセリング販売を始めている。まずは、子会社を通じて始めることで、既存販路からの反応や、ネット上での顧客動向を分析してきたのではなかろうか。そこから勝機を考慮して、資生堂本体での本格参入に踏み切ったと考えるのが自然だ。
ただ、最後に1つ疑問が残る。果たしてメーカー自身がECモールを手がけた場合、うまくいくかどうかという点だ。
そのECモールにはどうしても「資生堂」という色がつく。資生堂以外の化粧品メーカーからの反発を覚悟で、全く資本関係のない他社が快くECモールに参加してくれるかどうかは疑わしい。それが有力企業であればなおさらだ。
ECモールで成功していると言われる楽天市場や「Amazon.co.jp」には、こうした「色」がついてない。それもあって、参加企業は集まりやすく、消費者は選びやすい。
もっともこのECモール事業、ビジネスとして成否のどちらに転んでも資生堂に大きな痛手はないとも考えられる。うまくいくに越したことはない。もしモール全体の収益があまり上がらなくても、少なくとも資生堂の化粧品は売れる。国内最大手の化粧品群をあれこれ手軽にネットで買えるのは、このモールしかほぼないわけだから。おまけに、既存販路の関係者には、できる限りのことはやったのですが、と言い訳も立つとはうがった見方か。