※この記事は、「【特集】消費者契約法改正論議の真実(1)「広告」は「勧誘」か? 消費者団体と事業者側で平行線」の続きです。

 「広告が勧誘とみなされたところで、嘘をつかなければいいだけでは?」──。消費者に誠実に向き合ってEC事業を展開している事業者はそう考えるかもしれない。積極的に消費者を騙す意図で嘘をつくことは詐欺そのものであり、取り消しの対象になってしかるべきだ。ただ注意が必要なのは、同法が規定する不当勧誘は、「事実と異なることを告げる」こととなっていて、意図的な虚偽よりも広く解釈することが可能だ。従って悪意のないミスも含まれうる。本誌読者で顧客を騙そうとしている人はゼロだと思うが、広告等の表記で常にノーミスの自信がある人は多くないだろう。

意図的でないミスも処罰対象に!?

 考えるための実例を挙げよう。「新素材採用でバツグンの通気性」「従来品の11倍」などと広告していたベビーカーに対し、2年前の2013年暮れ、消費者庁が景品表示法違反(優良誤認)で再発防止を求める措置命令を出した。対象となったのは、アップリカ・チルドレンズプロダクツ(大阪市中央区)のベビーカー「エアリア」シリーズ6製品。2013年3月の発売で、販売台数は約7万台に上っていた。

アップリカ・チルドレンズプロダクツのベビーカー「エアリア」シリーズは通気性の高い新素材の採用をアピールしていた
アップリカ・チルドレンズプロダクツのベビーカー「エアリア」シリーズは通気性の高い新素材の採用をアピールしていた

 東洋紡の新素材クッション「ブレスエアー」を座面部分に採用したことで、従来のウレタン素材に比べて通気性が高まり、汗をかきやすい赤ちゃんでもムレにくく快適という触れ込みだった。が、なんと同社はその素材をあろうことかほとんど通気性を持たないポリエステル素材で包んでしまったため、実際は通気性ゼロであることが同庁の調査で明らかになったのだ。

 他素材に比べれば安価ではないブレスエアーを搭載していることは事実。従って、快適だと意図的に嘘をつき高く売りつけたわけではない。ポリエステルで安易に覆ったのも、肌触りの良さを考えてのことだ。

 同社は安全性の問題はないことから返品には応じず、お詫びとして汗取りマットやレインカバーなどの自社商品を提供する対応を取ったが、購入者は当然納得しない。対応についても批判を受けた同社は、措置命令から約1カ月後の2014年1月下旬、購入者に2つの選択肢を提示した。一つは、通気性のある改良シート部品を郵送し、購入者に取り替えてもらう。取り替えに際しては、手順説明書を同梱したほか、YouTubeでも取り外し・取り付け方の解説ムービーを公開した。もう一つは、2014年5月に発売になる通気性を満たした新商品「フライル」を送り、エアリアと交換する。この対応策が出たことで騒動は鎮静化した。

事業者の苦難が消費者に戻る

 消費者契約法で勧誘に広告等が含まれ、事実ではない表記が不実告知に当たる場合、購入者はまず購入した店舗やECサイトなど小売り側に契約取り消しを求めて返品・返金を請求することになる。小売りはメーカー側に返金を求めたいところだが、実際に応対してくれるかどうかは微妙だ。中小・零細メーカーであれば小売り側を道連れに、倒産、逃亡もあり得る。そうなれば返金を受けられた購入者と、出遅れて返金を受けられなかった購入者が出てくることも考えられる。部品の取り替えや新商品との交換といった落としどころを見い出して対応する方が、小売り、メーカー、消費者とも“三方よし”になりうる。消費者保護のための規制強化が、現実には必ずしも保護にならない可能性もあることは、想定しておいた方がいいだろう。

