会社更生手続き中だった日本航空は3月28日、東京地裁から手続き完了の決定を受けた。その過程には、グループ全体で1万6000人もの人員削減、運行路線の削減、ホテルなどの非中核事業の売却といった劇的なリストラ策があった。明らかに厳しい状況にありながら、同社従業員らを支えてきたのは「安全、人が支えているサービス品質は下がっていない」という自負だったに違いない。
更生手続き中だった今年2月、同社は東京・羽田空港の機体整備工場の見学会を開いている。安全・品質を、ソーシャルメディアを通じて広く伝えてブランド価値を高め、航空券のネット販売を促進するのが目的だ。昨年に続いて2回目の開催となる。同社航空券のネット販売を紹介するアフィリエイト(成果報酬型広告)プログラムに参加するブロガーから21人が参加した。
パイロットが技量を披露
見学会は「整備工場見学」「フライトシミュレータ体験」「客室乗務員のお仕事解説」の3プログラムで構成し、2月19日、土曜日の午後1時から5時30分まで実施した。日航の安全に対する取り組みを、見学者を飽きさせずに楽しませつつ、ブログで話題にしやすいように伝えるため、構成には様々な工夫を凝らした。
例えば、フライトシミュレータ体験では、パイロット育成のために使用する本格的な機材を使用。見学者がシミュレータでの離陸、着陸を体験した後に、パイロットが「気圧の急低下」「右エンジンの停止」という緊急事態を想定した訓練を実施して、プロならではの技量を披露した。
客室乗務員(キャビンアテンダント)のプログラムでは、初々しい新人の訓練の模様をビデオで披露したり、機内で急病人が出た場合の対応方法を実技で紹介したりした。最後には見学者が客室乗務員と交代して、AED(自動体外式除細動器)と心臓マッサージによる心肺蘇生法を体験するという“サプライズ”も用意した(実際には一般の乗客が行うことはない)。
機体整備工場の見学では、整備スタッフが2時間かけて整備中の機体の内外など工場の隅々まで案内。ねじ1つでも紛失しないように管理する安全性を徹底的に追求する仕事を分かりやすく説明した。
通常は許可しないような部分まで案内し、撮影を可能として、ブログ記事の執筆意欲を高めた。

見学会は、パイロット4人、客室乗務員6人、整備スタッフ2人、そして事務局となるWeb販売部の4人の合計16人の体制で対応するなど、社内リソースの徹底活用で運営費用を抑えた。見学会の最中からTwitterを通じてクチコミが広がり、終了後には17人が36件の記事を執筆した(3月15日時点)。
日航のアフィリエイト活用は2008年2月に始まった。今回のイベントにも協力したASP(アフィリエイト・サービス・プロバイダー)のリンクシェア・ジャパンを通じて、現在は約7800のアフィリエイトサイトと提携している。
アフィリエイト売り上げは10億円
アフィリエイトサイトが日航のサイトへ誘導したユーザーがチケットを購入すると、1件当たり50円支払うのが基本的な報酬体系だ。「報酬は高くないがブランド力があるため提携サイトはすぐ増えた」(リンクシェア)こともあり、2010年のアフィリエイト経由の売り上げは約10億円に達している。
ただ、同年の日航のネット販売額(モバイルも含む)は全販売額の約3分の1となる約3000億円のため、アフィリエイト経由の売り上げはごく一部にすぎない。しかも、その多くはポイント還元サイトなどの法人が運営するサイトだ。今回の見学会に招いたような個人ブロガーを通じた販売は、金額で見ると一部にとどまる。
それでも、個人ブロガー対策に力を入れるのには理由がある。企業自身も気づかない切り口で製品やサービスの魅力や問題点を発見して、多数のサイトが多様な記事を書いてくれる。影響力の高いブロガーであれば、そうした記事が製品やサービス名の検索結果の上位に表示されて、購入を検討する人に見てもらえる。
見学会を企画したWeb販売部の佐々木康人Web・コールセンター企画グループ長は言う。
「(当社は)TwitterやFacebookは始めていない。アフィリエイトは販売手段の1つであると同時に、今日時点のJALにとってのソーシャル(メディア対策)だと思っている」
つまり、企業が自ら発信するのでなく、ブロガーの言葉を通じてソーシャルメディアへ日航の安全性、サービスの魅力を伝えてもらう。ブロガーは、販売代理店でもあり広報代理店でもある。その関係構築のための取り組みが工場見学だったわけだ。
重要な役割を担う参加ブロガーは厳選した。参加希望者には事前に、「ジャンボジェットの思い出」もしくは「今年こそ行きたい国内旅行」といったテーマでブログ記事をアップしてもらった。約50サイトの応募があり、「書いてくれた記事だけでなく、ブログをトータルに見て文章力のある人」(Web・コールセンター企画グループの澤田裕加氏)を中心に選考した。
見学会はWeb販売部が主導したが、他部署の協力がなくては実現しない企画だ。実施の3カ月前から各部署に依頼して、パイロットや客室乗務員のフライトスケジュールを調整して参加してもらった。記者も見学会に参加したが、客室乗務員の中には見学会の最中に「(更生手続き中という)こうした時期に我々に関心を寄せてくださりありがとうございます」と涙ぐむシーンもあり、部署を問わず一体感を持って取り組んでいることが伝わってきた。

こうした連携が実現した背景の1つに、昨年12月に実施した同社の組織改編がある。Web販売室がWeb販売部に昇格したことで、社内におけるポジションが高まった。旅行代理店の部門、出張需要を見込む法人部門と並んで、ネットを通じた売り上げの責任が強く求められる一方で、社内の各部署から人員を集め、それまでの倍増となる約30人体制になっている。
Web販売部は“動物園”
組織改編と同時にWeb販売部長に就任した西畑智博氏は、「現場、IT、マーケティング、珍しいところでは元客室乗務員など様々な人材が来ており、宴会の席では『(Web販売部は)動物園だ』と言っている」と冗談めかしながらも、各部署から集めた同部の人材を誇る。こうした人材がWeb販売部の力となり、大幅人員削減という厳しい状況下でも整備工場見学会を継続、充実させた。
自社でのTwitterやFacebookなどへの取り組みは「研究中」(佐々木グループ長)だ。「ブランディングにかかわるのでWeb販売部だけでなく、広報、宣伝、マーケティング、商品企画、お客様対応も横断的に入って研究している」(佐々木グループ長)。
Web販売部では、優先順位が高い課題として、ケータイやスマートフォン向けサイト、航空券と宿泊施設などを自在に組み合わせられるダイナミックパッケージ商品、海外向けサイトの充実など「20項目ぐらいが並んでいる」(西畑部長)と言う。
販売サイトの向上無くしては、集客、ブランディングに力を入れても効果が薄まる。国内線の個人顧客においては、ネット予約率が既に7割弱を占めているが、さらにこの比率を高めるのがWeb販売部の大きなミッションとなっている。
その一環として、3月31日にはスマートフォンからのアクセスをパソコン向けサイトではなく、スマートフォンの画面サイズにあわせた「JALケータイサイト」へ誘導するように変更する。スマートフォンからの航空券の予約、購入をしやすくするのが狙いだ。

日航は4月1日、ロゴマークに「鶴丸」を復活させる。1959年から2008年まで採用していたおなじみのマークだ。同時に、アフィリエイト提携するブログにも鶴丸のマークを使ったバナー広告が一気に広がることになるだろう。更生手続きが完了したとはいえ、東日本大震災が航空業界全体に大きな打撃を与える中、「新生JAL」はソーシャルメディアを強い味方に船出を迎えることができるだろうか。