1月29日、電気自動車(EV)「リーフ」を使ったカーシェアリングの実証実験が、日産自動車のお膝元、横浜市で始まる。モニターの1次募集には定員を上回る約300人が申し込み、EVやカーシェアリングへの関心の高さを印象づけた。
この実験は住宅や車などをネットワークでつなぎ統合制御する、総務省の「スマート・ネットワークプロジェクト」の一環で、バンダイナムコゲームスとNEC が、横浜市の横浜みなとみらい21地区で実施するという内容だ。モニターはリーフの運転や充電などを体験して、アンケート調査で意見を寄せる。
実験の本来の目的は、EVを使ったカーシェアリングサービスの実現に向けた通信規格の策定などだ。ただ、EVの普及で先陣を切る日産にとっては、まだ認知度の低いEVを消費者に実際に体験してもらい、興味を喚起する絶好の機会とも考えられる。
カーシェアリングは、注目の消費トレンド「シェア」の典型例だ。1つの製品を複数人で使いあう「モノの共有」によって、消費者は商品を購入、所有することなく、好きな時に必要な分だけを利用して、維持費用などを安くするメリットがある。カーシェアリングの広がりは自動車メーカーにとって、車が売れなくなる要因の1つと考えられなくもないが、発想次第ではマーケティング、販促に活用できる可能性もある。
米国で普及するカーシェア
カーシェアリングは米国で既に一般層にまでその利用が広がっている。米最大のカーシェアリングサービス「Zipcar(ジップカー)」は2000年に創業して、急速に全米そして世界に営業地域を広げている。「ジップカード」という登録カードを持つ顧客は米国、カナダ、英国で53万人に達している。
21歳以上で運転免許証を持っていれば誰でも登録できる。入会後、ジップカーのWebサイトで車を使いたい時間帯を入力し、その時間帯に使える車種とその駐車場の一覧から好きな車を選ぶだけだ(図1)。ネットを使って申し込みが完了すると、メールで暗証番号が送られてくる。それを、予約した車のある駐車場のゲートで入力して、お目当ての車のフロントウィンドウの上部にジップカードをかざすと、扉の鍵が開くという仕組みだ。乗車すると、車のキーが車内にあり、すぐに出発できる。
車を所有すると、ガソリン代やメンテナンス費用、大都市では高い駐車場代などがかかってしまう。ジップカーは必要な時だけ、必要なサイズの車を借りられる。25ドルの入会金、60ドルの年間契約料はかかるが、利用料金は1時間8ドルからで、ガソリン代、メンテナンス代、保険料は込みになっている。
例えば、小さな子供がいて平日には買い物に行きづらい夫婦が、週末に2時間だけジップカーを借りて、「コストコ」のような大型ディスカウント店に行き、1 週間分の食料を購入する際に利用する。また、家具など大きな買い物をする際に、1~2時間だけ借りたり、週末に複数の友人と一緒に大きめの車種を借りたりするなど、使い方は様々だ。ジップカーを使えば、車を所有するのに比べ、月に600ドル、年間で7200ドルの節約になるという。
ビジネス向けのメニューも用意しており、グーグル、任天堂、ギャップなどが本社キャンパスなどで利用している。大学のキャンパスでの利用も着実に増えていて、マサチューセッツ工科大学(MIT)、プリンストン大学、シカゴ大学などが契約し、250の大学キャンパスに導入されている。以前は、車を持っている学生に頼み込むものだったが、今の大学ではジップカーで広いキャンパス間を行き来できるようになった。
より効率的に車を利用したいというニーズの高まりは、日本国内でも同様だ。オリックス自動車の運営するカーシェアリングサービス「オリックスカーシェア」の会員数は、2010年3月末時点で9000人だったが、9月末には2万4000人へと増えた。
マツダレンタカーと駐車場運営のパーク24のカーシェアリングサービス「タイムズプラス」も、2009年末に4000人だった会員数を、2010年末には約3万人へと大きく増やしている。
ユーザーが急拡大する理由としては、2010年にカーシェアリングというキーワードとその有益性が消費者の間で浸透してきたことが挙げられる。調査会社のクロス・マーケティングが首都圏在住の2000人に対し実施したカーシェアリングに関するアンケート調査によれば、その認知度は9割に達している。
こうした中、個人間で車を「シェア」できるサービスも登場している。このサービスは、ディーラーでの試乗に近い役割を担う可能性もある。
個人間の車賃借をマッチング
ネットサービス運営ベンチャー企業ブラケットの「CaFoRe(カフォレ)」は車の貸し手と借り手をマッチングさせるWebサイトだ(図2)。「日本の乗用車の稼働率はとても低い。活発に利用されれば、そこに新しい消費が生まれる」という光本勇介社長の考えから生まれた。現在、貸し手と借り手を合わせて、約5000人が登録している。

