今年に入ってから、上場廃止を目的としたMBO(経営陣が参加する企業買収)が相次いでいる。2月にはCD・DVDレンタルの「TSUTAYA」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ、ワインの輸入販売のエノテカ、「アート引越センター」のアートコーポレーションなどがMBOを実施すると発表した。
MBOの件数が急激に増え始めたのは2006年のこと。その1つが、焼肉チェーンの「牛角」を全国展開するレインズインターナショナルを傘下に抱えるレックス・ホールディングス(東京都港区)だった。外食産業市場の縮小による牛角の苦戦や、当時傘下にあったコンビニエンスストア事業のエーエム・ピーエム・ジャパンの不振などで業績が悪化。株式市場の短期的な評価に左右されない経営改革を目指してMBOに踏み切った。
「不採算店舗の統廃合などの立て直しが2010年に終わり、新たな業態の展開など、色々と物色し始めている」
レインズ執行役員経営戦略本部長の戸津涼氏は、自社の現状をそう表現する。エーエム・ピーエムの売却や店舗の統廃合などの改革を経て、再び成長路線を歩むべく、船を漕ぎ始めた同社がマーケティングの改革に活用したのがソーシャルメディアだ。多大な広告費をかけずに、タイムリーな情報発信やファン育成の可能性を秘めることが魅力に映った。
社長のTwitter問いかけに45件のアイデア
「今週は雨が降りそうだけど、どんなキャンペーンなら来てくれますか?」
レインズの西山知義社長は、ミニブログ「Twitter」の自身のアカウントで2万人を超えるフォロワーに問いかけた。首都圏では1週間を通じて降水確率が高い天気予報が出されていた。会議室では集客が見込みにくい雨の日に向けて、どんな施策を打つかの議論の真っ最中。西山社長が問いかけたのは、アイデアも出尽くして行き詰まってきた時だった。
問いかけには数分で45件のアイデアが寄せられた。アイデアを出したのはレインズの社員ではないが、同社や西山社長のファンであり理解者だ。一般公募して多数の意見を集めるよりその質は高い。このTwitterを契機に決めた、安くてボリュームがある雨の日限定メニュー「西山盛り」(248円)は発売早々から人気メニューとなり、来店者数の増加に貢献した。
レインズではTwitterを積極的にマーケティング活用する。「9つある全ての業態でアカウントを持って情報発信をしている」(戸津氏)。なぜ、そこまで力を入れるのか。その背景には同社独特のマーケティングへの考え方がある。

牛角は全国600店強と、同じ飲食チェーンでも大手ファストフード店と比べると半分程度。どこにでもあるというわけではないため、店を見かけてふらりと入るケースは少ない。とはいえ、チェーン店が故、その店に行きたいと思わせる強烈な個性を持つわけでもない。ふと目にしたり耳にしたりして“なんとなく”店に入る。そうしたきっかけで利用する顧客が多いという。
そこでTwitterは、消費者が「今日は何を食べようか」と考えた時に「牛角に行こうか」と思わせる“きっかけづくり”の役割を担う。230万人に配信するメールマガジンも来店促進に貢献しているが、「Twitterはオープンなため、顧客と双方向でやり取りする様子が、ほかのユーザーへの訴求にもつながる」(戸津氏)点はメルマガとは異なる利点だという。
この利点を最大限に生かすために、牛角のTwitterアカウント(@gyukaku29)では、「女子会やママ会を焼肉屋でやったりするのかなぁf^_^;)みなさん、いかがですかぁ」とフォロワーに問いかけて、牛角に行くきっかけをつくると同時に、寄せられた全意見に返信してフォロワーが何度も目にする機会を増やす。
また、割引は強力なきっかけづくりとなる。「本日のツイ割」と称して日替りでフォロワー限定のキャンペーンを展開している。店舗で、牛角アカウントのフォロワーであることをケータイなどで示すだけで、キャンペーン内容に応じた割引サービスを受けられるのだ。
