スターバックス コーヒー ジャパンは3月16日、公式Twitterアカウントを開設して情報発信を始めた。米スターバックスによるソーシャルメディア活用の成功事例はよく知られるが、これまで日本は全く取り組んでいなかった。東日本大震災の5日後、大混乱の最中のスタートとなった。なぜこの時期のスタートとなったのだろうか。
「やるかやらないか、二者択一の決断でした」
スターバックスのマーケティング本部WEB/CRMグループの長見明グループマネジャーは、同社のTwitter開始は突然の決定だったと明かす。

開始した3月16日は本来、スターバックスの新しいロゴを掲載した新サイトへと刷新する日となる予定だった。今後、コーヒー以外の飲料も自社ブランドで扱うことを考慮して、「STARBUCKS COFFEE」の文字を取り払うという大きな変化だ。40年の社歴で数度変更しているが、1996年の日本上陸以降では初めて。記念すべき日となるはずだった。
サイト刷新を目前に控え、協力企業と追い込み作業の真っ最中の11日午後2時46分に起きたのが東日本大震災だった。
Twitterでも安否確認
長見氏は東京都渋谷区の本社で地震に見舞われた。その直後、電話が通じにくくなる中、個人のTwitterアカウントも使って関係者の安否確認を急いだ。週末には、予定していたキャンペーンの中止を決定するなど対応に追われた。
その中で長見氏が感じたのが、「“不測の事態”が起きたときに備えて、全パートナー(従業員)が通常ルート以外にコンタクトを取れる、情報を入手できる環境を持った方がいい」ということ。
従業員は通常、就業に関する業務連絡を店舗にある端末を通じて見る。しかし、首都圏でさえ店舗に来られない従業員もいる。
地震直後の経験から、少なくとも東京では通信手段としてネットが一番安定しており、どこでも情報発信、情報入手ができるTwitterが一番適切だと考えた。同じネットでも自社サイトでは、情報更新に使用するパソコンは制限をかけており、どこからでも更新するわけにはいかない。
そこで、週が明けた14日にTwitter活用について上司に相談し、15日には経営陣を説得して、16日にTwitterでの情報発信を開始した。マーケティング活用というより、緊急時の連絡手段としてのTwitterだったのだ。そのため、まずは従業員への周知を優先して、対外的な告知を開始したのは5日後の21日となった。
急きょスタートした形とはなったが、スターバックスの日本法人でもソーシャルメディア活用は、将来に向けた既定路線だった。
店舗に次ぐフォースプレイス
米スターバックスでは公式Twitterにフォロワーが約140万人、Facebookページには約2000万人のファンがおり、ソーシャルメディアを活用したマーケティングの先進企業として名高い。同社は店舗を顧客の自宅、職場に次ぐ第3の生活拠点「サードプレイス」と位置付けて顧客をもてなす。
近年は、ソーシャルメディアを「フォースプレイス」と名付けて顧客への情報提供を強化。顧客もFacebookページ上などに様々な応援メッセージなどを書き込み、1つのコミュニティとなっている。
ブランドが強く、ソーシャルメディアに窓口を作ればファンが一気に集うことは目に見えていた。だからこそ、日本法人ではなかなか開始に踏み切れなかったのだという。
長見氏が率いるWEB/CRMグループは、Webサイト、メルマガや、プリペイドカード「スターバックスカード」によるCRM(顧客関係管理)などを担当している。グループは現在8人体制。テレビCMを出さない同社にとって、新商品の認知経路は店舗が8割と最大のメディアとなる。ネットも店舗に次ぐマーケティング投資の対象であり重要度は高い。
WEB/CRMグループでは、昨年までスターバックスカードの利用率向上に注力していたが、各種キャンペーンを展開する上でもソーシャルメディア対応の必要性を感じていた。しかし、店舗で従業員が顧客とコミュニケーションするのと同じように、ソーシャルメディア上でも会社のカルチャーや背景をよく知った従業員が情報を発言する必要があった。
「発言をアウトソースするな」。それは全世界のスターバックスで共通の格言であり、TwitterやFacebookの運用を外注するという選択肢は無かった。
長見氏は人員増強の要望を社内で出し続け、今年2月に1人増員となっていた。そこでソーシャルメディアに“出店”することを決めた。
まず本格活用に先駆け、「ソーシャルメディアで会話する感覚を小さなところで身につける」(長見氏)ことを目的に、日本ではユーザー数が少ないFacebookへの取り組みを優先して、4月をめどにFacebookページを開設する予定だった。
ところが震災により、Twitterを急きょ開始することになった。フォロワー数は対外告知の開始から3週間足らずで1万4000人を突破し、予想通り増加を続けている。Twitterは専任者1人に対して長見氏がサポートにつく形で運営しており、今後増えていく問い合わせへ個別に対応できるか否かなどまだ手探りの段階だ。ただし、「ソーシャルは1つのお店のようなもの。開店した以上営業し続ける」(長見氏)覚悟は持っている。後回しになってしまったFacebookページも、近く開始する予定だ。

ソーシャルメディアの活用でスターバックスのデジタルマーケティングはどう変わるのか。長見氏は「Twitter、Facebookだからといって特別に期待するものはない」と冷静に見る。
WEB/CRMグループのミッションは、顧客のLTV(顧客生涯価値)の最大化だ。コーヒーは毎日のように飲むもの。ネットのマーケティングでは新規の顧客を開拓するより、利用頻度や顧客単価の向上が事業拡大の近道だ。それには、30万人の会員がいるメルマガやブログから自社サイトへ誘導して商品情報などを提供し、飲料のカスタマイズ、コーヒー豆やフードの購入などを促進することが重要となる。実際に「メルマガへの入会前後で利用金額が変わる」(長見氏)ことが分かっているという。
Twitterもそうした自社メディアの1つとして位置づけて、自社サイト、店舗への誘導に活用する。「つかず離れず、心地いい感覚の付き合いができる場所になればいい」(長見氏)。
自社メディア重視へシフト
大震災で景気の減速が予測され、マーケティング手法も変化が求められる可能性がある。しかし長見氏は「お客様の状況、競合の状況を把握して、言い方や気遣いの仕方は変わるかもしれないが、我々のブランドのパーソナリティを考れば今何をすべきは自然に見えてくる」と自信を見せる。ファンが多いスターバックスにとって、TwitterやFacebookはブランドの価値を伝え、顧客との関係を強化するために大きく貢献しそうだ。

そもそもブランド力のあるスターバックスのソーシャルメディア活用を真似ても、誰もがうまくいくわけではないのは確か。しかし、「発言はアウトソースするな」の原則を持って自社メディアを重視し、ブランドをよく理解した従業員がソーシャルメディアを通じて直接メッセージを伝える、という基本姿勢には学ぶべき点が多い。
マス広告に頼り、組織が細分化された大企業ほど、消費者と直接向き合うことは困難だが、安心・安全、企業への信頼感が問われる今こそ、既存の枠組みを改めて考え直すチャンスになるだろう。スターバックスの取り組みはそのヒントとなる。