ネット上の情報は玉石混淆。時にまったくのデマもある一方で、時に全国紙のニュース報道より先に情報を提供し、商品の売り上げを左右することもある。スマートフォンの中でも注目度の高い、ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ製「Xperia(エクスペリア)」を舞台に、それが現実のものとなった。

 NTTドコモは3月24日に「Xperia arc」を発売。これは、3月21日からの1週間で、スマートフォンの販売台数で1位を獲得した(BCN調べ)。好スタートにはネット上でのクチコミの盛り上がりも少なからず寄与したようだ。本誌が、ホットリンク(東京都千代田区)と共同で、同社のクチコミ分析ツール「クチコミ@係長」を使って2月3日~3月2日にブログと「Twitter」に投稿されたXperiaに関するクチコミ件数を調べたところ、確かにXperia arcが発表された2月24日にクチコミが集中していた。ところがその内容を分析してみると、NTTドコモの次世代Xperiaへの期待だけでなく、大きな別の要因があることが判明した。そこには、ある人物がTwitterに投稿した1つのツイートの存在があり、その内容が膨大な噂となってネット上に広まっていった。「Xperia arcは、auとSONYとの間で合意したそうです」というツイートだ。

 本誌は、渦中の投稿者(仮にA氏とする)にTwitterとメールで接触を図り、“噂”が広まっていった舞台裏を聞いた。

 「私には、移動体通信会社の情報に大変詳しい知人がいます。その知人から教えてもらった情報を、本人に許可を得た上でTwitterに投稿してきました。過去には、『IS01』のOSのバージョンアップが中止になるという情報を得てツイートしました」

 シャープ製の「IS01」は、KDDIが昨年6月に発売した同社初のスマートフォンでOS「Android1.6」を搭載している。KDDIは当初「Android2.1」へのアップデートを検討しているとしていたが、昨年11月16日にKDDIからバージョンアップの実現は不可能と発表された。この発表よりも20日以上も前の10月23日に、A氏は、バージョンアップが見送られる可能性があることをTwitterで示唆していた。

外部に漏れても支障のない情報だと聞かされていた

 「KDDIがXperia arcの発売を予定していることを初めてTwitterに投稿したのは、(今年の)2月1日のことです。先の知人に許可を得た上で投稿しました。私が知人から得ることのできる情報というのは、基本的に外部に漏れても支障のない情報だと聞かされていました。ですから、KDDIがXperia arcの発売を予定しているという情報について投稿したのも、気軽な気持ちからでした。投稿した時点での私のTwitterでのフォロワー数は約250人でしたが、1~2人から反応があった程度だったので、あまり関心がないのかな、と思っていました」

 最初にA氏がKDDIからもXperia arcが発売されるようだとTwitterに書き込んだ時は、3人からしかリツイート(RT、ほかのユーザーが再投稿すること)されていない。ところがこの後、A氏も予測できない速度でこの情報がネット上に一気に広がっていく。

噂の発端となったツイート

 「再び、KDDI版のXperia arcについてTwitterに投稿したのは2月7日でした。NECカシオモバイルコミュニケーションズ製の北米向け機種『G'z One Commando』が日本国内でも発売されないか、という話をTwitterでほかの人としていた時のことです。その会話の中で私はもう一度、KDDIがXperia arcの発売を予定していると発言したところ、その人が私の投稿をRTしたのです」

 「すると、その人にはたくさんのフォロワーがいたため、情報が瞬く間に広がっていったのです。私とその人のやり取りを見た、別のユーザーが『2ちゃんねる』のXperia関連の掲示板にXperia arcはKDDIが発売するらしいと書き込んだことも、情報波及の1つのきっかけとなったようです。この話題が伝言ゲームのように様々なところに飛び火したことで、ネット上ではNTTドコモからは発売されないようだ、といった憶測まで飛び交ってしまうこととなりました。私はXperia arcがNTTドコモからは発売されずに、KDDIから発売されるという趣旨で投稿したつもりはなかったのですが…」

 A氏が会話をした相手には、2400人超(4月8日時点)のフォロワーがいる。「Xperia arcは、auとsonyの間で合意したそうです」といった内容で投稿した2月7日のツイートは、100人以上にRTされた上に、そのRTをほかの誰かがRTするという連鎖が起こった。このツイートがネット上を一人歩きしてしまい、一部の人たちには、Xperia arcはNTTドコモからは出ないかもしれない、という誤解を与えてしまうこととなる。

 A氏にも多くの質問が投げかけられた。例えば、「Xperia arcは(NTTドコモが採用している通信規格の)W-CDMAと聞いていますが、(これとは異なるKDDIの)通信規格は大丈夫でしょうか」といった質問に対して、それぞれの通信規格に対応したものがあると回答している。NTTドコモからは発売されないのではという憶測に対して、誤解を解こうとしている様子がうかがえる。しかし、2ちゃんねるやブログなどで、後からこの話題を知った人たちが、A氏の弁明にまで目を通すことは少ない。

 A氏には過去に、OSのバージョンアップ中止の情報を、KDDIの発表前に書き込んだという“実績”があるだけに、それを知る人物が、Xperia arcに関する情報も信憑性が高いのではないかと2ちゃんねるに書き込んだ。さらに、この騒動に着目した人気ブログの「GIGAZINE」が、Xperia arcの発売を予定しているかどうかをKDDIに問い合わせた結果を記事にしたことなどで、さらにネット上は盛り上がる。これが、図の最初のクチコミのピークにつながった。

Xperiaに関するクチコミの推移(クチコミはブログとTwitterへ投稿された合計)

新機種発表会がクチコミのピークに

 これを後追いするかのように、全国紙までもが2月19日付の朝刊で、KDDIがXperia arcをベースに「おサイフケータイ」機能などを搭載した機種の発売を5月に予定していると報じた。

 こうして迎えた2月24日。その日、NTTドコモのスマートフォン新機種発表会がネット上で話題になるのも無理はない。NTTドコモの山田隆持社長がXperia arcを紹介すると、多くのクチコミが投稿された。NTTドコモとKDDI、双方のユーザーがXperia arcについてネットで言及したことで、24日のXperiaに関するクチコミは約4500件に達した。ちなみに、28日に開かれたKDDIの発表会では、全国紙が報じたXperia arcに関する言及はなかった。

 「発表前の情報であるにもかかわらず、私のような外部の人間に教えてくれるということは、情報をあえて漏らすことで市場の反応を見るマーケティング目的なのではないかと考えていました」

 今回のこの騒動について、当事者の1つであるKDDIに聞いたところ「把握はしていましたが、あくまでネット上の噂であり、企業としてコメントを出す必要はないと判断しました」との返答だった。

 「(確実な)ソースもない私の投稿がネット上に急速に広がっていく様子を見て、少し興奮すると同時に恐怖も感じました。ネットに投稿した内容に不適切な表現があり、非難が殺到して『炎上』する様子を見たことがありますが、今回の件はそれと同義だと思います。その後は、知人から公開を許可されている情報でも、自分の中でよく吟味してから公開するようにしています」