試着もできなければ、素材感も伝わりにくい。インターネット通販の市場が拡大する中で、アパレルは最もEC(電子商取引)に向かないと言われてきた。それが今や、若者を中心にネットで洋服を買うのが当たり前になりつつある。
最近では前年比で2桁増と急拡大するアパレルのネット通販市場の立役者の1社。それがZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイだ。

2010年3月期の連結売上高は171億円と前期比で60%増を達成し、2011年3月期も37%増の235億円を見込む。その翌期は2倍以上の連結売上高との同社予想を発表している。前澤友作社長は、「近い将来には国内市場だけで、さらに10倍の5000億円規模に到達する」と強気だ。
飛ぶ鳥を落とす勢いのスタートトゥデイだが、その成長の裏側には、培ってきたブランドやコンセプトを一気に捨て去り、次なる成長ステージに移行する前澤氏の経営戦略がある。
主力の販売チャネルを捨てる
最初に捨てたのが「カタログ通販」だ。今ではアパレル専業ECサイトとして知られるZOZOTOWNだが、最初はCDの通販から始まった。かつて前澤氏はバンドマン。知人の音楽や海外のマイナーだが優れたバンドの音楽を一人でも多くの人に聴いてもらいたい、との思いから1998年にCDのカタログ通販を始めた。
転機は2000年に訪れた。その年は「楽天市場」がジャスダック市場(当時は店頭市場)に上場するなど、ネット通販が本格化した年だ。
「通販はいずれすべてネットに移行する」
そう考えた前澤氏は、毎月2万部以上も発行していたカタログ通販を一切やめ、全面的にオンライン化した。
普通に考えれば、強い販売チャネルは残しておいて、ネットとカタログの共存を目指しそうなものだが、前澤氏はネット通販だけに賭けた。前澤氏は言う。
「社長がカタログの価値は早晩なくなると考えれば、社内のカタログ事業は順次縮小していくことになる。それを担当させられた社員は働くモチベーションすら上がらなくなる」
古い販売チャネルを捨て去り、新しい可能性に集中して挑戦する。それが、社員のモチベーションを上げ、会社の成長にもつながった。
ブランドを捨てる
スタートトゥデイが売上高を12億4400万円から18億2500万円へと大きく伸ばした2005年3月期。この飛躍の陰では、それまで培ってきた「ブランド」を捨てた。
CDのネット通販は好調で利益が増えた。そこで、事業の拡大を目指してネットで洋服の取り扱いを始めた。テイストの近いブランドを集めて、それぞれ独自のサイトでセレクトショップを作り、各ショップの世界観でブランディングするというものだ。

セレクトショップの数は2004年に17まで広がっていた。ここまで増えると、複数のショップを気分によって使い分けるユーザーも多くなる。ただ、ショップをまたがった買い物はできなかった。
そこで、これらショップの商品を同時に検索して買えるように1つのサイトにまとめた。ネット上にショップが立ち並ぶ“街”である。これがZOZOTOWNの原型となる。これまで育ててきた個々のショップの「ブランド」を捨て去ることになるが、前澤氏は「ネット上の“街”という新しい価値の方がユーザーから面白いと思ってもらえる」と信じ、全面刷新を決めた。
このコンセプトに共感したのがユナイテッドアローズの重松理社長。ZOZOTOWNを作る際の有力な出店ブランドにユナイテッドアローズが名を連ね、後のビームスやシップスなどの出店への呼び水となった。2005年度以降の急成長の起爆剤となったのは言うまでもない。
同社は昨年11月に6年ぶりのサイト刷新をすると同時に、この“街”というコンセプトすら捨て去った。動揺する社員を前に前澤氏は、「良い商品がたくさんあって、それを横断的に検索して比較検討できる利便性がZOZOTOWNの強さの本質である」と社内を説得した。
街という概念で顧客を囲い込むフェーズは終わり、オープン化で顧客満足度を高める段階に入ったのだ。
顧客の囲い込みを捨てる
サイト刷新に合わせヤフーとの提携を発表したのは、このオープン化戦略の一環だ。ヤフーとの提携によって、「Yahoo! JAPAN ID」を使ってZOZOTOWNで買い物ができるようにした。購入時に取得できるポイントも「Yahoo!ポイント」を選択できるようにした。囲い込みをやめたことで、自社の顧客基盤を一気にYahoo! JAPANのユーザーにまで広げる効果が期待できる。
ただこれは、CRM(顧客関係管理)を捨てるという意味ではない。事実、同社では昨年11月にCRM部を新設している。サイトをオープン化することで、利用するIDが多様化して顧客との接点は曖昧になる。
その時こそ、アクセス解析のデータや顧客の行動から、欲しい情報をさりげなく提供する仕組みがより重要となる。「囲い込まない顧客マネジメント」(前澤氏)に取り組んでいくのだという。
「アパレルECで、世界を舞台に圧倒的な存在になる」という前澤氏は来期以降、一気に海外展開を進めていく。日本のブランドに興味を持つアジアの企業と連携して、現地でサイトを開設することなどが前澤氏の視野に入っているようだ。さて次は、どんな会社の資産を捨て去ってさらなる成長を目指していくのだろうか。
記事初出時、2005年3月期の決算数字が誤っていました。本文は修正済みです。 [2011/02/15 11:50]