トヨタ自動車は昨年12月に発売した新型コンパクトカー「ヴィッツ」のプロモーションに、国内では珍しいARG(代替現実ゲーム)の手法を採用した。ARGは1つの物語の世界観とストーリーの下に、マスメディア、インターネット、リアルな社会を横断して展開するユーザー参加型のゲームだ。この新手法の採用の背景には、自動車販売のマーケティングに対するトヨタの強い危機感があった。

 ヴィッツのマーケティング責任者であるトヨタマーケティングジャパンのマーケティング局マーケティングディレクターの上木裕子氏は、「いいクルマを出せば売れる時代ではない。お客様視点で、新しい売り方、新しいファンの作り方に取り組まないといけない」と語る。

 消費者がクルマに求める価値は大きく変わっている。初代ヴィッツがデビューした1999年当時、コンパクトカーは初心者、女性が主なターゲットだった。しかし近年は、もはや大型高級車にあこがれを抱かなくなった中高年層、車にはお金をかけたくない若者もターゲットとなる。そこで、3代目となる新型ヴィッツはハンドリング、乗り心地、デザインを一新した。

 そうした新型ヴィッツの特長を伝えるため、「100のヴィ学」というコンテンツをキャンペーンサイトで公開している。これは、ヴィッツのCMキャラクターの俳優の大沢たかおさんらが語る「顔を見れば、生き方がわかる。」のような“ヴィ学”(美学)を通じて、ヴィッツの100の特長を理解してもらうものだ。

100のヴィ学は俳優の大沢たかおさん、生田斗真さん、ヴィッツの開発陣がこだわりを紹介するコンテンツ

 しかし、単にコンテンツを公開するだけでは、既にヴィッツに関心を持ってサイトを訪れる人にしか見てもらえない。そこで、ヴィッツの認知拡大、理解促進のために、ゲーム、クイズを通じて自然に理解が深まり、バイラル効果も期待できるARGキャンペーンが実施されることとなった。

謎解きにヴィッツの特長を盛り込む

 美しすぎる謎の組織と呼ばれるグループ「ggg」。彼女らが、ヴィッツのCMに登場する少女が抱くテディベアを盗む。大沢探偵事務所の探偵見習いであるミサキは、テディベアを取り戻す挑戦をする――。

 これがヴィッツARGプロモーションのストーリーだ。実際には犯行予告のビラやポスターが2月19日の土曜日に東京・渋谷や名古屋市などのイベント会場でまかれた。

東京・渋谷で配布されたgggからの挑戦状

 21日8時30分にテディベアが盗まれたとの設定で、その直後に「Vitzの探偵さん、あの子のクマをいただきました」というポスターが渋谷へ貼り出された。ほぼ同時に、参加者がgggから出される謎をミサキらとともに解く「まとめサイト」がWeb上にオープンした。

 同日からARG専用のテレビCMやバナー広告も出稿。テレビCMでは、少女がテディベアを探す映像の後に「謎解きイベントWebで進行中」のメッセージと「テディベアを取り戻せ」の検索用キーワードを表示して、まとめサイトへ誘導した。

公開されたARGキャンペーンのまとめサイト

 ARG参加者が挑戦する謎解きにおいては、ヴィッツの特長を伝えることと、全国の人を巻き込むことを強く意識したという。例えば、参加者の位置情報を取得して都道府県ごとに違う画像を表示、それを付き合わせると謎が解けるようにした。

 すると、まとめサイト上のフォーラムで参加者同士の話し合いが進み、活性化していった。加えて、「違う県に住む友達をARGに誘う動きも出て参加者は広がっていった」(プロデュース局アド制作室の宮本紗織氏)という効果も生んだ。

 「最終的な狙いとしては、販売店に足を運んでもらうこと」と上木氏。ただし、今回のような初めてのARG企画で、一気に販売店まで巻き込むのは難しい。今回は参加者に、東京・池袋の総合ショールーム「アムラックス」まで来てもらい、そこで合い言葉を言うとカードがもらえてゲームが進行する、という企画を実施した。すると、謎解きの中で最大のアクセス数を稼いだことから、「ARGの販売店への誘引の可能性を感じた」(上木氏)。

 こうした謎解きをするフォーラムは、Twitter、Facebookのアカウントを使ってログインして、発言する仕組みにした。これで参加者のTwitter上の友達などにもフォーラムでの発言が伝わり、クチコミで話題が広がった。また、40万人以上のフォロワーを抱えるタレントのつぶやきシローさんを“情報屋”の「坪谷木」としてキャンペーンに起用して、Twitterを通じた話題の広がりを後押しした。

サイト利用者数は12万人強に

 フォーラムでの謎解きは25日の金曜日まで実施。27日には東京・新木場でARG参加者から約100人を招いたリアルイベントを開催した。別室でテディベアを取り戻すべく謎解きに奮闘するミサキ、坪谷木をネットを通じて手助けするものだ。映像はライブ動画配信サービス「Ustream」でネット中継し、会場外のユーザーも視聴、参加できるようにした。

