カネボウ化粧品(東京都中央区)は、スマートフォン向けアプリ「smile connect」で取得した独自のデータを活用するCRM(顧客関係管理)施策を本格化させる。同社はアプリと一緒に使うことで、自宅で肌の水分量を測れる小型の機器「肌水分センサー」を、2017年1月10日から全国の百貨店の化粧品カウンターや契約を結んだ専門店(チェーンストア)で、顧客に対して無料で配布し始める。これまでは、北海道地区の20店舗での試験提供にとどまっていた。この新しい機器によって、顧客から直接、肌の水分量のデータを取得可能になる。カネボウはこのデータを用いて、顧客の肌の状況に適した美容情報をアプリに配信することで、ブランドロイヤルティの向上を狙う。
これまでカネボウが肌の水分量を含む顧客の肌の状況を把握できるタイミングといえば、顧客が店舗に来店して美容部員によるカウンセリングを受けてもらった時だけ。そのため、「年に十数回のカウンセリングデータの寄せ集めで顧客分析をする」(花王デジタルマーケティングセンターコミュニケーション技術室の中根志功氏)のが関の山だった。だが、肌の状況は気候や生活習慣によって刻一刻と変化する。CRM支援サービスの進化により、一人ひとりに最適な情報が届けられるようになりつつある今でも、カネボウが顧客の肌の状況に適した情報を発信するには、データ量が不十分で難しかった。
肌水分センサーはこの不足していたデータを補うものだ。顧客からアプリを通じて直接データを吸い上げることで、来店から次の来店の間で顧客の肌に起きている変化を把握し、データの精度を高められる可能性がある。「誰も持っていない、どこにも売っていない、カネボウだからこそ取得できるマーケティングデータだ」と、カネボウ化粧品マーケティング部門マーケティング戦略企画グループの竹ヶ原伸一郎氏はデータの価値を強調する。
利用者はセルフケアに生かせる
肌水分センサーの使い方は簡単だ。まず機器をスマートフォンのイヤホンジャックに接続する。次にアプリのsmile connectを立ち上げて「肌水分測定」のメニューを開く。「ほほ」「ひたい」「くび」といった、測定したい部位を選択して「測定する」ボタンを押す。そして、接続した肌水分センサーを該当する部位に当てれば、数秒で測定が完了する。測定したデータはアプリに記録される。データの編集機能を使えば、飲酒をした日は「お酒」、甘いものを食べた日には「ケーキ」といったアイコンを選んで、その日の行動や気分といった情報を付加して管理できる。

こうして毎日、データを記録していくことで、アプリ利用者は自分の肌の水分量の推移や、どんな行動や気分の時に水分量が増減するのかといった自己分析ができる。この自己分析から、その日の肌の肌水分量に合わせて使う基礎化粧品を変えるなど、セルフケアに役立てられる。先行して配布している北海道地区の利用者は「スキンケアの効果が数値で実感できるため、それを楽しみに利用しているようだ」(中根氏)。単なるデータの取得を目的にするのではなく、顧客にきちんと価値を提供することで、アプリの利用促進につなげる。
さらに、カネボウはこのアプリで取得した肌の水分量データと購買データをひも付けて管理できる仕組みも整えた。smile connectには「MY CARD」という機能がある。これは、アプリ利用者ごとに発行した、異なる会員番号を持つバーコードを表示する機能。店舗でこれまで発行していた、会員カードをデジタル化したものだ。
美容部員の"接客"をアプリで実現
既存の会員であれば、過去のデータとアプリのバーコードをひも付けることで、会員カードを持ち歩く必要がなくなる。ひも付けは店舗に来店して、過去のカウンセリング情報などを参照するために顧客データベースから顧客情報を引き出した状態でアプリのバーコードを読み取ることで完了する。この仕組みにより、既存の顧客データベースをそのまま生かせるようにした。アプリを利用する既存会員は、店舗の顧客情報とひも付けすることで、店舗のカウンセリング結果や過去の購入履歴、カウンセリングの予約状況などもアプリで確認できるようになる。

一方、カネボウは、顧客データとリアルタイムに近い顧客の肌の水分量のデータを併せ持つことで、より顧客に適した情報をアプリに届けることを目指す。例えば、水分量が元々低い傾向にある会員には高めるための美容情報を送る、あるいは水分量が高い傾向の会員にはその数値を維持するための美容情報をアプリにプッシュ通知で送るといった具合だ。「約5000人の美容部員によるカウンセリングから、最適な化粧品をお薦めするのが当社の最大のセールスポイント。これまで店頭でしか体験できなかったそういった“接客”を、アプリでも実現する」(中根氏)。そうすることで、さらなる価値提供につなげる。
価値の高い情報の提供がアプリ利用の継続率にも跳ね返ってくると考えている。プッシュ通知で配信した情報はすべて、開封率や配信後の来店率なども管理画面で把握できる。既存の利用者で見れば、プッシュ通知の開封率は平均で30%、高いものでは40~50%にまで達する。メールマガジンなどと比較しても、極めて高い数値と言えよう。「本当に関心のある情報を出し続けなければ、こうした高い数値を維持した形でアプリ利用の習慣化にはつながらない」(中根氏)。
また、アプリで得たデータは今後、広告配信にも活用していく方針だ。同社は以前からオウンドメディアから得られるデータをDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)に蓄積して、広告配信に活用してきた。例えば、カウンセリングブランドのサイトを訪れる層だけをセグメントに設定して、ターゲティング広告を配信するといった活用法だ。こうしたセグメント作りにアプリの利用データも生かしていく。
smile connectには、取得したデータをこのDMPに蓄積するためのプログラムも含まれている。店舗への来店、購入履歴、アプリの利用、そしてスマートフォンからのカネボウのWebサイトの利用履歴など、「さまざまなデータを、会員番号を軸に匿名化したうえで、DMPに蓄積できる仕組みが整った」(竹ヶ原氏)。これにより店頭での購買データに基づいたセグメント作成も可能になる。具体的には、「半年間で商品を3万円以上購入している顧客」といったセグメントを作って広告を配信できる。
アプリを活用したマーケティング施策を実行した成果は、売り上げで評価する。顧客をアプリの利用の有無で2つのグループに分けて比較すれば、アプリの利用が来店頻度や購買金額の向上に寄与しているかが分かる。デジタルマーケティングが売り上げの向上につながっていることを示すことで、全社的に活発に利用されるマーケティングプラットフォームを目指す。