12月5日に東京・神田で催された日経デジタルマーケティング読者無料セミナーの最後に登壇したのは、ワン・トゥー・テン・デザインのCEO(最高経営責任者)で、エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの小川丈人氏である。

大きな身振り手振りで参加者に語りかけるワン・トゥー・テン・デザインCEO(最高経営責任者)の小川丈人氏
大きな身振り手振りで参加者に語りかけるワン・トゥー・テン・デザインCEO(最高経営責任者)の小川丈人氏

 ワン・トゥー・テン・デザインは、マーケティングからクリエーション、オペレーションまでを一気通貫で提供するクリエーティブエージェンシーである。AR(拡張現実)、VR(仮想現実)などの先端技術を駆使し、デザイン思考とエンジニアリング思考を組み合わせて、ブランドコンテンツやCM、Webサイト、スマートフォンアプリといったさまざまなジャンルのコンテンツを提供している。このような広告領域にとらわれないユニークな活動・アイデアが評価され、国内外でさまざまな広告賞・デザイン賞を受賞している会社でもある。

 なぜ今、ブランドエクスペリエンスが必要になるのか──。小川氏によれば、現在の生活者はスマートデバイスとソーシャルメディアを使って、“情報の洪水”の中から自分に適合した情報を見つけ出すようになっている。この変化が大きい。このような環境においては、消費者の注意をひくアテンションエコノミーではなく、「いかに生活者の共感を引き出していくかというエンゲージメントエコノミーが重要になり、その結果、生活者の共感を引き出すコンテンツが主流になってきている」と小川氏は説明する。ブランドメッセージを伝えるために広告を大量に露出させる手法ではなく、ブランドエクスペリエンス、つまりブランドを体験するコンテンツを提供していく時代に変わってきているというわけだ。

 では、ブランドエクスペリエンスが得られるコンテンツとはどのようなものか──。その最新事例として小川氏が紹介したのは、世界最大規模の広告・クリエイティブ賞である「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティフェスティバル(カンヌライオンズ)」の受賞作品だった。

 まずはモバイル部門とエンターテインメント部門の2部門で「グランプリ」を受賞したニューヨークタイムズの「NYT VR」。これは新聞読者を記事で取り上げた事柄の当事者へと態度変容させるVRニュースアプリのことだ。グーグル・カードボード(簡易型VRヘッドセット)を活用することで、事故や事件の現場に読者を連れていくという新しい新聞のプラットフォームで、「非常に話題になった」と小川氏は説明する。

 次に紹介したのはデザイン部門とデジタル部門で「ゴールド」を受賞したロッキード・マーチンの「The Field Trip to Mars」(火星への遠足)。スクールバスに透過型のディスプレーを貼り付けることで、世界初の多人数同時体験VRシステムを実現した。「VRはこれまで、HMD(ヘッド・マウンテッド・ディスプレー)をつけて楽しむという前提で考えられていた。このため、一度に体験できる人数が少数に限られてしまうことが、ブランドエクスペリエンスにVRを活用する際のハードルになっていた。しかし、今回の試みはそれを払拭するアイデア。見事だと思った」と小川氏は語る。

 小川氏が率いるワン・トゥー・テン・デザインも負けてはいない。小川氏が紹介したのは日本IBMのブランドエクスペリエンス事例である。

「ソードアート・オンライン」を使って日本IBMのブランドエクスペリエンスをアップ

 小川氏らが提案したのは「ソードアート・オンライン(SAO)」という川原礫氏のライトノベルを題材とした作品。SAOは既にアニメや漫画にもなっており、世界的な人気を得ている。「先端技術で未来を創造する企業だという日本IBMのブランドイメージが、若い人の間で薄れてきていたのに加え、旧来型広告とは違うコミュニケーション手法でブランドイメージを取り戻したいと考えたから、この題材を選んだ」と小川氏は説明する。

 小説のタイトルとなっているSAOとは、小説内で2022年10月31日に発売される世界初のVRMMORPG(フルダイブマシンによる仮想空間を舞台とした大規模多人数同時参加型オンラインRPG)だ。「IBMが保有する数多の技術や高性能クラウドサーバー『SoftLayer』、最先端センシング技術などを組み合わせてこの作品の世界観を実現し、IBMのブランドを一新しようという提案だった」と小川氏は語る。

 そして完成した作品が、「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング」というVR体験型イベントである。ネット上で公開した予告編ムービーのPV(ページビュー)は3日間で100万を突破。イベントへの応募は10万件を超えるなど、「IBMグローバルを含めた広報宣伝活動において最高のソーシャルエンゲージメント率を達成した」と小川氏は語る。

 小川氏は続けて、「クリエイティブの作成で大事なのは、ブランドの資産と結びつくコンテクスト(文脈)をどこまで作り込めるかだ」と強調した。生活者に共感されるコンテクストを有したコンテンツを制作して、そこに含まれる情報が生活者に伝わり、生活者の共感がまたブランドへと波及する“情報還流構造”に載せていく設計をすること。「先端テクノロジーを使って面白いコンテンツをただつくればよいというものではない」と警鐘を鳴らして講演を締めた。

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