東京・新木場で開催されたイベントには約100人が参加し、最後の謎解きに挑んだ

 こうした1週間にわたるプロモーションで、まとめサイト内のフォーラムに書き込んだのは約1000人、中でも「100~300人が積極的に関与して謎解きしてくれた」(上木氏)。サイト全体のユニークユーザー数は12万人強、ページビューでは100万を突破した。「人数的な目標は達成している」(上木氏)と評価する。

 このARGプロモーションで最終的に求められるのは、ARG参加者のヴィッツへの興味関心、購入意向がどれだけ高まるかだ。キャンペーン実施後の定量調査の結果からは、ヴィッツの商品特徴やイメージが理解されただけでなく、トヨタが他社に先駆けてARGという新しい取り組みをした点をほとんどの参加者が高く評価し、その結果、ほとんどの参加者がブランドや企業に対してポジティブな印象を持つように変化したことが判明したという。

 ARGは参加へのハードルが高いため多くのユーザーを集めるのは難しいが、参加者は深く関与して様々な行動を起こすため、態度変容への影響は大きいと言えるだろう。

 ただし、ARGのような参加型企画は一歩間違うと“炎上”するリスクや、盛り上がりに欠ける可能性もある。そもそもARGキャンペーンは実例が少なく未知数な面も多い。トヨタはどうやって実現したのだろうか。

 上木氏は「ARGに限らないが(参加型企画は場が)荒れると企業へのダメージにもなるので、最低限のリスクヘッジはした。それ以上は正直分からないことだらけなので進めながら考えた」と明かす。実際には、電通やARGを得意とするWeb制作会社のカヤック(神奈川県鎌倉市)などの外部企業、さらに日本のARG研究の第一人者である慶應義塾大学の武山政直研究会の協力も得て、同研究会との共同プロジェクトとして実施した。この体制がリスクを最小限に抑えることに貢献した。

 “炎上”より懸念されたのはARGが盛り上がるかどうかだったが、1週間という短期間で多くの参加者を集めることに成功している。これはまずヴィッツのプレゼント。そして、テレビCM、イベントでの告知ビラ、ARGの研究会との連携のように、様々な層に向けた告知手段を用意したこと。さらに、つぶやきシローのようなソーシャルメディアで告知力を持つタレントの起用、フォーラムのソーシャルメディア連携のように参加者を通じて自然と広がる仕組みを作ったこと…。

 毎月1万台以上の販売が求められるヴィッツならではの規模感と、ソーシャルメディアを強く意識した仕掛けが功を奏している。

上司、年次関係なくアイデア出した者勝ち

 新しいデジタルマーケティングを推進するトヨタマーケティングジャパンは、デジタルマーケティング時代に適した業務の進め方を探っている。その1つが「タスクフォース」制だ。従来、クルマのプロモーションでは、車種担当の1人が中心にやっていた。もちろん全部を1人でやっていたわけではないが、十分目が届かない部分もあった。

 従来なら、「(出稿先は)マスメディアに限られていたからギリギリまかなえた」(上木氏)が、今はインターネットだけでも無数のメディアが存在し、純広告の出稿以外にも様々な施策があり、自由度が高い分、飛び抜けたアイデアも求められるようになっている。

 そこで同社では、戦略を立てるマーケティングディレクター(MD)が中心になり、メディア、制作、店頭ツール、イベントなどの専任者が局を横断して集まり、MDの指示を受けたら各担当者が「やりきるまで責任を持って走り抜く」(宮本氏)体制になっている。その結果、従来と比べ機動力が増したという。

 職務が特化すると自分の範囲しか見なくなりがちだが、タスクフォースを作ることで、「Webサイトの業務に多く出る“隙間”の仕事をお互いにチェックし合い進めるようになる」(上木氏)効果が出ている。また、タスクフォースは“縦のライン”の関係ではないからこそ、「上司、年次関係なくいいアイデアを出した者勝ちにしたい」(上木氏)。ARGもそうしたチームの議論の中から実施が決まった。

 東日本大震災では多数の被災者が出て日本国民の心持ちも変わった。また中長期的に景気が冷え込むことも予想される。上木氏は「今回の震災を経て、企業はマーケティングやコミュニケーションに対して、『新たな答え』を用意する必要がある」と考える。

 震災後の数週間、大半のテレビCMは公共広告に差し替えられた。世の中の自粛モードを象徴する動きだが、それが長く続くことに対して、果てしてCMは不適切なものなのだろうかと上木氏は考えたという。本来のマーケティング、コミュニケーションとは、消費者が求める商品、サービスがあり、それを提供する企業がそれを知ってもらうための活動だ。消費者と企業がよりよい関係でつながるための活動である。その原点を大事にしながら「新たな答え」を探っていく考えだ。