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ハイボールブームで2年連続の市場拡大に沸く国産ウイスキー業界。しかしブームはいつか終わる。アサヒビールニッカウヰスキーのブランド価値向上、ウイスキー飲用機会の増加のために、「ジャズや読書のお供にウイスキー」というライフスタイルの提案を続けている。新たに着目したのが、利用シーンの近い「iPad」だった。

 アサヒビールのiPad/iPhone向け無料アプリ「バー読 IN MY ROOM」が話題を呼んでいる。昨年12月9日に提供を始めた直後から、ミニブログ「Twitter」上で「おぉ、『バー読』のアプリがあるのか!」といった反応が相次ぎ、アプリのダウンロード回数は1週間で1万回を突破した。同社の目標を早々とクリアして、華々しいデビューを飾った。2010年のタブレット端末の出荷台数が50万台とされる中(IDC Japan調べ)、企業アプリとしては大ヒット作品だ。この成果は、同社の1年以上にわたる取り組みのたまものだった。

 「バー読」は、ニッカウヰスキーを子会社に持つアサヒビールが2009年に開始した「本をつまみにウイスキーに酔う」というライフスタイルの提案だ。これにより、ウイスキー市場の拡大を狙った。

 2010年の国産ウイスキー市場は、ハイボールブームが続き前年比20%増の見込み。3年連続の市場拡大となりそうだ。しかしブームはいつか終わる。勢いを定着させるには、ハイボールでウイスキーに親しんだ層を、さらに奥深いウイスキーの世界へ誘う必要がある。

 ニッカのネットマーケティングを担当するアサヒビール酒類本部宣伝部プロデューサーの八重川朋子氏は言う。「『(創業者名を冠した看板商品の1つである)竹鶴は高いけどおいしいよ』とストレートに伝えても飲んでもらえない。さりげなく伝えないと」。一方的な押しつけで物が売れる時代ではないというわけだ。

 そこでニッカの販促を担当する同社マーケティング第二部主任の藤澤聡子氏らと取り組んだのが、「ゆっくりとした時間にウイスキーを楽しむライフスタイルを提案する」(藤沢氏)というバー読だった。2008年からはジャズと共にウイスキーを楽しむ提案を始めており、その続編的な位置付けだった。

ウイスキーとiPadは似ている

 まず2009年10月の読書週間に合わせ直営店舗の「ニッカ ブレンダーズ・バー」で、書籍とウイスキーを共に楽しむバー読キャンペーンを実施した。翌年4月には丸善日本橋店でウイスキーと書籍のセット「“バー読” in My Room」を販売した。メディアでも取り上げられ反響を得ていた。

 その最中の5月に国内発売となったのがiPad。電子書籍端末としても注目を集めるiPadはバー読との相性が良い。そう考えた八重川氏が着目したのがその利用者層だった。「男女比が7対3、30~40代が65%、利用場所は自宅が95%、時間帯は就寝前が75%。一番リラックスした時間に使うというのは、ウイスキーをゆっくり飲むシーンと同じ」と考えた。そこでiPad向けアプリの開発を決断し、7月にバー読 IN MY ROOMの開発に着手したというわけだ。

 完成したアプリは、ジャズと読書を楽しみながらウイスキーを飲むというこれまでの活動を集約したものとなった。iPadでジャズ(45秒の試聴)を聴きながら、全60作品のショートストーリーを読める。

 このアプリには、業界横断のコラボレーションで出来上がったという特徴もある。音楽はEMIミュージック・ジャパンが選定しており、気に入った楽曲はアプリからアップルの音楽配信サービス「iTunes Store」などへアクセスして買える。ウイスキーに合う書籍は丸善が選んだ。こちらも「Amazon.co.jp」内の丸善のネットショップで購入できる。

 ショートストーリーは、自社Webサイトの47作品を転用し、13の書き下ろし作品を追加した。合計60作品を6カ月にわたって10作品ずつ更新していく。新しいコンテンツを定期的に提供することで継続的な利用を狙う。過去の資産の流用もあり短期間で比較的安価に開発できたという。

企業色を露骨に出さない

 開発において最も配慮した点は、ニッカという企業色を露骨に出さない点だった。アプリで表示する本棚風の目次画面において、ウイスキー情報に誘導する商品写真を何番目に表示するかなど十分な配慮をした()。ショートストーリーに登場するニッカ製ウイスキーへの誘導も控えめに。「遊びに使う端末で企業色を強く出しては嫌われる」(八重川氏)との配慮からだ。

図 “バー読”活動でウイスキーの良さをさりげなく伝える

 気配りの甲斐あって、バー読アプリは、iPhoneのアプリ販売サービス「App Store」内の電子書籍の「注目の新作」欄で紹介されてランキングの上位に入り、ダウンロード数はさらに飛躍する好循環を生み出した。

 iPhone/iPad向けアプリの開発は、アサヒビールにとって初めてだっただけに、「上司の説得には苦労した」と八重川氏。説得の際に設定した目標ダウンロード数は、アプリを制作したPR会社のビルコム(東京都港区)の情報を参考に決めた。今後は、アプリがニッカのブランド価値の向上にどれだけ貢献したかをアンケートで追跡していく予定になっている。

 iPad向けアプリの制作は1000万円以上かかることもあるが、コンテンツは流用でもiPadの端末特性を十分考慮すれば利用者に新しい体験を提供できる。バー読アプリの成功が、それを物語っている。

◆iPadは就寝前に使われており、ウイスキーを飲むシーンと一致していた
iPadは就寝前に使われており、ウイスキーを飲むシーンと一致していた

■社名:アサヒビール ■本社:東京都墨田区 ■社長:泉谷直木氏 ■従業員数:3719人 ■事業内容:ビールなどの国内酒類事業、グループ会社を通じた飲料、食品事業などを展開。ニッカウヰスキーはグループ会社としてウイスキーなどの製造に特化 ■URL:http://www.asahibeer.co.jp/ http://www.nikka.com/

八重川 朋子 氏

八重川 朋子 氏
酒類本部マーケティング本部宣伝部
プロデューサー

iPadアプリの開発に当たっては、「どこまで企業色を出すか」で悩んだと言う。


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