12月5日、2016年最後の日経デジタルマーケティング読者無料セミナー「2017年のデジタルマーケティングを読み解く」が東京・神田で開催された。13時30分から始まった同セミナーの1番手として、中川政七商店CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)の緒方恵氏が登壇した。緒方氏は2016年8月に中川政七商店に転職。同年5月末までは、東急ハンズでEC(電子商取引)サイトの運用やデジタルマーケティング、ソーシャルメディア運用など、Webおよびデジタル施策の開発および運用を担当していた人物だ。

参加者に語りかける中川政七商店CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)の緒方恵氏
参加者に語りかける中川政七商店CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)の緒方恵氏

 中川政七商店は創業300年の「奈良晒(ならざらし)」という麻織物を扱ってきた老舗メーカーである。だが、緒方氏はあえて「創業300年のベンチャー企業」と評する。2008年に13代社長に就任した中川政七(中川淳)氏が、「いくら質の良いモノを作ってもブランドが構築できていなかったり、デザインが悪かったりしたら手に取ってもらえない」という考えの下、従来のロゴや店舗デザイン、商品パッケージなどを一新。表参道ヒルズやミッドタウンに出店するなど、同社のビジネスをガラリと変えたからだ。中川氏の革新力は「日本イノベーター大賞2016」を受賞したことからも分かる。

 順調に成長している中川政七商店がなぜ、CDOという役職を設置したのか──。同社には、店舗でもてなす、伝統工芸品の良さを語る、といったところでは実績もノウハウもあった。しかし、「その情報に一般の人にたどり着いてもらうところ、つまり『情報を届ける』ところに課題を感じていた」と緒方氏は語る。しかも伝統工芸の世界は厳しく、ここ数年、中川政七商店の取引先が年に2~3社廃業していくという現実がある。同社のミッションである「日本の工芸を元気にする」を目指すためにも、いち早くこの危機的状況を脱するための方策が必要だったのだ。

 この課題を解決するため、「Webやデジタルに投資するという判断になった」と緒方氏は説明する。しかし、同社にはWebやデジタルに詳しい人材がいない。既存のやり方ではなく、新しい切り口を提案できる人材ということで、「Webやデジタル領域の経験者である私に声がかかった」と緒方氏は振り返る。CDOに求められる要素として緒方氏は、デジタルマーケティングやソーシャルメディア、eコマース、アナリティクスに関する知識に加え、戦略設計力、実行力、社内調整力、インプット&アウトプット力、人脈構築力を挙げる。

デジタルコミュニケーション部を新設

 就任して3カ月。「アウトプットの本番はこれから。今は人的インフラがようやく整備できたところ」と緒方氏。それが新設されたデジタルコミュニケーション部である。「販促、サイト運営、EC運営、新規Web事業、情報システムなど、広報を除くデジタル、コミュニケーション、システムに関わる業務はすべて同部に集約した」と緒方氏は説明する。運営部隊を1つにまとめたことで、「全体調整やカレンダー作りの負担が、従来より大幅に軽減された」と緒方氏はその効果を語る。

 狙いはそれだけではない。「会社がこれからやろうとしていることを全社員に周知できる」というのだ。デジタルという、一見、時代遅れ感のある言葉を部署名に入れたのも、同社にとって、Webへの意気込みを社内外に示すことが大事なフェーズであると判断したからだという。

 デジタルコミュニケーション部のミッションは大きく2つ。第一に、顧客とリアルな接点を持つ店舗の頑張りを“ブースト”することに加え、Webのみでもブランドを認知させていくこと、第二に、店舗でできないことをカバーし、Webを独立店舗・メディアとして確立していくことだ。

 これらを実現した後には、「広報チームも内包して、コミュニケーション部としてリスタートさせていく」と緒方氏。そしてチーム全員をマーケティングとテクノロジーの両方を理解するマーケティングテクノロジストとして活躍できるように育てていくという。「そうなればCDOという肩書きはもう必要ない。それが私の目指すべきゴールだ」と語り、緒方氏はセッションを締めた。

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