米国の年末商戦ブラックフライデーでは50インチのスマートテレビが日本円で約2万円台で売り出されていた。ことほど左様に米国ではスマートテレビの価格下落が進んでおり、2017年は一気にIP放送、OTT(オーバー・ザ・トップ)放送を含むネット放送での視聴が広まる気配がある。そのコンテンツ配信の鍵を握るのがテレコム企業である。

 米国最大手のテレコム企業AT&Tによる、9兆円規模(約854億ドル)と言われる米映像コンテンツ企業タイムワーナーの買収は、日本でも大きな話題になっている。しかし注目すべきは、AT&Tが2015年に約5兆円(480億ドル)で買収した衛星放送DirecTVのコンテンツを、ネット経由で視聴できるようにするサービス「DirecTV Now」を2016年12月から開始したことだ。タイムワーナー買収は、このサービスの延長線にある。

テレコム企業がテレビ番組を配信

 DirecTV Nowの開始は放送と通信の歴史において非常に大きな出来事になるだろう。DirecTV契約者の約2000万世帯は、2020年ごろには衛星を受信するパラボラアンテナが不要になる。テレビ映像が電波やケーブルTV回線を経由せずにAT&Tのネット回線経由で届くことになり、AT&Tの事業モデルが大きく転換することを意味するからだ。

 この事業のビッグ・モデルチェンジを進めるために、同社は5兆円規模の買収をした翌年に、さらに9兆円規模の超巨額投資をしたわけだ。日本のソフトバンクによる2013年のスプリント買収は約1.8兆円、2016年のARM買収は約3.3兆円であり、米国の動きとは規模とスピードとがまるで違うことがわかるだろう。

「DirecTV Now」を申し込んでみたが、あっけなくスマートフォンでESPNを見ることができた
「DirecTV Now」を申し込んでみたが、あっけなくスマートフォンでESPNを見ることができた

 AT&Tの加入者はFOX、NBC、ABC、ESPNといったメジャー100チャンネルが月額4000円(35ドル)でスマホのアプリから視聴できる。日本でもドコモの「dTV」や「auスマートパス」といったサービスがあるが、全く次元が違う。AT&Tのサービスをやや乱暴だが、日本に置き換えて言えば、NTTとドコモとが合併をして、フジテレビや日テレの月曜9時のドラマもニュースも全てのテレビ・コンテンツをネット上に解放した(ネットで見られるようにした)、というイメージだ。巨大なテレコム・メディア事業体が誕生したと言っても良いだろう。

 筆者は先日、このサービスを実際に申し込み、スマホで閲覧してみたが、申し込みプロセスはスムーズだった。ケーブル配線の予約も不要だし、セットトップボックスなどのデバイスも要らない。クレジットカードの登録のみで、あっけなくスマホでESPNを見ることができた。まさにテレビ番組が「YouTube感覚」で見られるのだ。

 米国のトランプ次期政権がAT&Tによるタイムワーナーとの合併をどのように承認するかという問題はある。実際、既に現政権も、「ネットの中立性の保持」に関してAT&Tに正式に質問を投げかけている。AT&Tのモバイル回線契約者がDirecTVの映像コンテンツを見る場合、「ゼロレーティング」と呼ばれるサービスを付与する方針だからだ。これは、特定のサービスのトラフィックについては月次のデータ容量制限に含めないことを指す。つまり、AT&Tのモバイル契約者はYouTubeの映像を見るとそのトラフィックは容量に計上されるが、DirecTVの映像は無制限に見放題になるという「不平等」が発生することになる。今後の司法の判断が待たれる。

広告の位置付けが変わる

 ネット放送サービスはほかにも、テレコム回線大手ベライゾンは「Go90」、ケーブル回線最大手コムキャストは「XFINITY」というサービスを展開している。グーグルも「アンプラグド」の名称で、CBS、ディズニー、FOX、バイアコムのネットワーク系テレビ局とコンテンツ契約を行い、月額約2750円~4400円(25ドル~40ドル)のサービスを開始する発表した。視聴者から見れば、ネット放送のメニューは既に競争過多の状況になっている。

AT&Tの競合ベライゾンが提供する「Go90」の画面。前ページの写真と同じくESPNチャンネルを選択した様子。無料で広告ありのモデルだ
AT&Tの競合ベライゾンが提供する「Go90」の画面。前ページの写真と同じくESPNチャンネルを選択した様子。無料で広告ありのモデルだ

 では、こうした動きに対しマーケターはどう反応すれば良いのだろうか。明確に言えるのは、テレビ、ビデオ、映画などのコンテンツが、広告にサポートされない形で視聴されることが増えるということだ。一方で広告収益によって配信されるコンテンツへの広告配信は、プログラマティック化によって利便性は上がるのだが。

 身近な例としては定額動画配信サービス「Hulu」を思い浮かべれば良いだろう。ローンチ当初は、「安価で広告付き」のメニューと、通常の定額課金で「広告なし」のメニューが用意されていた。だが同社は徐々に広告なしで視聴してもらうビジネスにシフトし、米国のHuluユーザーには広告配信によるリーチができなくなってしまった。おなじみのYouTubeも同様の広告なしのサービス「YouTube Red」をローンチしている。

 DirecTVは広告なしのモデルだけでなく、「DirecTV Preview」という視聴メニューを広告付きで用意している。このメニューはAT&Tが提供するオーディエンスネットワーク上で公開しているので、プログラマティックな広告配信も可能だ。

 しかし無料で視聴できる広告付きの枠は、ミレニアム世代にリーチするための“エサ撒き”に過ぎない。撒いたエサの先には人気のプレミアムコンテンツがあり、有料契約しないと視聴できない仕組みを作っている。つまりプレミアムコンテンツを視聴している層(時間)には、広告リーチが届かないということになる。

 さて広告主企業であれば、YouTubeで自社コンテンツを開発したり、放映したりした経験はあるだろう。今後はプレミアム視聴につながる自社ビデオコンテンツをさらに開発し、有料契約視聴の中にネイティブ番組として割り込むことが必須の課題に昇格し、広告配信に頼らないリーチを考える必要がある。

 レッドブルやナイキが先頭を走るブランド(ビデオ)コンテンツ開発は、既にP&Gの石鹸ブランド「Dove」に至るまで、制作力を確保するためのスタートアップの育成に走り始めた。プレミアム層を顧客としたい大半の広告主企業にとって、自社コンテンツを開発、確保するのはメディア企業やクリエイターだけの課題ではなく、ブランドづくりの中心作業となってくるだろう。