 事業者側にとって怖いのは、機能・性能には影響のない些細な表記ミスも、不実告知になりうる可能性がぬぐいきれないことだ。極端な話、「タレントのAさんも愛用」と広告等に記したが、実際は愛用者ではなかったことが明らかになった場合、「その広告を見てAさんファンだから買ったのに」という購入者が現れれば、不実告知に該当しないとは言えない。これによって、数年利用されて中古市場でも値が付かないような商品を返品され、購入価格を返金する事態になったら、事業者側のダメージが大きすぎる。その噂を聞きつけた購入者がソーシャルメディア上で結束し、同じ理由を挙げて返品・返金を求めたら、事業者によっては一気に経営危機の到来になる。

 このような例がまかり通るようであれば、小売り業者はそれまで商品を魅力的に見せるために独自に取り組んできた店頭POPなども控えるだろう。余計なことを書いて間違えば損失が大きくなるからだ。それが果たして消費者のためになっているのか、考えてみる必要がある。

特定商取引法も見直しが進む

 通信販売や訪問販売、電話勧誘などを対象とする特定商取引法(特商法)でも現在、専門調査会が開かれ、見直しの議論が進んでいる。

 ここでもやり玉に挙がっているのはECだ。2014年度、国民生活センターにはEC関連だけで24万4000件もの相談が寄せられた。4年前の2010年度比で1.6倍近い伸びを見せている。もっとも内訳を見ると、約11万件がアダルト系、約7万件がオンラインゲームなどのデジタルコンテンツ系で、商品取引にまつわるトラブルは5万8000件ほどである。それでも2010年の約2万件から比べ、3倍弱の増加となっている。

ネット通販トラブルの相談件数
ネット通販トラブルの相談件数
ネット通販の相談事例(国民生活センター)
ネット通販の相談事例(国民生活センター)

 そのため特商法でも、虚偽表示・誇大広告に対する取消権が取り沙汰されている。不当なネット広告によって購入に至った件については、訪問販売でクーリングオフが認められるように、ECでも契約取り消しが認められるべきとする内容だ。やはり8月にまとめられた「中間整理」では、「消費者契約法専門調査会における議論の推移も注視しつつ、必要に応じ、更なる検討を行うこととする」としていた。

 消費者契約法で勧誘要件に広告等を明記するところまではいかない見込みのため、特商法で法制化を目指す動きに勢いがつきそうだ。これが国会を通って法制化が実現した場合、虚偽・誇大広告を理由に、消費者本人または消費生活センターから、取り消し・返品を要求されるケースが増えることが予想される。そう簡単に虚偽・誇大広告には該当しないにしても、こうした要求への対応コストが増えるであろうことは、EC事業者にとっては頭痛のタネだ。

 多くのIT企業が参加する経済団体、一般社団法人新経済連盟(東京都港区)は、今回の一連の改正議論で先頭に立って論陣を張っている。新経連の片岡康子氏は「事業者側として承服しがたいポイントはしっかり指摘していきたい」と意欲をみせる。その活動には敬意を表したい。

 一方で新経連はその成り立ちから、楽天が率いるイメージが強く、新経連のアピール内容が支持されるかは、良くも悪くも楽天の好感度に左右される面がある。

 そんな中、楽天は2015年11月、楽天市場でレビュー投稿を条件に値引きや送料を無料にするキャンペーンの禁止を出店店舗に通達した。これまでは、消費者がレビュー欄で商品の評判を探ろうにも「届くのが楽しみです」といったコメントばかりで参考にしづらかった。それでもレビュー数が多い店舗ほど楽天市場内SEO(検索エンジン最適化)で優位に立てるとの評判から、無意味なレビュー増に歯止めがかからなくなっていた。2015年3月に好意的なレビュー投稿を請け負うステマ業者の存在が明らかになった際も、楽天は被害者ではあったが、質の低いレビュー欄を放置したためにつけ込まれたとみる向きが多かった。

 遅きに失した感はあるが、悪習を絶ちきる決断もまた容易なことではない。店舗のみならず多数の楽天ユーザーにもアピールして、購入検討者の参考になるレビュー投稿をお願いした方が、「好かれる楽天」に近づくだろう。

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