記憶に新しいのは、1月のサッカーのアジアカップの日本戦。こうした大きなイベントがある時期は、自宅やスポーツバーに人が流れてしまうため、集客が見込みにくい。そこで、居酒屋の「かまどか」のTwitterアカウントで、「本日24時よりアジアカップ決勝!かまどかも応援しています!≪29日(土)30日(日)限定≫1時間500円飲み放題&お好きな牛串1本無料!!」「アジアカップ優勝記念≪31日~1日の2日間限定!!≫1時間248円飲み放題+お好きな牛串お1人様1本無料」といったフォロワー限定の割引企画を連日実施した。
「日本が勝ったし、飲みに行こうか!」と思った時に、このツイートが目に飛び込んでくれば、「それなら今日は割引もある土間土間にしようか」と、来店のきっかけとなることも期待できる。
レインズは店舗オープン前でもTwitterを活用している。新ブランドの名称をフォロワーから募集したのだ。
9月に新規事業として東京・笹塚に開設した、ステーキ・ハンバーグのレストラン「お肉だヨ!全員集合 バクテキ」は、Twitterのフォロワーからブランド名を募集して命名した。既に「渋谷ビフテキ」という名称で準備を進めていたが、これをひっくり返した。
自社のファンに名称を決めてもらえば、愛着を持ってもらい集客につながるだけではなく、宣伝も積極的にしてくれると考えたためだ。西山社長が自身のTwitterアカウントで、店舗写真などを公開した上で募集したところ、約1週間で400件を超える応募が寄せられた。集まったアイデアの中から、2つの名称を選んで合わせたネーミングにしたのだ。同社の狙いは奏功して1号店は好評を博し、12月1日には2号店を東京・渋谷に開店させた。
ソーシャルゲームで800人来店
来店のきっかけをつくるTwitterに対して、より直接的な購入に結びつくツールとして期待するのが、位置情報を活用したソーシャルゲームだ。可能性を探るために、ゲーム開発会社のsynphonie(東京都千代田区)が運営するソーシャルゲーム「ぼくのレストラン」で牛角のキャンペーンを1月に実施した。牛角で指定商品を購入して店舗の位置情報をゲーム登録したユーザーに、ゲーム内の仮想アイテムを提供したところ、開始1週間で約600~800人が訪れたという。
ぼくのレストランは、ユーザーが仮想のレストランのオーナーとなり、新メニューの開発や集客をして、店舗を大きくしていくゲーム。ケータイのGPS(全地球測位システム)情報を使って様々な場所で位置情報を登録することが店舗の宣伝となり、レストランのお客が増える。また、仮想通貨の「ゴールド」などを使うことで、希少な料理のメニューを入手できる。SNS「mixi」「モバゲータウン」「GREE」やオンライゲームサイト「ハンゲーム」で提供されており、ユーザー数は約220万人に達する。
牛角の企画では、対象店舗で「王様ハラミ」(725円)を購入して位置情報を登録したユーザーに、ぼくのレストランの仮想アイテム「牛角王様ハラミ」を提供した。対象となる店舗数は首都圏の55店舗で、各店舗100枚限定で配布した。
レインズでは西山社長が率先してTwitterを活用することで、顧客との直接対話やニーズの高いメニュー開発、キャンペーン展開が進んだ。ソーシャルメディアを活用したマーケティングは即効性は低いが、フォロワー、ファンが増えて交流が盛んになるにつれて効果も高まっていく。結果的には、レインズはMBOで非上場企業になったからこそ、中長期的な観点も持って活用を進められたともいえる。
「ソーシャルメディアマーケティングが定着する企業やブランドになれば、広告費が激的に減るはず。折り込みチラシも必要なくなる可能性がある」と戸津氏は期待する。既にマーケティングコスト削減以上の効果を得ている同社だが、今後、店舗別のTwitterアカウントを開設して地域に密着したマーケティングを展開できれば、コスト削減の効果は高まるだろう。