「車を手放す人が増えているが、維持する負担をほかの人とシェアできれば、手放すのを食い止められるはず」と光本社長は語る。確かにオーナーが維持費をほかのカフォレユーザーとシェアできれば、車を持ち続けようと思うかもしれない。あるいは、寿命が訪れた時には買い替えを考える可能性もある。
「車を手放すことも考えていたが、愛着もあったし、カフォレを利用してみて考え直した」
東京都品川区在住の小川智史さんは、所有するSUV(多目的スポーツ車)「シボレー・ブレイザー」を、2009年からカフォレで1日3500円で貸し出している。「貸し出す日が最も多かった月には、1カ月で3万円の収入になり、駐車場代が浮いた」と満足気だ。
また、人に貸し出すようになったことで、「こまめにガソリンスタンドで洗車したり、空気圧を確認したりと車に触れる機会が格段に増えた」と、以前よりも車を大切にするようになったことを実感している。
他人に車を貸し出すことについては、「サービス提供側で保険などが整備されているし、まだ利用者も限られているので、そこまで不安はない」(小川さん)。これまでに車を貸し出した回数は25回で、一度もトラブルはないという。
ただ、ユーザーが増えてきた時には、例えばTwitterなどで素性が分かるようにサービス側で対応をお願いしたいと語る。今後は、借り手としてホンダのスポーツ車「S2000」を試してみたいそうだ。
実は、小川さんのような“試乗代わり”の目的でカフォレを利用するユーザーも多い。「ホンダの『インサイト』が貸し出された時はすごい人気だった」と光本社長。「購入を検討している人が集まった」との見方だ。車の購入を検討していても、ディーラーでの試乗は、その後にセールスを受けることを懸念して腰も重くなる。
カフォレなら1日数千円で注目の車を気軽に運転できる。自社の製品にまず乗ってもらいたいと考える自動車メーカーにとっても、マーケティングの場となる可能性もある。
貸し出されている車は、国産車から、フェラーリやポルシェといった外車まで様々で、160台以上が登録されている。1日当たりの利用料金は、国産車でレンタカーのおよそ3分の1程度の2500~3000円で設定している貸し手が多い。
時間と距離を越えて人と人を結びつけるネットは、カフォレのように従来不可能だと思われたことも容易に実現してしまう。しかし、それにより現行の法制度の枠組みまで越えてしまうこともままある。
原則として、乗用車を有償で貸し出すには、国土交通省の運輸支局が定める「自家用自動車の有償貸渡しの許可基準」に基づき、事業許可を受ける必要がある。これは、個人も例外ではない。カフォレでは借り手が支払う料金を、車の「レンタル料」ではなく、貸し手との「交渉料」という形式にすることで、この問題を回避している。
車を使ってもらうことが、新しい消費につながるという考えに基づいて生まれたカフォレだが、その考えは何も車だけに当てはまるものではない。そうした考えを、既にマーケティングに生かしているソニーマーケティングの事例を続いて紹介しよう。
レンズレンタルで購入意欲向上

レンズの交換が可能なデジタルビデオカメラ「NEX-VG10」などの購入者向けに、同社が所有するレンズを貸し出すサービスを展開
同社はデジタル一眼カメラ「NEX-5」や、レンズ交換式のデジタルビデオカメラ「NEX-VG10」などの購入者向けに、交換レンズのレンタルサービスを展開している(図3)。
該当機種の購入者は、数千円のレンタル料で、高額な交換レンズを利用できるようになる。レンズの種類は全部で28種類が用意されている。例えば、同社の EC(電子商取引)サイト「ソニーストア」で7万1400円で販売しているズームレンズであれば、2泊3日で3480円で借りることができる。ソニーマーケティングが所有するレンズの価値を、顧客とシェアしているわけだ。
入門機種や女性向けの軽量な機種の登場で、一眼デジカメは性別年齢問わず、広く使われるようになった。その魅力の1つは、レンズを交換することで、広範囲な写真や被写体に近距離まで寄った写真など、本体を買ったときに付属するレンズとは違った写真を撮影できることだ。
ただ、交換レンズは高価なものが多く、中には本体よりも高価な場合もある。カメラの初心者には、数万円のレンズの有用性はWebサイトや紙のカタログだけでは伝わりにくく、そうしたライトユーザーが販売店で試用するとも考えにくい。
それであれば、低額のレンタル料でレンズを貸し出して、利用者に好きなシチュエーションで自由にレンズを使ってもらい、楽しみを手軽に体験してもらう。そこで交換レンズを使う楽しさを味わってもらえば、何かの機会に今度は自分でレンズを購入してみよう、となるきっかけ作りを狙ったという。
企業、あるいは個人が持つモノの価値を共有する。そうして、新しいニーズを生み出していくマーケティング手法は、今後様々なジャンルの製品に広がりそうだ。次に紹介するトレンドは「モノの交換」。ブログやSNSを通じた交流で信頼関係を築いた者同士の間でモノを売買する動きが起こっている。